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“そう言う女”
5.
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――今まで全く縁のなかったその場所の前で私は、中へと足を踏み入れるのを躊躇していた。
一度は“ここ”へお世話になる可能性も考えたけれど……。
「……う、う~ん……」
何人かの人が、ウロウロする私を怪しげにチラ見した後、その中へと入って行く。
よく利用する人たちなのだろうか、慣れた足取りだ。
ここへ来てもう20分はこうしているのだけど、まだ決心がつかない。
――インターネットカフェ。
ここで寝泊まりする人もいると聞いたことがある。
かく言う私も、職も家もなくしてしまうと分かった時は一時的にお世話になると言う可能性を考えた場所だ。
とりあえず次の住む場所が決まるまで滞在するには、情報収集も出来るし、ホテルなんかよりずっと安く寝泊まりできる。
シャワー室だって完備してるから、必要最低限の身だしなみも整えられるし……。
でも実際は一度も利用したことがないから、やっぱり色々と不安。
こうやってお店の前をウロウロ、完全に不審者状態かつ営業妨害だ。
「……結麻ちゃん?」
ポン、と肩を叩かれ、思わず私は大きく飛び跳ねた。
「あーごめん、驚かせちゃった? ……こんなところで、どうしたの?」
私の肩を叩いたのは、楓さんだった。ふわっと優しい笑顔が彼のトレードマークだ。
「あ、あの、……えっと、」
「あ、そうだ、丁度良かった。結麻ちゃん、いま時間有る? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「え? あの、でも、」
「お礼はするから、ちょっとだけお願いされて欲しいな」
私の言葉を待たずに、楓さんは私が持っていたキャリーケースを私の手からパッと取って、歩き始めてしまった。
「えっ、あのっ、……楓さん!?」
私は慌てて楓さんの後を追いかける。
まさか、楓さんの勤めるカフェから何駅も離れたこんな場所で彼に出会うとは思ってもみなくて、私は大いに焦った。
すぐ近くに停めていた車のトランクに私のキャリーケースを詰め込むと、助手席のドアを開けて「はい、どうぞ」と促される。
物腰も柔らかいしとても優しい物言いなんだけど……有無を言わさないこの感じ、なんだか誰かに似ているような……?
「あ、あの……」
「遠慮しないで。高級車じゃなくて申し訳ないけど」
にっこりと微笑まれ、荷物も車の中とあっては、断ることはもう無理だった。
私は観念して、「お邪魔します……」と呟いて、助手席へと乗り込んだ――。
楓さんの車が到着した先は、カフェ『infinity』の店先だった。
なんとなく、そんな気はしていたけど……。
「ごめんねー、今日は臨時休業なんだ。マスターがちょっと野暮用で」
「そう、なんですか」
その方が都合が良い、と思わず自分勝手なことを考えてしまう。
私がここにいることをマスターが知ったら、伊吹さんに連絡してしまうかも知れないから。
「……あの、それで、お願いって……?」
「あー、うん。ちょっと試食して欲しくて」
「私なんかで、大丈夫ですか?」
「カフェのスタッフはもう僕の料理に飽きちゃったのか、適当な褒め言葉しかくれないんだよね」
「え、それは、楓さんの作るお料理が全部美味しいからでは……?」
「……結麻ちゃん」
「はい?」
「ダメだよ? そう言うの」
「……はい?」
「褒められたら調子に乗っちゃうからね、僕」
そう言って楓さんは、ふふふっと笑う。
大人の男の人だけどほんの少し可愛い要素があるから、なんだか憎めない。
でもそれでいて、有無を言わさない何かがあって、芯の強さが感じられる。
少し、不思議な人だ。
「さーて、作るかぁ」
楓さんはエプロンをキュッと締め、グイと腕まくりをした。
一度は“ここ”へお世話になる可能性も考えたけれど……。
「……う、う~ん……」
何人かの人が、ウロウロする私を怪しげにチラ見した後、その中へと入って行く。
よく利用する人たちなのだろうか、慣れた足取りだ。
ここへ来てもう20分はこうしているのだけど、まだ決心がつかない。
――インターネットカフェ。
ここで寝泊まりする人もいると聞いたことがある。
かく言う私も、職も家もなくしてしまうと分かった時は一時的にお世話になると言う可能性を考えた場所だ。
とりあえず次の住む場所が決まるまで滞在するには、情報収集も出来るし、ホテルなんかよりずっと安く寝泊まりできる。
シャワー室だって完備してるから、必要最低限の身だしなみも整えられるし……。
でも実際は一度も利用したことがないから、やっぱり色々と不安。
こうやってお店の前をウロウロ、完全に不審者状態かつ営業妨害だ。
「……結麻ちゃん?」
ポン、と肩を叩かれ、思わず私は大きく飛び跳ねた。
「あーごめん、驚かせちゃった? ……こんなところで、どうしたの?」
私の肩を叩いたのは、楓さんだった。ふわっと優しい笑顔が彼のトレードマークだ。
「あ、あの、……えっと、」
「あ、そうだ、丁度良かった。結麻ちゃん、いま時間有る? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「え? あの、でも、」
「お礼はするから、ちょっとだけお願いされて欲しいな」
私の言葉を待たずに、楓さんは私が持っていたキャリーケースを私の手からパッと取って、歩き始めてしまった。
「えっ、あのっ、……楓さん!?」
私は慌てて楓さんの後を追いかける。
まさか、楓さんの勤めるカフェから何駅も離れたこんな場所で彼に出会うとは思ってもみなくて、私は大いに焦った。
すぐ近くに停めていた車のトランクに私のキャリーケースを詰め込むと、助手席のドアを開けて「はい、どうぞ」と促される。
物腰も柔らかいしとても優しい物言いなんだけど……有無を言わさないこの感じ、なんだか誰かに似ているような……?
「あ、あの……」
「遠慮しないで。高級車じゃなくて申し訳ないけど」
にっこりと微笑まれ、荷物も車の中とあっては、断ることはもう無理だった。
私は観念して、「お邪魔します……」と呟いて、助手席へと乗り込んだ――。
楓さんの車が到着した先は、カフェ『infinity』の店先だった。
なんとなく、そんな気はしていたけど……。
「ごめんねー、今日は臨時休業なんだ。マスターがちょっと野暮用で」
「そう、なんですか」
その方が都合が良い、と思わず自分勝手なことを考えてしまう。
私がここにいることをマスターが知ったら、伊吹さんに連絡してしまうかも知れないから。
「……あの、それで、お願いって……?」
「あー、うん。ちょっと試食して欲しくて」
「私なんかで、大丈夫ですか?」
「カフェのスタッフはもう僕の料理に飽きちゃったのか、適当な褒め言葉しかくれないんだよね」
「え、それは、楓さんの作るお料理が全部美味しいからでは……?」
「……結麻ちゃん」
「はい?」
「ダメだよ? そう言うの」
「……はい?」
「褒められたら調子に乗っちゃうからね、僕」
そう言って楓さんは、ふふふっと笑う。
大人の男の人だけどほんの少し可愛い要素があるから、なんだか憎めない。
でもそれでいて、有無を言わさない何かがあって、芯の強さが感じられる。
少し、不思議な人だ。
「さーて、作るかぁ」
楓さんはエプロンをキュッと締め、グイと腕まくりをした。
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