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落とし物
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――これは一体、どうすればいいのだろう……?
私の手の平の上で今も時を刻み続けている“それ”をじっと見つめた。
まさかの朝帰りに自分でもびっくりしながら家に辿り着いたのが、つい先ほどのこと。
持っていたカバンをソファに置いて、その横へと身体を投げるように沈む。その反動でカバンが倒れ、中身の一部がソファの上へ転がり出た。
元に戻すのも面倒で、そのまま放置してぐったりと脱力――しようとして、見覚えのない“それ”がカバンの中にある事に気づく。
少し前に二日酔いから完全に解放されたばかりの頭は、まだあまり正常に働いていないらしい。
だからこれはもしかすると幻なんじゃないかと思いながらカバンへと手を伸ばしてみたけれど……ひんやりと冷たい“それ”は、幻などではなく、まぎれもない現実で……。
「……は? なんで?」
私は、手の平に乗せた、それ――“男物の腕時計”――を、茫然と見つめた。
この腕時計は一体どこからやって来たのだろう? しばし考えたけれど、思い当たる節がない。
今日は起き抜けから驚くようなことばかりが続いていて、頭が追いつかない。もちろん全ては昨夜私が飲み過ぎたせいなんだけれども……。
まだ上手く働かない頭を叱咤して、この腕時計が私のカバンの中に紛れ込んだ理由を考える。
それにはまず、昨日の、あの理不尽な食事会のことから思い出さなきゃいけない。あまり思い出したいものではないけど……仕方がない。
そもそもの始まりは、昨日の会社での昼休み中に来た一件のメッセージだった――。
【今日ヒマ? 食事に行こうよ!】
そんなメッセージが、会社の同期である美紀(みき)から届いた。
少し前まで私は仕事に忙殺されていて、同期の友人との食事どころか恋人とのデートさえもままならない状態で。会社が人員を補充してくれて、ようやく自分の時間を取り戻したところだった。
【いいよ、久しぶりに行こう!】
美紀とふたりで食事するのって一体どれぐらいぶりだろう? なんて考えながら、私は即レスした。だってまさか、美紀があんなことをたくらんでいるだなんて思いもしなかったから――。
仕事を終えて、会社の一階で美紀と落ち合う。会うなり美紀が「時間なくて化粧直し出来てないんだよね。ちょっと付き合って」と言うので、連れ立って化粧室へ……。
私は簡単にしか化粧直ししてないけど二人飲みだから別にそれでいいか、なんて思ってた。すると、彼女は私の顔を鏡越しにじっと見つめてため息をついた。
「ちょっと亜矢。なにそのうっすいメイク。亜矢はせっかく美人なんだから、もうちょっと気合い入れてメイクしなよ!?」
そう言って彼女は自らのメイク道具で勝手に私の化粧を直し始めてしまった。
「えっ、ちょっと、美紀っ!?」
「はい、動かない、しゃべらないっ!」
「ん~~~っ」
「髪も! コテ貸してあげるから、はい、巻く!」
「や~~~っ」
「ヤじゃないっ。もっと美人を前に出せ!」
「だって、二人だけだもーんっ!」
「でも誰に見られてるかなんて分からないでしょ!? はい、気合い入れて行くよ!」
「え~~~っ」
結局好きなようにヘアメイクを施され、やたらと気合いの入った見た目になってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい……。
一応人目につきやすい仕事をしているから、普段からそれなりにちゃんとメイクをしているつもりだ。でもそれはあくまでもオフィス用のメイクだから、こんなに華やかではない。
私の顔は人よりちょっと派手に見えるから、美紀がしてくれたような華やかなメイクをするとあまりにも派手すぎるのか、だいたい引かれる。
ひとつに束ねて紺色のシュシュをしていた髪も美紀によって下ろされて、コテでくるくると巻かれてしまった。
美紀みたいに可愛い系の子ならこう言うの似合うかも知れないけど、私がやると……。うう、もう考えたくない……。
すっかりヘアメイクされてしまって後戻りなんてできないから、今夜はなんとかこれで乗り切るしかない。
せっかく久々の二人飲みだったのにぃ。
……ま、気にしないで、飲むか!
さぁ、いざ! 美紀との二人飲みへ――!!
――と、意気込んだは良いけれど……。
私の手の平の上で今も時を刻み続けている“それ”をじっと見つめた。
まさかの朝帰りに自分でもびっくりしながら家に辿り着いたのが、つい先ほどのこと。
持っていたカバンをソファに置いて、その横へと身体を投げるように沈む。その反動でカバンが倒れ、中身の一部がソファの上へ転がり出た。
元に戻すのも面倒で、そのまま放置してぐったりと脱力――しようとして、見覚えのない“それ”がカバンの中にある事に気づく。
少し前に二日酔いから完全に解放されたばかりの頭は、まだあまり正常に働いていないらしい。
だからこれはもしかすると幻なんじゃないかと思いながらカバンへと手を伸ばしてみたけれど……ひんやりと冷たい“それ”は、幻などではなく、まぎれもない現実で……。
「……は? なんで?」
私は、手の平に乗せた、それ――“男物の腕時計”――を、茫然と見つめた。
この腕時計は一体どこからやって来たのだろう? しばし考えたけれど、思い当たる節がない。
今日は起き抜けから驚くようなことばかりが続いていて、頭が追いつかない。もちろん全ては昨夜私が飲み過ぎたせいなんだけれども……。
まだ上手く働かない頭を叱咤して、この腕時計が私のカバンの中に紛れ込んだ理由を考える。
それにはまず、昨日の、あの理不尽な食事会のことから思い出さなきゃいけない。あまり思い出したいものではないけど……仕方がない。
そもそもの始まりは、昨日の会社での昼休み中に来た一件のメッセージだった――。
【今日ヒマ? 食事に行こうよ!】
そんなメッセージが、会社の同期である美紀(みき)から届いた。
少し前まで私は仕事に忙殺されていて、同期の友人との食事どころか恋人とのデートさえもままならない状態で。会社が人員を補充してくれて、ようやく自分の時間を取り戻したところだった。
【いいよ、久しぶりに行こう!】
美紀とふたりで食事するのって一体どれぐらいぶりだろう? なんて考えながら、私は即レスした。だってまさか、美紀があんなことをたくらんでいるだなんて思いもしなかったから――。
仕事を終えて、会社の一階で美紀と落ち合う。会うなり美紀が「時間なくて化粧直し出来てないんだよね。ちょっと付き合って」と言うので、連れ立って化粧室へ……。
私は簡単にしか化粧直ししてないけど二人飲みだから別にそれでいいか、なんて思ってた。すると、彼女は私の顔を鏡越しにじっと見つめてため息をついた。
「ちょっと亜矢。なにそのうっすいメイク。亜矢はせっかく美人なんだから、もうちょっと気合い入れてメイクしなよ!?」
そう言って彼女は自らのメイク道具で勝手に私の化粧を直し始めてしまった。
「えっ、ちょっと、美紀っ!?」
「はい、動かない、しゃべらないっ!」
「ん~~~っ」
「髪も! コテ貸してあげるから、はい、巻く!」
「や~~~っ」
「ヤじゃないっ。もっと美人を前に出せ!」
「だって、二人だけだもーんっ!」
「でも誰に見られてるかなんて分からないでしょ!? はい、気合い入れて行くよ!」
「え~~~っ」
結局好きなようにヘアメイクを施され、やたらと気合いの入った見た目になってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい……。
一応人目につきやすい仕事をしているから、普段からそれなりにちゃんとメイクをしているつもりだ。でもそれはあくまでもオフィス用のメイクだから、こんなに華やかではない。
私の顔は人よりちょっと派手に見えるから、美紀がしてくれたような華やかなメイクをするとあまりにも派手すぎるのか、だいたい引かれる。
ひとつに束ねて紺色のシュシュをしていた髪も美紀によって下ろされて、コテでくるくると巻かれてしまった。
美紀みたいに可愛い系の子ならこう言うの似合うかも知れないけど、私がやると……。うう、もう考えたくない……。
すっかりヘアメイクされてしまって後戻りなんてできないから、今夜はなんとかこれで乗り切るしかない。
せっかく久々の二人飲みだったのにぃ。
……ま、気にしないで、飲むか!
さぁ、いざ! 美紀との二人飲みへ――!!
――と、意気込んだは良いけれど……。
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