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乙太郎

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chrysalis

case.1 大河内智鶴の場合 part1

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「…うそ。」

帰宅。退屈な時間。
かつても、自分はこうしていただろうか。
どうしようもない虚脱感が
心の空白を訴える夕方。
大河内智鶴の放課後は無明の期待に
心を躍らせていた。
屈折していた私の背中を
後ろから叩いて目を覚ましてくれた彼女。
緋翅水冴綺。
芯を持った意志を宿したその瞳に確信した。

あぁ、この子になら任せられる。と。

だが…
「たった今、廃棄区画にて大規模の暴動が
発生した模様です!
当該エリアには高いケムリが立ち上り、
レスキュー、ドローン等捜索がされましたが
未だ連絡が来ない現状に捜索本部は
緊張に包まれています!
被害規模、原因共に不明につき
引き続き当チャンネルはこの事件を報道いたします!」

「緋翅さん…」

驚愕。そして恐れ。
彼女自身も廃棄区画の危険性は
よく把握しているようではあった。
しかし、

「あの辺りは、私が提供したレコードの?」

なんて事をしてしまったのだろう。
彼女を、彼女のコトを原因なんてあるかもわからない
誰も気に留めない喪失感に巻き込んだせいで。

「ウソ、嘘よ。うそに決まってる。
第一、その日のうちに
現場に向かうとも限らないし…」

たまらず連絡を取る。
プルプルプル…
プルプルプル…
プルプルプル…
20回近くのコール音。
だが、応答は、一向に無い。

膝をつく。
そんな、ワケが。
たった1日。
たった1日立ち入っただけなのに。
今の私に誰よりも親身に接してくれた彼女が
あの中に、イルの?

「何で…何で…」

ヒッ…

「カッ…アッ…」

過呼吸。息が、吐けない。

「ち、智鶴?!どうしたの!」

母が駆けつけてハンカチで口元を抑える。
遠のく意識。母の膝の元で視界が歪む。

「ダメッ!息しなさい!」

頬を叩かれて覚醒する。
少しずつ、普段のテンポを取り戻す。
だが…

「うっ…」

込み上げる胃の中の内容物を
手で抑える。
飛び起きてトイレへ。
廊下で体をぶつけながら強引にまがり
ふらつく足取りのまま駆け込む。

便座に手をつき、
嘔吐。
嘔吐。
嘔吐。

水分の失調を感じる。
経口補給。
またも嘔吐。
胃液はとうになく
口にするたび、透明な水のみを戻す。

「ねぇ智鶴…お願いだから、
水だけでも飲んで…」

泣きながら介抱する母。

大河内智鶴は、学校を2日休んだ。



久しぶりのソト。
玄関を出る。
不安定な足取り。
バスを使い、幹線道路で中央駅へ。
そのまま電車で…あ…
意識が遠ざかる。
それを平手打ちで、強引に引き戻す。
行かなきゃ…行かなきゃ…
ニュースじゃまだ被害規模は不明って。
でも、でも学校にさえ行けば。
なんでもない顔で、あの探偵さんが
私に依頼内容を報告してくれるかも。
学校まで乗り継いだバスで降り、
再び歩き出す。

後ろからだけでなく、前を歩く学生も
何度か振り返ってヒソヒソ話している。
無理もない。
吐き気も治り、無理を押して登校する彼女ではあるが。
食欲はなく、朝のゼリー状の栄養食品一つしか
喉を通らない日々、摂取という言葉が適切な食生活を
智鶴はおくっていた。
頬はやつれきって、ふらふらした女子高校生。
病人同然のソレとはまた別に、
視線を集める何かが校門の
反対側の歩道にもう一対。
見事に人の流れがあそこだけ
避けて通ってる…

「あぁ…大河内智鶴だね。」

アレは…その、

「なんの様でしょうか…」

構っている余裕なんて、今の私には…

「まァな。キミが周囲に気取られないカタチでの
報告を望むってンで、書類整理と始末だけ
ミサキチャンに頼もうと思ってたんだが…」

校門へと返した踵を戻し、
すがる様に男に問い詰める。
……事実、少女自身を今にも
コナゴナに崩しそうな自問自答には、
奴の持ちうる情報以外にありはしなかった。

「ミ…サキ?緋翅水冴綺?か、彼女を
知ってるんですかっ?!」
「お、オイオイオイ。落ちつけって!
知ってるかっツッたって、ミサキチャンは
ウチの従業員だよ。」
「っ……無事なんですか!」
「……無事、か。
一概に無事とは言いがてェな。
五体満足でベッドで眠っちゃいるが、
実のところ昏睡状態だ。事態が事態だから
医者サマも今後どうなるか分からないってよ。」

五体満足。
その朗報に大河内智鶴は安堵する。
しかし、同時にそんな自分に心から
蔑みと怒りを覚える。
なにが…何が「無事なんですか」だ。
なんて、ーーー 傲慢。

火災が鎮火し、機能不全を切除して回り出す廃棄区画。
被害者数なんてとっくに判明しているはず。
それでも、報道規制が引かれているのは
未だかつてない被害規模に
メトロフォリアの対応が遅れているから。
生活の一端を担う通りが凄惨極まる地獄に
変容したという事実を。
治安を意図も容易く破壊してみせる
グループの存在を示唆する事態を。
ソレらをそのままに公表することを
躊躇っているからでしかない。


「……私の、セイだ。」
「……なんだって?」
「私が、私が彼女を巻き込んだから。
こんなハメになるんなら私は
与えられた日常を模範的に繰り返すべきだったんだ!」

天罰、テンバツなんだ。
おそらく大河内智鶴は何処かでボタンをかけ間違えた。
此れはその報い。
実際、とっくにキヅいてたんだろう。
心のどっか…それこそ埋まってたハズの
心の風穴が物語ってる。
アンタなんて…あの夜にでも消えて仕舞えば、ーーー


「オイ…違ェだろ…
そりゃ知らねェよ、女学生のココロウチなんてよ…」

両肩を強く掴まれて
大河内智鶴は、強引に引き戻された。
…引き戻す?私、ワタシの居ていい場所だなんて…!

「でも。ダカラって!


!?えぇ!?
忘れらンないなら。
代替できないってンなら!

!」

「っ……!」

涙目になってその言葉に踏み留まる。
そんなこと言われたって。
私に、私なんかにそんな…!
どうしろっていうのよ…!

不意の一喝。
鈍かった弱りきった彼女自身の自我認識。
顔が、歪む。
見ず知らずの男に言い当てられた悔恨か。
抵抗出来ずにいる自己への鬱憤か。
客観的な自己分析を下せるほどに冷静さを
取り戻した彼女はようやっとソレを捉えた。
他ならぬ奇妙な2人に注がれる懐疑の視線である。

ハッと周囲を見回す。
遂には足を止めてヒソヒソ話す学生ら。
こうなってはもう止められない。
勘繰りを巡らせる彼らがマジョリティで
こうして早朝から感情を発露させる私たちが
マイノリティなのだから。

「なァ…勘違いだぞ、此れは…
オ、オイオイオイオイ!ソコ!
何処にコール掛けてンだ!かぁ、チクショウ…
なぁ大河内智鶴っ!」
「…あっ。は、はい!」
「アンタの都合でいい。今日喫茶「ライム」だ。
いいなっ!ぜってェこいよ!」

そういって。
顎髭を生やしたコートの男は
ゴシップにざわつく現場を走り去ったのだった。








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