嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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“そう言う女”

3.

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 なんとか高校を卒業し、女子大にも無事に合格。
 女子大は都内にあって実家から通うことはほぼ不可能で、私は住む場所を借りて都内で一人暮らしをすることになった。
 最初は不安もあったけど、幸いとてもいい人ばかりに囲まれて過ごすうちに、だんだん昔ほど男性に恐怖を覚えなくなっていた。
 それでも急に距離を詰められたり、馴れ馴れしくされるのは本当に苦手だったけど。

 あと、自分なりに男性との距離の取り方も覚えた。
 気休めでしかないけれど、年齢を問わず――年下の男の人にも、敬語で話すようになった。
 言葉で距離を取っているうちは、安全な気がして。

 だから、楓さんとひとつしか年が違わなくても、私にはどうしても敬語を外すことは出来ない。
 楓さんを信用していないからではなく、やっと築いた“私の世界”が崩れてしまいそうで、こわいから……。


 ――こんな私だから、自分から誰か男の人を好きになるだなんて、起こるはずがないと思っていた。
 私は、“そう言う女”、だから……。

 自分の意思とは別に、男を誘ってしまう、ふしだらな女――。

 それなのに……。



 ――ズキリ、と頭が痛んで、思わず顔を顰めた。


「結麻さんっ!?」


 私を呼ぶ声が、聞こえる……。
 この声は、なぜだかとても、安心できる声……。

 誰の、声……?

「結麻さん、結麻さんっ……」

 どうしてそんなに私の名を呼ぶの……?
 そんなに大切そうに、……どうして?

「結麻さん、結麻さんっ」

 どこか少し焦ったような、でも、とても優しい声。
 ……あぁ、そうだ、私の、一番好きな人の声……。

 もう一度ズキリと痛む頭を押さえようと手を動かすと、頭に辿り着く前に私の手が暖かいものにすっぽりと包み込まれた。

「……っ」

 重い瞼を少しずつ上げると、眩しい光が目に飛び込んでくる。
 知らない天井が私を見下ろしていた。

 眩しさでぼやける視界に、黒い影が映り込む。
 それが人の影だと認識するのに随分と時間がかかってしまった。

「結麻さんっ」

 私の上の黒い影が、私の名前を呼ぶ。
 知っている。
 この声は、あの人……、伊吹さんの、声だ……。

「いぶき、さん……」

 私の声はすっかり掠れていて、彼に聞こえたかどうかは分からない。
 逆光で、伊吹さんの表情も、よく分からなかった。

「あぁ、結麻さん、良かった、気がついて……っ」

 さっき頭を押さえようとして動かした私の手は、どうやら伊吹さんの両手にすっぽりと包み込まれてしまったようだ。
 ……あぁ、どうりで暖かいはずだ。

「あ、の、私……」
「どこか痛む?」
「あ……、頭が、少し……。でも、大丈夫、です。それより、ここは……?」
「病院です。結麻さんは書庫で、気を失って……」

 ああ、そうだった……。
 私は、また、“そう言うこと”をしてしまったのだ……。
 知らず知らずのうちに、谷川部長を誘ってしまったのだろう……。

 何度『自分はやっていない』と言っても、誰にも聞き入れてもらえなかった過去、そして恐らく、さっきも同じ――。

 あの日、私がどれだけ泣いて訴えても、ダメだった。
 もう同じ事はしないと、心に誓ったのに。
 自分の中から勝手ににじみ出てしまうものは、変えられないのか……。

 そして、ハッと我に返る。
 もしかして、私は伊吹さんにも、同じ事をしているのではないだろうか、と……。

 伊吹さんが私に仕事を紹介して、住む場所まで提供してくれて、同じベッドで眠るのは……、私が、“誘って”いるせい……?

 恐ろしいことに気付いてしまい、一気に血の気が引く。
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