13 / 75
嘘の恋人
2.
しおりを挟む
部屋のチャイムが鳴る。
伊吹さんのお母様が部屋の前に到着したのだろう。
まだ若干混乱したままの私に向かって微笑んだ伊吹さんは、スッと手を差し出した。
その仕草の意味が理解できずに首を傾げる私に「手を」と言いながら、もう一度私へと差し出す。
私がおずおずと手を差し出すと、私から重ねる前に伊吹さんの大きな手が私の手を下からキュッと捕まえた。
「……っ」
「行きましょう」
私の手を取ったまま、玄関へと歩みを進める伊吹さん。
私は突然のことに、どうしていいのか完全に分からなくなってる。
ど、どうしよう、伊吹さんと、手を、繋いで………………
私の動揺を余所に、伊吹さんは玄関扉を解錠して客人――お母様を招き入れた。
「突然来てしまってごめんなさいね?」
伊吹さんのお母様はとても上品で綺麗で、優しい雰囲気の方だった。
手を繋いで顔を強ばらせている私を見て「あなたが伊吹の大切な方ね?」と微笑んだ。
私はどぎまぎしながら伊吹さんをちらりと仰ぎ見ると、伊吹さんは私の目を見つめながら頬を緩め、大丈夫だよ、と言うように小さく頷た。
手は、離してくれないらしい……。
「は、はじめまして、若月結麻と言います。あの、伊吹さんとは……」
いくら“フリ”とは言え、自分から恋人ですとは言いづらくて思わず言い淀んでしまう。
「結麻さんとは結婚を前提にお付き合いをしていて、少し前から同居……いや、同棲かな、し始めたんです」
伊吹さんこともなげに答えたので、私は思わず気絶しそうになった……。
結婚を前提……!?
ど、同棲……っ!?
私には無縁と思ってきたパワーワードが伊吹さんの口から私と関連づけて発せられ、私の思考は完全に停止。
びっくりしたのと、ドキドキしすぎているのと、嘘の罪悪感と……。
色んな感情が混ざりすぎて、もうどうすれば良いのか……。
助けを求めようと再び伊吹さんを仰ぎ見ると、嬉しそうな表情で私を見下ろし、にっこりと微笑んでいる。
……ああ、今日も伊吹さんは美しくて格好良い。
「うふふ、とっても仲が良さそうで安心したわ」
「ええ、それはもう。さあ母さん、中へどうぞ」
「お邪魔しますね」
お母様をリビングにお通しして、ソファへと座っていただく。
コーヒーをお出しして、伊吹さんと私はお母様の正面に隣り合って座った。
「もう、伊吹ったら、こんな素敵なお嬢さんと一緒に住んでること、内緒にしてるんですもの」
「すみません。でも、本当に最近のことなので」
「一体どこで知り合ったの?」
「会社です。いま、秘書課で事務を手伝ってくれています」
「まぁ。あの人ったら社長だからって会社のことは何も言ってくれなくて。ほんと困るわ。でも……。そう、そうなのね」
にこにこと嬉しそうに微笑む伊吹さんのお母様を目の前にして、私の心はチクリと痛んだ。
騙してる。
こんなに優しそうな人を……。
「伊吹は、結麻さんのどんなところが好きなの?」
お母様の唐突な問いに、私は思わず慌てた。
伊吹さんをチラリと見ると、困ったような顔をして笑っている。
「……それは本人の前で聞くことですか?」
「あら。本人の前だからでしょ?」
お母様にそう返された伊吹さんは、小さく息を吐いた。
そう、だよね、困るよね……。
だって伊吹さんは、私のことを本当に好きなわけじゃないから……。
聞かれたって上手く答えられないだろう。
この関係が嘘だってばれてしまうんじゃないかな……。
伊吹さんがどう答えるのか少し心配で伊吹さんをそっと窺い見ると、伊吹さんはそんな私を見て優しく微笑み、握っていた手に少しだけ力を込めた。
そして、彼の形の良い唇が、信じられないような言葉を紡ぎ出す……。
「結麻さんは、何に対しても真剣で丁寧で、ひたむきで。芯のしっかりしたところもあるのに、時々少し頼りなげになるから守ってあげたくなる。家事が得意で料理がとても上手だし、会社の仕事もしっかりこなしてくれますし、何よりも、」
「い、伊吹さんっ! も、もうその辺で……っ!!」
私はスラスラと続ける伊吹さんの言葉を慌てて遮った。
待って待って!
演技って分かってても、そんな風に言われると、ちょっと……いやすごく恥ずかしい!
本当に思ってることじゃないって分かってても……、分かってても、無理!!
伊吹さんのお母様が部屋の前に到着したのだろう。
まだ若干混乱したままの私に向かって微笑んだ伊吹さんは、スッと手を差し出した。
その仕草の意味が理解できずに首を傾げる私に「手を」と言いながら、もう一度私へと差し出す。
私がおずおずと手を差し出すと、私から重ねる前に伊吹さんの大きな手が私の手を下からキュッと捕まえた。
「……っ」
「行きましょう」
私の手を取ったまま、玄関へと歩みを進める伊吹さん。
私は突然のことに、どうしていいのか完全に分からなくなってる。
ど、どうしよう、伊吹さんと、手を、繋いで………………
私の動揺を余所に、伊吹さんは玄関扉を解錠して客人――お母様を招き入れた。
「突然来てしまってごめんなさいね?」
伊吹さんのお母様はとても上品で綺麗で、優しい雰囲気の方だった。
手を繋いで顔を強ばらせている私を見て「あなたが伊吹の大切な方ね?」と微笑んだ。
私はどぎまぎしながら伊吹さんをちらりと仰ぎ見ると、伊吹さんは私の目を見つめながら頬を緩め、大丈夫だよ、と言うように小さく頷た。
手は、離してくれないらしい……。
「は、はじめまして、若月結麻と言います。あの、伊吹さんとは……」
いくら“フリ”とは言え、自分から恋人ですとは言いづらくて思わず言い淀んでしまう。
「結麻さんとは結婚を前提にお付き合いをしていて、少し前から同居……いや、同棲かな、し始めたんです」
伊吹さんこともなげに答えたので、私は思わず気絶しそうになった……。
結婚を前提……!?
ど、同棲……っ!?
私には無縁と思ってきたパワーワードが伊吹さんの口から私と関連づけて発せられ、私の思考は完全に停止。
びっくりしたのと、ドキドキしすぎているのと、嘘の罪悪感と……。
色んな感情が混ざりすぎて、もうどうすれば良いのか……。
助けを求めようと再び伊吹さんを仰ぎ見ると、嬉しそうな表情で私を見下ろし、にっこりと微笑んでいる。
……ああ、今日も伊吹さんは美しくて格好良い。
「うふふ、とっても仲が良さそうで安心したわ」
「ええ、それはもう。さあ母さん、中へどうぞ」
「お邪魔しますね」
お母様をリビングにお通しして、ソファへと座っていただく。
コーヒーをお出しして、伊吹さんと私はお母様の正面に隣り合って座った。
「もう、伊吹ったら、こんな素敵なお嬢さんと一緒に住んでること、内緒にしてるんですもの」
「すみません。でも、本当に最近のことなので」
「一体どこで知り合ったの?」
「会社です。いま、秘書課で事務を手伝ってくれています」
「まぁ。あの人ったら社長だからって会社のことは何も言ってくれなくて。ほんと困るわ。でも……。そう、そうなのね」
にこにこと嬉しそうに微笑む伊吹さんのお母様を目の前にして、私の心はチクリと痛んだ。
騙してる。
こんなに優しそうな人を……。
「伊吹は、結麻さんのどんなところが好きなの?」
お母様の唐突な問いに、私は思わず慌てた。
伊吹さんをチラリと見ると、困ったような顔をして笑っている。
「……それは本人の前で聞くことですか?」
「あら。本人の前だからでしょ?」
お母様にそう返された伊吹さんは、小さく息を吐いた。
そう、だよね、困るよね……。
だって伊吹さんは、私のことを本当に好きなわけじゃないから……。
聞かれたって上手く答えられないだろう。
この関係が嘘だってばれてしまうんじゃないかな……。
伊吹さんがどう答えるのか少し心配で伊吹さんをそっと窺い見ると、伊吹さんはそんな私を見て優しく微笑み、握っていた手に少しだけ力を込めた。
そして、彼の形の良い唇が、信じられないような言葉を紡ぎ出す……。
「結麻さんは、何に対しても真剣で丁寧で、ひたむきで。芯のしっかりしたところもあるのに、時々少し頼りなげになるから守ってあげたくなる。家事が得意で料理がとても上手だし、会社の仕事もしっかりこなしてくれますし、何よりも、」
「い、伊吹さんっ! も、もうその辺で……っ!!」
私はスラスラと続ける伊吹さんの言葉を慌てて遮った。
待って待って!
演技って分かってても、そんな風に言われると、ちょっと……いやすごく恥ずかしい!
本当に思ってることじゃないって分かってても……、分かってても、無理!!
3
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story
けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~
のafter storyになります😃
よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる