嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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自分の選んだ道

1.

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 伊吹さんのお母様の再来訪以来、すっかり伊吹さんと一緒のベッドで眠るようになってしまった……。
 しかも、寝る時はいつも自分の領域で寝始めるのに、目が覚めるとなぜか必ず真ん中より少し向こう――伊吹さん側に私が越境していて……。
 更には、目が覚めた時、なぜかいつも後ろから抱き締められるような体勢になっていて……。

「……っ、」

 自分の寝相が招いた事態とは言え、毎日のことだと、さすがに……ねえ?
 それにしても、どうやって転がって行っているんだろう、私。
 どんだけ寝相悪いの……?

 そんな状態でも伊吹さんはよく熟睡できているみたいだし、私も、季節が冬と言うこともあってか、伊吹さんと一緒だと暖かくて心地良いのだけど……。

 相変わらず、慣れない。
 後ろから私をすっぽりと包み込んでいる人の、体温が、優しい息づかいが、一気に私の頭を覚醒させる。

 ……はぁ。
 よく眠っている伊吹さんを起こさないように、小さく息を吐く。

 伊吹さんの体温が、あまりにも心地良い。
 そして、とても、とても、しあわせだ……。
 こんな気持ち、伊吹さんに気付かれちゃいけない。知られちゃ、いけない。

 絶対に――。






「うっ。どうしよう、分からない……」

 私は野村さんから引き継いだ仕事をしていて、ほとんどの業務は覚えたんだけど、時々しか出ないものに関しては、やっぱりまだ野村さんに聞きながらでないと処理できないものがある。
 でも今日は役員会がある日で、野村さんは会議室のあるフロアに行ってしまっているのだ……。

 おそらく今日は会議が終わる夕方まで席には戻れないだろうから、私は総務課の人に教えて貰うことにした。
 私が秘書課に入るまでは一部の業務を総務課の女性が処理していたから、総務課の人なら分かるはずだ。

 私は、前任者の内線番号をプッシュした。
 前任者は片瀬さんという女性で、野村さんの一年後輩にあたる。
 処理方法を教えて欲しいと教えを請うと、『電話では無理だから、こっちまで来て』と言われ、私の返事を聞く前に内線がブツリと切れた。

 野村さんもいないし、あまり離席したくなかったけど……仕方がない。
 私は書類を抱えて席を立った。

 エレベーターを降りて総務課のフロアに足を踏み入れると、総務の隣にある人事部のエリアで奥瀬くんが人事部の人と話をしているのが目に入る。
 総務部はその隣で、さっき内線で話をした片瀬さんは忙しそうにパソコンのキーボードを叩いていた。

「あの、片瀬さん。さきほど内線でお話しした件なんですけど、」
「やっぱり後にして、周年記念誌の原稿でいま忙しいから」

 片瀬さんはこちらに一切視線も向けないで、そう言い放った。
 実際、確かにかなり忙しそうだ。

 仕方なく私は「分かりました、お忙しいところお邪魔して、すみませんでした」と言って、頭を下げた。

 来年度は会社設立以来の大きな節目の年とあって、ちょっとした記念誌を発行することになっているのは私も知っていた。
 その発行を広報部と総務部が取り仕切っていることも。
 だから忙しいのは分かるけど……内線で話した時に言ってくれれば良いのにな。

 心の中でひっそりとため息を吐きながら総務部を離れようとしたところで、「それ、僕が見ようか?」と背後から声を掛けられた。

 声の主は、谷川総務部長だ。

「……あ、いえ、大丈夫です、」
「急ぐんじゃないの?」
「えっと、今週中と言われていますけど、」
「じゃあ僕が教えるから」

 あっち、行こう――そう言って、谷川部長が私の腕を掴んだ。

「あ、の、……っ」

 一気に血の気が引くのが分かる。
 谷川部長が向かっているのは、以前、入社したばかりの時に奥瀬くんに書類を提出した時に使った、あの打ち合わせ室だ。

 だ、大丈夫、あそこは、半透明になっているし……。
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