嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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永遠を

2.

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「母にはほとんど食事を作って貰った記憶がないんです。ちゃんとしたものが食べたければ、買ってくるか、自分で作るしかなくて……」

 幸い、食べるものを買うためのお金だけは自由に貰えたので、料理が出来ない小さい頃は、もらったお金を握りしめて、スーパーへお弁当やお総菜を買いに行っていた。
 毎日スーパーのお弁当だとさすがに飽きて、ある日たまたまつけていたテレビで料理番組が始まり、それを見た私は、見よう見まねで料理をするようになり……。

「……だから、私のお料理の先生は、テレビの料理番組なんです」
「じゃあ、たくさんの苦労と努力で、いまの結麻さんがあるんだね」

 そう言われると、嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。だって、苦労と言うよりは、ただ生きるために必要だっただけだから。
 確かに少し努力はしたけど、それは包丁を握るには、その時の私が少し幼すぎただけだ。

 それでも伊吹さんは、「頑張ったんだね」と私の小さな努力を褒めてくれた。
 母にも、父にも、そんな風に褒められた経験がないように思う――。


 ――隣で私を抱き締めたまま眠る伊吹さんの美しい寝顔を見つめながら、今まで生きてきた二十数年のなかで、いまが一番しあわせだな、と思う。
 それと同時に、このしあわせがずっと続くと良いのに、と願わずにはいられない。


 ――ピピピピ、ピピピピ……


 目覚ましのアラームが鳴る。
 時計へと手を伸ばすと、私よりも先に、伊吹さんの長い腕が目覚まし時計へと到達してアラームを止めた。

「……おはよう、結麻さん」
「おはようございます……」
「……今日は結麻さんはお休みしていいよ」
「……え?」

 さっき私よりも先にアラームを止めた伊吹さんの手が私の背中へとまわされ、ギュッと抱き締められた。

「昨日の今日だし。野村さんには俺から言っておくから、」
「い、行きますっ。大丈夫ですから」
「でも、」
「お休みしません」
「……分かった。じゃあ……」

 伊吹さんは一度腕を緩めて私の顔を覗き込んだ後、もう一度私を抱き締め直す。

「今日は俺も結麻さんと一緒に出勤するから」
「ええ?」
「あと、俺たちの関係も、少しずつ周りに話していきたいと思ってる」
「え、っと……」
「結麻さんは俺のものだってちゃんとみんなに分からせておかないと、また不埒な輩が結麻さんに近づくかも知れないし」
「あ、の……」
「大丈夫、俺がちゃんと全部みんなに説明するから。結麻さんはなにも心配しなくていいよ」

 朝からとっても心臓に悪い。
 ちゅ、と額にキスが落とされ、思わず呼吸が止まる。
 それに比例するようにドキドキがますます加速するから、苦しくて仕方がない。
 こんなにしあわせな苦しさがあるってことを、私は生まれて初めて知った気がする……。


 ――なかば強引に一緒に出勤することになり、並んで会社のエントランスをくぐる。
 さすがに手を繋いだりはしていないけど、伊吹さんは私をエスコートするように歩くから、やはり多少は周囲の注目を浴びている気がする……。

 エレベーターを降りて私の職場である役員フロアに到着すると、野村さんがすでにカウンター前の自らのデスクについていた。
 専務である伊吹さんに気づくと、野村さんはいつものようにサッと立ち上がって挨拶をする。

「おはようございます」
「おはようございます、野村さん」

 伊吹さんの少し後ろに立ち、私も野村さんに朝の挨拶をすると、野村さんは少し驚いた表情をしたあと、意味ありげににっこりと笑った。

「若月ちゃん、おはよ。……専務、さっそく同伴出勤ですか?」
「のっ、野村さんっ!!」

 焦る私とは反対に、伊吹さんはそんなことは全く気にしていないようで、むしろ「はい。早めに見せつけておかないと、誰かに取られてしまいますからね」と嬉しそうに返事をしていて……。

「あららー。ご馳走様ですぅー」
「の、のっ、野村さんっ!」
「はいはい、若月ちゃんも、ご馳走様ー」
「……っ」

 私と野村さんのやりとりをクスクスと笑いながら眺めたあと伊吹さんは、「じゃあ、今日もよろしくお願いしますね」と言って、手を振りながら伊吹さんは役員室へと消えて行った。
 野村さんが深々と頭を下げる。
 私も慌ててそれに続き、頭を下げたままちらりと野村さんを窺うと、彼女はこちらを見てニヤリと笑っていた……。

 い、嫌な予感が……。
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