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あの時も、いまも
5.
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密室となった書庫の中を走って逃げ回ったとしても、逃げ切れるわけがないと分かっている。
それでも、怖い、恐ろしい、だから、逃げなきゃ……。
ガクガクする自分の両足を叱咤して、必死に前へと踏み出す。
時折、背後の気配と、棚の隙間から見え隠れするはずの相手の姿を気にしながら……。
私の場所は足音から相手に筒抜けになるから、途中でパンプスを脱ぎ捨てた。
音がしなくなったし、走りやすくなった。
けれどそれでも、足に力が入らなくなって時々もつれてしまう。
「……あっ、」
恐怖で膝の力が抜け、私は床にガクリと膝をついた。
はぁ、はぁ、と肩で息をする。
背後に気配はしないから、少し息を整えて、体力を温存して、それから、
それから……、
「……みぃつけた」
後ろばかり気にしていたから、すぐ横から出てくるなんて、予想もしていなかった――。
ヒッ、と、声でも呼吸でもない音が、自分の喉のあたりで鳴る。
手が、足が、ガタガタと震え、その場から動けなくなった。
ペタリと尻餅をついてしまい、その姿勢のまま、それでもなんとか逃げようと、後ろへ下がる。
でも、そんなのは無駄な抵抗で。
私の正面でニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている谷川部長は、じりじりと後ずさる私の方へ、一歩、また一歩と近づき……。
「……っっっ!!!」
私の上に跨がり、私の上体を床へと押し倒した。
固い床へと打ち付けられて、頭がクラクラし、目の前が一瞬霞む。
ようやく戻ってきた私の視界いっぱいに見えるのは、谷川部長の不気味な笑顔で……。
「……っ」
生暖かい息が顔にかかり、あまりの気持ち悪さに思わず顔を顰めた。
恐怖と嫌悪で身体全体が震え、押しのけようとしても、全然力が入らない。
そんな私を、私の上に跨がった状態で嬉しそうに見下ろしている。
「そんなに縋り付いて。僕が好きなんだろう? 分かってるよ、今、抱いてあげるからね、クククッ」
谷川部長はそう言って、下卑た笑いを漏らした。
私は必死に頭を左右に振り、言われた言葉を否定する。
恐ろしくて、声はどうやっても出なかった。
――いや! やめて!!
そう叫べたら、どんなに良いか……。
叫んだところで、密室と化した広い書庫の中、誰かに聞こえるはずもないのだけれど……。
組み敷かれた状態でガタガタと震え、首を振るしか出来ない私……。
恐怖と絶望から、目に涙がじわりと滲む。
そんな私を至近距離でうっとりと気持ち悪い表情で眺める谷川部長の顔が更に近づいて――、顔を背ける間もなく、唇を押しつけられた――。
「……っ!」
やめて、と言おうとしたけれど、やはり恐怖で声は出ず、身体が恐怖と屈辱とで、ただただ震えるだけだった。
悔しさと息苦しさと気持ち悪さで、私の目から涙が零れ落ちる。
と、不意に、唇が離れた。
はぁ、はぁ、……と荒く呼吸する私を見て、ククク、と気持ち悪い笑みを浮かべている。
「そんなに僕のキスで感じて……いやらしい子だ」
「……っ」
感じてなんか、いるわけがない……!
わなわなと震えるけれど、言葉に、声にならず、ただ身体を震わせるだけの私を、谷川部長はニヤニヤしながら見下ろしていた。
「じゃあ、いっぱい楽しもうねぇ? クククッ」
それでも、怖い、恐ろしい、だから、逃げなきゃ……。
ガクガクする自分の両足を叱咤して、必死に前へと踏み出す。
時折、背後の気配と、棚の隙間から見え隠れするはずの相手の姿を気にしながら……。
私の場所は足音から相手に筒抜けになるから、途中でパンプスを脱ぎ捨てた。
音がしなくなったし、走りやすくなった。
けれどそれでも、足に力が入らなくなって時々もつれてしまう。
「……あっ、」
恐怖で膝の力が抜け、私は床にガクリと膝をついた。
はぁ、はぁ、と肩で息をする。
背後に気配はしないから、少し息を整えて、体力を温存して、それから、
それから……、
「……みぃつけた」
後ろばかり気にしていたから、すぐ横から出てくるなんて、予想もしていなかった――。
ヒッ、と、声でも呼吸でもない音が、自分の喉のあたりで鳴る。
手が、足が、ガタガタと震え、その場から動けなくなった。
ペタリと尻餅をついてしまい、その姿勢のまま、それでもなんとか逃げようと、後ろへ下がる。
でも、そんなのは無駄な抵抗で。
私の正面でニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている谷川部長は、じりじりと後ずさる私の方へ、一歩、また一歩と近づき……。
「……っっっ!!!」
私の上に跨がり、私の上体を床へと押し倒した。
固い床へと打ち付けられて、頭がクラクラし、目の前が一瞬霞む。
ようやく戻ってきた私の視界いっぱいに見えるのは、谷川部長の不気味な笑顔で……。
「……っ」
生暖かい息が顔にかかり、あまりの気持ち悪さに思わず顔を顰めた。
恐怖と嫌悪で身体全体が震え、押しのけようとしても、全然力が入らない。
そんな私を、私の上に跨がった状態で嬉しそうに見下ろしている。
「そんなに縋り付いて。僕が好きなんだろう? 分かってるよ、今、抱いてあげるからね、クククッ」
谷川部長はそう言って、下卑た笑いを漏らした。
私は必死に頭を左右に振り、言われた言葉を否定する。
恐ろしくて、声はどうやっても出なかった。
――いや! やめて!!
そう叫べたら、どんなに良いか……。
叫んだところで、密室と化した広い書庫の中、誰かに聞こえるはずもないのだけれど……。
組み敷かれた状態でガタガタと震え、首を振るしか出来ない私……。
恐怖と絶望から、目に涙がじわりと滲む。
そんな私を至近距離でうっとりと気持ち悪い表情で眺める谷川部長の顔が更に近づいて――、顔を背ける間もなく、唇を押しつけられた――。
「……っ!」
やめて、と言おうとしたけれど、やはり恐怖で声は出ず、身体が恐怖と屈辱とで、ただただ震えるだけだった。
悔しさと息苦しさと気持ち悪さで、私の目から涙が零れ落ちる。
と、不意に、唇が離れた。
はぁ、はぁ、……と荒く呼吸する私を見て、ククク、と気持ち悪い笑みを浮かべている。
「そんなに僕のキスで感じて……いやらしい子だ」
「……っ」
感じてなんか、いるわけがない……!
わなわなと震えるけれど、言葉に、声にならず、ただ身体を震わせるだけの私を、谷川部長はニヤニヤしながら見下ろしていた。
「じゃあ、いっぱい楽しもうねぇ? クククッ」
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