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靴擦れするほどに
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自分で言うのも何だけど、私は決して仕事が出来ない方ではないと思う。多分どちらかと言えばそれなりに出来る方で、その腕を買われて営業部への転属を打診されたことも何度かある。
けれど、全て断った。だって営業に出て営業先に辿り着くことが出来ないとか帰って来られないなんて、シャレにならないから。そんな私の個人的な事情をよく理解してくれている常務が、毎回丁重に断ってくれているのだ。
しかも「野村がいなくなったら秘書課が機能しないどころか役員全員が困るので、絶対に出せません」と、本当の理由を隠して断ってくれているらしい……。
それはそれでなんか申し訳ない気分だ。
そしてそれのおかげでなぜかますます私の仕事っぷりがすごいなんて、とんでもない誤解を招くことに……。これは本当に申し訳ない、そのうちあちこちに訂正して回らなければいけなくなるかも知れない。
方向音痴って本当に色々と最悪だと思う……。
そんなことより。
今日も彼の家を見つけられずに帰ることになるのかな……。どうして私はいつもこうなんだろう?
どうして……。
しゃがみ込んだ姿勢で膝に額を押しつけたまま、はぁ、と息を吐き出す。足が痛い。いま何時だろう。帰り方、分かるかな。
一度ぎゅっと目を瞑って、よし、と気合いを入れ直して目を開ける。
すると……。
「あの、大丈夫ですか……?」
私がうずくまっていたからか、不審に思った人から声を掛けられてしまった。脇道で人通りがあまりないからとは言えこんな道の往来でしゃがみ込んでいたら、何かあったのかと思われても仕方がない。
私はすぐに立ち上がって「すみません、大丈夫ですっ」と顔を上げると……。
そこには……ずっと探していた“彼”が、私の目の前に立っていた――。
「え? 亜矢さん……?」
「あ……」
彼の顔を見てホッとしたからか、思わず涙が込み上げてきてしまう。堪えようとしたけれど結局堪えきれず、涙がポロリとこぼれ落ちた。
「わ、亜矢さん? 大丈夫? どこか痛いの?」
困ったように眉をハの字に下げる彼――。
そんな彼を見て私は……誰かに、何かに、似てる……、そう思った。
確か、あの日――初めて彼に会ったあの時も、そう思った覚えがある。あの時はかなり酔っていて思考が定まらなくて思い出せなかったけど……。
そんなことを考えていたら、彼の手がスッと私の顔に近づいて――。
「……っ」
彼は指先で、私の瞳からこぼれ落ちた涙をそっと拭った。その指先はとても温かくて、優しくて……。
――ああ、思い出した……、彼は……。
「……亜矢さん」
彼は……、似てるんだ……。
「亜矢さん……」
彼が、ゆっくりと、私を抱き締めた。
「亜矢さん、もしかして……会いに来てくれたの?」
彼の囁くような優しい声が、すぐ耳元で聞こえる。彼の暖かい体温が私を包み込む。
――やっぱりこの感覚、知ってる……。
懐かしさに思わず彼の背中に腕を回してぎゅうと抱きつくと、耳元でふふと笑うのが分かった。その息で私の耳元の髪が揺れ、少しくすぐったい。
そんな感覚も、久々で……。
――ああ、やっぱりそうだ、そっくりだよ。
優しくて、暖かくて、大好きだった。実家で飼ってたゴールデンレトリバーの、“メープル”――彼に、似てるんだ……。
「ふふ、嬉しい」
メープル似の彼が、私の耳元で嬉しそうに笑う。メープルもよく私に抱きついて嬉しそうにしてたっけ。もう何年も前に寿命を全うして虹の橋を渡ってしまったけれど。
懐かしくて、私は思わず彼を抱き締めて、ほっこりしてしまった。
けれど、全て断った。だって営業に出て営業先に辿り着くことが出来ないとか帰って来られないなんて、シャレにならないから。そんな私の個人的な事情をよく理解してくれている常務が、毎回丁重に断ってくれているのだ。
しかも「野村がいなくなったら秘書課が機能しないどころか役員全員が困るので、絶対に出せません」と、本当の理由を隠して断ってくれているらしい……。
それはそれでなんか申し訳ない気分だ。
そしてそれのおかげでなぜかますます私の仕事っぷりがすごいなんて、とんでもない誤解を招くことに……。これは本当に申し訳ない、そのうちあちこちに訂正して回らなければいけなくなるかも知れない。
方向音痴って本当に色々と最悪だと思う……。
そんなことより。
今日も彼の家を見つけられずに帰ることになるのかな……。どうして私はいつもこうなんだろう?
どうして……。
しゃがみ込んだ姿勢で膝に額を押しつけたまま、はぁ、と息を吐き出す。足が痛い。いま何時だろう。帰り方、分かるかな。
一度ぎゅっと目を瞑って、よし、と気合いを入れ直して目を開ける。
すると……。
「あの、大丈夫ですか……?」
私がうずくまっていたからか、不審に思った人から声を掛けられてしまった。脇道で人通りがあまりないからとは言えこんな道の往来でしゃがみ込んでいたら、何かあったのかと思われても仕方がない。
私はすぐに立ち上がって「すみません、大丈夫ですっ」と顔を上げると……。
そこには……ずっと探していた“彼”が、私の目の前に立っていた――。
「え? 亜矢さん……?」
「あ……」
彼の顔を見てホッとしたからか、思わず涙が込み上げてきてしまう。堪えようとしたけれど結局堪えきれず、涙がポロリとこぼれ落ちた。
「わ、亜矢さん? 大丈夫? どこか痛いの?」
困ったように眉をハの字に下げる彼――。
そんな彼を見て私は……誰かに、何かに、似てる……、そう思った。
確か、あの日――初めて彼に会ったあの時も、そう思った覚えがある。あの時はかなり酔っていて思考が定まらなくて思い出せなかったけど……。
そんなことを考えていたら、彼の手がスッと私の顔に近づいて――。
「……っ」
彼は指先で、私の瞳からこぼれ落ちた涙をそっと拭った。その指先はとても温かくて、優しくて……。
――ああ、思い出した……、彼は……。
「……亜矢さん」
彼は……、似てるんだ……。
「亜矢さん……」
彼が、ゆっくりと、私を抱き締めた。
「亜矢さん、もしかして……会いに来てくれたの?」
彼の囁くような優しい声が、すぐ耳元で聞こえる。彼の暖かい体温が私を包み込む。
――やっぱりこの感覚、知ってる……。
懐かしさに思わず彼の背中に腕を回してぎゅうと抱きつくと、耳元でふふと笑うのが分かった。その息で私の耳元の髪が揺れ、少しくすぐったい。
そんな感覚も、久々で……。
――ああ、やっぱりそうだ、そっくりだよ。
優しくて、暖かくて、大好きだった。実家で飼ってたゴールデンレトリバーの、“メープル”――彼に、似てるんだ……。
「ふふ、嬉しい」
メープル似の彼が、私の耳元で嬉しそうに笑う。メープルもよく私に抱きついて嬉しそうにしてたっけ。もう何年も前に寿命を全うして虹の橋を渡ってしまったけれど。
懐かしくて、私は思わず彼を抱き締めて、ほっこりしてしまった。
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