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靴擦れするほどに

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「あの、私、実は、すごい方向音痴で……」
「え? そうなんだ」
「はい……。それで、なかなかここに辿り着けなくて……」
「あ、それで、探し回ってくれたんだ?」
「……はい」
「あー、だから、靴擦れ……」
「……はい」
「……ふふ」
「……!?」
「なんだ、そっかぁ。いや、笑ってごめん。違う違う、亜矢さんのこと笑ったんじゃないから」
「……はあ」
「いや、ほら、嫌われちゃったんじゃないかと思ってさ。あの日の朝、あんなだったし」
「……」

 朝って……ほぼ裸で抱き合ってたこと……? 別に、キライだなんて、そんな風には思ってない。
 私は正直に首を横に振った。

「良かったぁ。あ、じゃあ、必死に探してくれたんだ?」
「……はい」
「そっか。ごめんね、ありがとう」
「……いえ、こちらこそ、遅くなって本当にごめんなさい! あと、方向音痴でごめんなさい……」
「ふふ、僕は可愛いと思うけど、方向音痴」
「……可愛くはない、と思う」
「そう?」
「はい」

 恥ずかしすぎて、きっと赤くなっているであろう頬を思わず両の手で隠した。いい歳した大人が迷子だなんて、本当に恥ずかしい……。

「まぁでも、確かに女の子が迷子になるのは危ないからねぇ」
「……」
「無事でいてくれて良かった」

 そう言ってにっこりと笑うその顔が、まるで天使の微笑み……。
 大人の男のくせに、どうしてそんなに可愛くて綺麗なのか。やっぱりこの男の天職は、甘い言葉と態度で女を酔わせるホストだと思う。だって、こんな私を“女の子”扱いするなんて、夜の営業職の男ぐらいでしょ。
 そんな言葉は、年齢も見た目も私にはそぐわないことぐらいは私自身が一番よく分かってるつもりだ。

「ああ、そうだ。亜矢さん、スマホ、出して!」
「え……」

 急に、何ごと? と思っていると、「ほらほら、早く」と急かされ、カバンから取り出すと「ロックを解除して?」と言われ解除をすると、サッとスマホをさらわれた。
 わードロボー。
 声に出すことが出来ないまま彼の行動を茫然と眺めていると、何か簡単な操作をして、すぐに私のものではない着信音が鳴る。
 彼は「これでよし」と満足そうにつぶやいたあと、「はい、ありがと」とすぐにスマホを返された。

「それ、僕の電話番号ね。何かあったらいつでもかけて」
「……え?」
「と言っても、さすがに仕事中は出られないこともあるけど」

 お得意のにっこり笑顔で言われ、ぶわっと顔に熱が集まった。なんだか、だんだんこの顔にやられ始めてる気がする。きっと本人もそれが分かっていてやっているに違いない。
 くそ、あざといな。あざと可愛くて、なんかむかつく。

「登録してくれた?」
「え……?」
「僕の番号。ちゃんと登録しといてね?」
「あ、ああ……、うん……」

 言われて、慌てて登録――しようとしたけど、何て言う名前で登録すればいいんだろう……? 今さら『名前なんだっけ?』とも聞きにくい……。
 うーん困った。
 目の前では、まるでわんこのように目をキラキラさせて、私が登録するのを待っている男がいて……。

 えーい、もう、これだ! と、私はなるべく彼に見えないように、その名を素早く打ち込み、登録する。

「……できた?」

 彼の無邪気な問いかけに、うんうん、と私が首を縦に振ると、彼は「良かった~」と嬉しそうに笑う。
 ああもう、どうしてきみはそうなんだ。

 ……手慣れてる。いつもその手を使って女の子と連絡先を交換してるんだろうな……。もしかするとあれかな、相手によって複数のスマホを使い分けてたりするんじゃないのかな。夜の商売の人ってそう言うことやるらしい、って聞いたことがある。
 だったら私はどのランクに入れられたんだろう――なんて思ってしまって、そんな自分自身の思考に落胆した。
 どうだっていい、チャラい男は好みじゃないし、相性も良くないもんきっと。
 そう考えて、私は心のシャッターをしっかりと閉じた――。
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