嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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お礼SS

お礼SS その2『新婚夫婦のとある一日』

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「どこか行きたいところはある? そう言えば前に『映画に行こう』って話してたけど、どうする?」
「えっと……」

 伊吹さんは、相変わらずとても仕事が忙しい。
 先週末も、その前も、会合やら会議、取引先との会食――と、新婚だというのになかなか一緒に過ごすことが出来ないでいた。

 結婚して2ヶ月。
 不満は全くない、けれど――。

「あの、映画……家で見たいです」
「家で?」
「はい、ここで」
「結麻さんがそれが良いなら、俺はもちろん良いけど」

 不満はない。
 ただ、伊吹さんが忙しすぎるのが、心配なだけ。

 仕事が大変なのに……それなのに私まで丁寧に構おうとするから、今日こそは伊吹さんにゆっくり身体を休めてもらおうと自宅で過ごすことを提案した。
 幸い自宅に居ながらにして映画やドラマが見放題になっている。
 もちろん最新作の映画は見られないけど、それでも十分だ。

 リビングのカーテンを閉めて少し薄暗くなった空間で、テレビの電源を入れる。

「……何を見よう?」
「伊吹さんは何が見たいですか? 伊吹さんが見たいものがいいです」
「……俺が選んでいいの?」
「はい」
「そうだな、じゃあ……」

 伊吹さんがリモコンを操作して、チャンネルを選ぶ。

「これでもいい?」
「え……、は、い。伊吹さんが見たいの、なら……」
「うん、これが良い」

 色んなジャンルがある中で、伊吹さんが選んだのは……ホラー映画だった。……私はちょっと苦手だけど……伊吹さんが見たいのなら……。
 私が小さく頷くと、伊吹さんは嬉しそうににっこりと笑った。

 ソファに隣り合って座り、テレビ画面へと視線を向ける。
 ……。どう、しよう。私、本当はホラー映画は結構苦手で……。
 でも伊吹さんが見たいのなら、と、了承したけど……既に序盤で、無理かも……。
 まだ始まったばかりだから凄惨な場面はないけれど、主人公が気づかぬ間にじわじわと追い詰められるようなシーンが続き、私は思わず身を固くした。
 それに気づいた伊吹さんが私の手をそっと握り、「怖くなったら、俺にしがみついていいからね?」と優しく囁く。
 私はこくりと頷いた。

 まさか、主人公と同じく、私も、じわじわと追い詰められているなんて、この段階ではまだ気づいていなかった――。



「……っ!!」

 恐ろしいシーンが続き、最初は頑張って画面をチラチラ見ていたけれど、とうとう無理になってしまい、思わず伊吹さんの肩に顔を伏せる。
 伊吹さんは私の頭を優しく撫でながら「怖いね、でも俺がいるから大丈夫だよ」と声を掛けてくれるけれど……。

 伊吹さんは、こんなに怖いのに、どうして平気で見ていられるんだろう。音だけでもすでに、ものすごく怖い。
 思わずギュッとしがみつくと、伊吹さんが少し音を小さくしてくれた。

「大丈夫、ほら、もう怖いの出てないよ」

 耳元で囁いた伊吹さんは、そのまま私の耳にそっと口づける。思わずピクリと肩を揺らすと、伊吹さんは私の耳元に唇を寄せたまま笑うのが聞こえた。
 そして、その笑い声と息づかいに、私はまた身体を震わせてしまう。

 テレビからは『キャー!!!』と叫ぶ声が聞こえていて、私は恐怖に身を縮こめる。
 伊吹さんは「大丈夫だよ」と言いながら、再び私の耳に口づけた。伊吹さんの唇が、だんだん下へと下がってきて首筋を食むように口づけられ、思わず身体が熱くなる。
 テレビでは怖い場面が映し出されているはずで、怖いはず、なのに、私の息は場違いに弾んでいた。

「い、ぶき、さん……っ」

 私の呼びかけに応じることなく、伊吹さんの唇は首筋から鎖骨のあたりまで移動する。
 思わず、はぁ、と小さく息を吐くと、伊吹さんがクスリと笑うのが分かった。
 はじめはソファに隣り合って座っていたはずなのに、私はいつの間にか仰向けに横になっていて……。

 私を見下ろす伊吹さんの瞳が、熱い――。

 一瞬視線が絡んだあと、伊吹さんは私の唇に口づけた。
 最初は軽く。だけど次第に熱い口づけへと変わる。貪るようなキスについて行けず、息継ぎが上手く出来ない。
 何度も何度も口づけられるのと共に、伊吹さんの手が私の身体に触れる。
 もう、どこが私の弱いところかを伊吹さんにはすっかりバレてしまっているから、私にはなすすべがなかった。

 触れられたところから、熱く、熱を持ち始め……。

 与えられる甘い刺激に情けない嬌声を上げそうになるのを、なるべく我慢する。代わりに、はぁ、と息を吐くけれど、身体の熱はそれぐらいでは逃げてはくれない。

 ――気がつくと、いつの間にか私は寝室のベッドへと運ばれていた。

 私を見下ろす伊吹さんの瞳が、さっきよりも熱さを増している。
 おかしい。
 確か、今日はゆっくりとふたりで映画を見るはずだった、のに……。いつの間にか伊吹さんに組み敷かれ、熱い息を吐くことになっている。

「っ……、あっ、ん……っ」

 たまには伊吹さんにゆっくりしてもらおうと選んだはずなのに……。


 ――たっぷりと、どろどろになるまで何度も伊吹さんに可愛がられ、乱れたシーツの上にくたりと横たわる私を、伊吹さんが抱き上げた。

「い、ぶき、さん、どこへ……?」
「バスルームだよ。洗ってあげる」
「あ、の、大丈夫、です、自分で、」
「無理させたから、お詫び」
「だ、大丈夫です、から、あの、」
「ごめんウソ。俺が洗ってあげたいだけ」

 何度も一緒に入っているけどこればかりはなかなか慣れなくて、毎回顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
 伊吹さんはそんな私を楽しんでいるように見えるから、心底困ってしまう。
 結局、伊吹さんに隅々まで綺麗に洗われて……、あと、なぜかまたそのままバスルームでたっぷりと可愛がられて、やっと長い一日を終えた――。

 伊吹さんの体力おばけ……。


~ Fin. ~


恋愛小説大賞にエントリーしていた本作品ですが、残念ながら(予想通り)落選でした。
初めてのコンテスト参加で緊張しましたが、良い経験になったと思います。
お読み頂いた読者の皆様とアルファポリス様に感謝です。
ありがとうございました。

――2022/03/31 海棠 桔梗
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