嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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仕事も住処も

3.

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「ありがとうございます、ではお借りします」
「はい。ああでも、今まで料理に使ったことがないので、道具とかが何も無いかも知れません」
「大丈夫です、台所用品は全部持ってきました。あ、でも篠宮さんのキッチンに私の私物を置いたら、邪魔、ですよね」
「ああ、いや、そうじゃなくて……」

 篠宮さんは何かを考えるような表情をした後、「今日はこのあと、何か用事はある?」と尋ねた。

「いえ、特に何もないです」
「じゃあちょっと買い物に付き合ってもらっていいですか?」
「はい。あの、買い物って……」
「うん。若月さんのもの、もちろん置いてくれて大丈夫なんだけど、それ以外のものも揃えたいので、一緒に見て貰えると助かります」
「……はい、分かりました」

 何が必要になりそうなのか篠宮さんと一緒にキッチンへ行ってみると、篠宮さんは本当にほとんど使ったことがないらしく、いくつかの食器とカトラリー、コーヒーマシンと電子レンジ、冷蔵庫があるだけだった。

 専務ともなれば恐らく取引先との外食も多いのだろう。
 そうでなくても、きっとデートとか……、と考えた所で、すぐに考えるのをやめた。
 篠宮さんが誰かとデートしてる場面を想像すると、ちょっと絶望的な気持ちになってしまうから……。

 私には外食三昧なんて出来るはずもないので、このキッチンをお借りして自炊するしかない。
 鍋や炊飯器は今まで使っていたものをそのまま持って来た。
 特に買い揃えなければならないものはないんだけど……篠宮さんは何か欲しい物でもあるのかな?

 外出する支度をして、私は篠宮さんに連れられてマンションを出た――。


 伊吹さんの運転する車でショッピングモールへとやって来た私たち。
 日曜日の夕方のショッピングモールは家族連れやカップルなど、意外と人が多い。

 篠宮さんと私はキッチンツールなどを売っているお店へと足を踏み入れた。

「いずれ買い揃えようとは思っていたんだけどね」

 篠宮さんはそう言いながら、鍋やフライパンを熱心に見ている。

「若月さんは、どんな鍋だと使いやすいですか?」
「私、ですか? そうですね、普段使いなら軽くてお手入れのしやすいのが良いかなーと思います」
「そうなんですね」
「重厚な鍋も本当はすごく憧れるんですけど、ひとり暮らしだと使わなくて」
「じゃあこう言う鍋は使いにくいんだ?」
「んー、そう言うわけではないですよ、煮込み料理を作るのにはとても向いてますし。私にはお値段的に買えなかっただけで……」

 目の前にある鍋は“重厚な鍋”と呼ぶに相応しい立派な鋳物の鍋で、展示してあるポップには『煮込み料理に最適です!』と書かれている。
 憧れはするけれど、お値段が高すぎて私には買えそうにない。

「他に何か欲しいキッチン用品はないですか?」
「えっ。うーん、そうですね、特にはないかも……。必要な物は一通り持ってますし、無ければ無いでなんとかなりますし……」

 私がそう答えると、篠宮さんはなぜか少し寂しそうな表情になった。
 その表情の意味が分からない私は、なぜ篠宮さんが私をここに連れて来たのかと言う本当の理由ももちろん知らない。

「包丁とかは? いろいろ種類があるけど……」

 篠宮さんはそう言いながら、今度は包丁のコーナーへと移動する。
 ガラスケースの中にはたくさんの包丁が収められていて、その多くがどうやって使えば良いのか分からないような種類の包丁だった。
 きっと料理人ぐらいしかこう言うの使わないんじゃないかな。

「簡単な家庭料理しか作れないから、私は一本あれば十分です。切れなくなれば簡易的に研ぎ直してるし……」
「……要らない?」
「えっと……」

 篠宮さんはまたしても少し寂しそうな顔をして私を見つめている。
 う……、なんだかとてもとても悪いことをしている気分になってしまう。
 まるで私が篠宮さんを虐めてるみたいな気分……。

「じゃあ、もしいま持ってる包丁を買い換えるとしたら、どんなのを買いますか?」
「うーん、そうですねぇ……」

 買い換えるなら、いま持ってるのと同じ三徳包丁だよね。これ一本で、どうにでもなるから。

 そう思って、私は「このタイプの、……もうちょっと買い求めやすい価格のものを選ぶと思います」とガラスケースの中にある三徳包丁を指さしながら答えた。
 ガラスケースに入っている包丁はどれも、私が持っている包丁が三本は買える値段が表示されている。
 包丁の善し悪しで素材の切れ味は変わるけど、私ごときの料理の腕では、きっと包丁の方が可哀想だ。

 篠宮さんは私の答えに納得してくれたのか、「ふぅん、なるほど」と頷いている。
 良かった、篠宮さんにあんな顔をされると、私も悲しくなっちゃうから……。
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