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「ごちそうさま」

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 ――そのあと結局ふたりでボトルをもう一本開けて、深夜を迎えた。
 メープルくんはやっぱり普段から飲み慣れてるからか、顔色も態度も、ほぼいつもと変わらない。

「もうすぐ日付、変わっちゃうね」
「う、ん、そうだね……」
「僕はそろそろ帰らなきゃ、ね……?」
「……帰るの?」
「ふふ、帰るよ。亜矢さんが『帰れ』って言ったら、ね?」
「……」

 帰って、って、言わなきゃいけないよね。だってこのままだときっと……私の狭いベッドで一緒に朝を迎えることになる。
 本当にそれでいいの……? 一夜を共にする心の準備、出来てるの……? 今度こそ本当に身体を重ねることになるかもしれない、それでもいいの……?

 自問自答していると、彼の手が伸びてきて……私の頬に触れる。

「ふふっ、亜矢さん、頬が赤い」
「……」
「もしかして、結構酔ってる……?」
「そんなことない……」

 ……嘘。実は結構酔ってる、多分。
 だってなんだかふわふわするし、暑いし、熱い。

「ふふ。亜矢さんって、酔うと可愛くなるよねぇ」
「か、可愛くなんか……」

 同期の美紀とよく一緒に飲むけど、美紀からはいつも「亜矢は酔うと笑い上戸になるね」と言われてる。ケラケラ笑ってると言うよりは、ふにゃふにゃ笑いながら人の話をじっと聞いてる変則的なタイプだって言われた。
 変則的ってなんだ。
 それに、ふにゃふにゃって……。
 酔った自分を客観的に見ることは難しいから美紀の言葉を信じるしかないけど、さすがに酔った私が可愛いと言われたことはないし、自分自身ではそう思えない。

 ふわふわする頭でそんなことを考えてる間も彼の右手は私の頬に触れたままだ。
 手、あったかいね。メープルくんは、酔ってないの? その手の温かさで?

「……亜矢さん、ダメだよ、そんな可愛く笑ってたら。キスしたくなっちゃうでしょ……?」
「……え?」
「もう……」

 いやいや、もうって言いたいのは私の方なんだけど……?
 とか思っている間に、頬にあったはずの手がスルリと私の横髪を梳いて、いつの間にか後頭部へと添えられている。

「え、」

 私が言葉の先を続ける前に彼の顔が近づいてきて……。優しく唇が合わせられ、すぐに離れていく。驚いて身体が固まってしまっている間に、もう一度唇が重ねられた。
 私の反応を探るような、優しく重ね合わせるだけのキス。

 されるがままに彼の唇を受け止めてしまっていることに、自分でも驚く。けれど、嫌じゃない……。だけど、だからこそ、困る……。
 触れるだけのキスが少し心地良いと思ってしまう……。そう思いながらも、触れるだけなのがもどかしい、とも思ってしまう……。

「亜矢さん……」

 唇が軽く触れ合ったままで名前を甘く囁かれ、くすぐったい、もどかしい、じれったい……。触れるだけのキスでは物足りない……。
 どうしてそんな風に思ってしまうんだろう。
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