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「ごちそうさま」

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『……ねえ、亜矢さん』
「……え? ああ、うん、なに?」
『あのね……。会いたいなぁ……』
「……は?」
『会いたい。……ダメ?』
「え? えっと……」

 だって。昨日の夜、会ったじゃん。私とメープルくんとは、恋人でもなければ友達でもない、“ただの知り合い”じゃん。たったそれだけの関係でしかないじゃん。
 そんな関係の二人が、そんなに頻繁に会ったりする……?

『会いたいな……』
「……えええ、っと……」

 べ、別に、会いたくないわけじゃないんだよ? でも、彼の真意が分からないから、どうすればいいのか分からない。

『……ごめん。ダメだよね……』

 きっとものすごーくシュンとしてるんだろうなーってことが、電話の声だけなのに、伝わってくる。どうしても“犬のメープル”がシュンとしていた時のことが思い出されて……私は思わず「いいよ」と言ってしまった。
 すぐに後悔したけど、もう遅い――。



「お邪魔しまーす!」
「……はい、どうぞ……」

 どうしてこうなるのか……。

 目の前には、私の部屋の玄関で靴を脱ぐメープルくんの姿がある。にっこにこの笑顔だ。
 会いたいって言うから、つい、「いいよ」なんて軽く言ってしまった私が悪い。だってまさか、私の部屋で会うことになるなんて思いもしなかったから。
 ……仕方ない、うっかり言ってしまった自分が悪い。

「えっと、適当に座ってて。コーヒーでいい? インスタントしかないけど」
「はーい。亜矢さんが入れてくれるなら何でも飲みます」
「……」

 調子が良すぎる彼を、どこから突っ込めば良いのか分からない。とりあえずお湯を沸かす準備をする。

「亜矢さん、ケーキどっちがいい?」
「あー、別にどっちでも……」

 どっちでもいいい、と途中まで言いかけ、にこにこ笑顔でケーキを見せながら「どっち?」と首を傾げている彼……。その笑顔にやられそうになりながら、「じゃあ、こっち……」と指さした。

 嬉しそうに笑う彼の姿に、どうしても犬のメープルが重なる。
 あの子も、構ってあげるといつも嬉しそうにしっぽを振ってたっけ……。そんな姿が愛らしくて、よく撫で回していた。懐かしい……。

 コーヒー粉末が入ったマグカップに沸騰したお湯を注いだだけの飲み物をにこにこ笑顔で飲むメープルくん。私はいつもブラックだから、ミルクもなければお砂糖もない。昨日彼が入れてくれたコーヒーとは雲泥の差の黒っぽい飲み物をなぜだか美味しそうに飲む彼は、本当に一体何を考えているんだか……。
 にこにこ笑顔の裏に何かがありそうな気もするし、何もない気もする。
 分からない、この子が何を考えてるのか、まったく……。

「ね、亜矢さん。ひとつ質問していい……?」
「ん、なに?」
「ごめん、お昼ご飯の邪魔、しちゃった……?」
「え……?」

 予想外の問いだったので、思わず小首を傾げる。
 すると彼はキッチンの作業スペースに置きっ放しにしていた、食べかけのお弁当を指さした。

「あー、ああ、えっと……、ううん、違うよ。あれは少し前に……」
「……うん?」

 元カレが来たことを言うべきかどうか一瞬悩んだ。別にメープルくんとはつき合ってるとかそう言う関係なわけじゃないし、元カレの存在を秘密にした方がいい間柄なわけではない。
 でも、わざわざ言うのもなぁ。

「ちょっと他のことが原因で食べ損ねただけ。気にしないで」
「……ほんとに?」
「うん、本当」
「お腹空いてるんじゃない?」
「今はケーキの方が食べたい」
「そう? じゃあ、ケーキ食べよう」
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