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chrysalis
Metropolis Apocalypse
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……
……
…………
…ナニカ、アツイ。
…熱い?
…ナゼカ、クライ。
…暗い?
…ワタシハ、ウゴケナイ。
……ココカラ、ウゴケナイ。
………………………ウゴけナイ。
…………………………ウごけなイ。
……………………………うごけない…
「気を確かに持って。
その記憶は今の貴方には必要のないものよ。」
……ウゴケナイ。
………今のは………
…………ウゴケナイ。
……………そこに………
………ウゴケナイ、ウゴケナイ、ウゴケナイ、ウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイ
……そこに、だれか、いるの?……
鬱積した思念が蠢動する無量の極点。
希釈にすぎる1人の少女。
輪郭はとうにない。
感覚もすでにない。
その意識だけが、世界に咀嚼され
一端にして全容として取り込まれる刹那。
微かに、差し込む薄明光線。
旧世界において天使のはしごと形容されるそれに、
窪みを虚無で満たされたはずの眼で。
末端として暗黒に霧散したはずの手で。
彼女を優しく語りかける救いに触れる…
微かに、眼球に を透かして光が瞬き始める。
失っていたーーーの輪郭が線を結ぶ。
ーーはゆっくりと、ゆっくりと を、開く。
「…よかった。厳しいことをいってごめんなさい。
見えないものは見なくていい。
今は少しずつでいいからアナタを捉え直して。」
「……あ…?」
だれかが…私の…
…?肩…を、抱き抱えて…いる。
瞼…?をどうにか開ききった…のに
視界が…霞んで…
「少し、お話しをしましょうか。
貴方の名前は?思い出せる?」
「わたし…?わ、たしは…?」
辿る、辿る、辿る。
でも…なにも…思い、出せない…
霞を掴もうとするように…
なにも、とらえられない…
「そんなはずは、ない。
自分が誰かすら思い出せないようながさつな人間が、
こんなに綺麗な髪を持ち合わせてるはずがないもの。」
髪…髪…?
ちがう…私は、自分から伸ばしたんじゃ…
此れは…カナちゃんに…
走る鈍痛。頭を抱える。
「…何度もごめんなさい。
名前を思い出せなくたって貴方は貴方…」
「違う…違うの…!」
私はひとりでそんな事が出来る人間じゃない…
「アタシは…アタシは…緋翅水冴綺…!
この髪は…彼女に…大切な親友に…
カナちゃんに褒めてもらったから…!」
霞んだままの視界。
助けてくれた彼女が
どんな表情かなんて見えもしないのに。
目の前の彼女が…何処か寂しさを讃えた目で
優しく微笑んだ気がした。
「そう…ヒバネ、ミサキ。
緋翅 水冴綺っていうのね。
とても…とてもステキな名前…」
途端、溢れる涙。
ついさっきまで底なしの暗闇にいた恐怖感に。
圧倒的な絶望からこうして生還できた安堵感に。
こんなにもアタシの心の真ん中にある
カナちゃんを忘れかけた自責感に。
そして、珠木可奈子を再び思い出せた多幸感に。
誰かも解らない彼女の胸を借りて、
どうしようもなく泣きじゃくっている。
「ええ、いいの。いくら泣いたって。
流した涙は決して弱さなんかじゃないんだから。」
彼女は、アタシの震える背中を、
子どもをあやすような優しさでさする。
2人を包む温かな安息。
しかし、廃棄区画をつつむ状況は
緋翅水冴綺のとめどない感傷を
いつまでも待ってはくれなかった。
背後から平穏を遮る爆発音。
その余りの規模に取り戻しかけた聴覚に
耳をつんざく甲高い反響が響き渡る。
「…っう!」
「そう…意地でも彼女は
始まった歩みを許せないというのね…」
目の前の彼女が立ち上がる。
「無理なお願いを聞いてちょうだい。
刻一刻と周囲の環境が悪化してる。
今すぐここを立ち去らないと。」
私の肩をつかって。とアタシの上半身を
支える彼女。
「ねぇ、まって…!
あなたの、あなたの名前をまだ聞いてない…!」
「……私のことなら、通りすがりでいいわ。
この程度の人助けで偉ぶって名乗るような名前、
持ち合わせていないんだもの。」
笑いながら答える彼女。
ちがう…そんなの間違ってる…!
この世に、この世界に…
はぐらかしていい名前なんて、
一つもありはしない…!
でも、ソレが言えない。
ただ立ち上がるという動作だけで
疲れ切った緋翅水冴綺の体力は
意識を失いかけるほど消耗してしまった。
「…ひとつだけ。
これから出来るだけ急いで、それでいて焦らずに
まだ影響の薄い空き地を後にするけれど。
…今から貴方が目にするものすべては、
現実とはどこまでも関係のないうわごとよ。
大丈夫、なんならあんなもの見なくていい。
100mポッチの辛抱なんだから
少しの間、我慢していてね。」
そうして、通りすがりの彼女にもたれかかりながら
狭い通路を抜けて。
彼女の目の前に飛び込んできたのは、
筆舌に尽くしがたいほどの、
阿鼻叫喚の灼熱が猛威を振るう地獄そのものだった。
…おかしい。
廃棄区画、確かにここは廃棄区画だ。
弛む事なき完璧な循環社会であるメトロフォリア。
たった一つ。
人類に残された最後のユートピアの存続を第一に
ORTICAはその威光が隅々を照らすモラルではなく
擬似永久機関の成就と引き換えに
生活圏と隔てられたイリーガルを許容した。
事実、ここではORTICAの審判が甘く、
あの手この手で迷い出てくる一般住民を
食い物にする体制が組み上がっている。
だが…これはあまりにも…
とどまることを知らない業火に撒かれた火の玉が
雑音を上げて暴れて回る。
あ…れは、あれ…は…
「考えなくていい。今はここを出るだけ。」
…それは、出来ない…
何より、目を背けたとして。
どうせ、耳を塞いだとして。
その鮮烈な光を放つ熱量が、
苦悶の抵抗で、苦痛の絶叫で。
爛れを通り越して炭化したその容姿で。
その炎球の核が自我を持つ人間であることを
訴えかけてくるのだ。
…訳が…わからない…
この世に生を受けた人間が。
その生涯を悪虐の限りに費やしたとしても。
これ程までに残酷な報いを受ける道理が
私には、見つからない…
たまらず、唯一の頼りである彼女に目をやる。
毅然と前を向き続ける彼女の顔も
たちまち白くなって、びっしょりと汗が浮かんでいた。
歩く、歩く、歩く。
残された少女2人は凄惨な光景を遠ざける。
疲れ切った足取りに今にも飛びそうな意識。
ただし、この状況に比べれば不幸中の幸いだった。
霞んだ視覚は精神を破壊する視界にモザイクを、
耳鳴りの止まない聴覚は、煉獄を歌う叫びを
フィルタリングする。
歩く、歩く、歩く。
「その調子よ…あと半分もない…」
ビルは窓から火焔を吹き、
耐えかねたようにヒトガタがこぼれ落ちる。
びちゃり、びちゃり。
足元で崩れる肉。
血は流れない。
液体は蒸発しており、加熱変性して白濁した
内容物が音をたてているのだ。
まいにちのつみかさねでめらめらもえる。
ぼうぼう、ぼうぼうおどってまわる。
わらってる。わらってる
ひのようせいがぱちぱちはねる。
きっとかみさまがおこったんだろうな。
まなこにはいるきらびやかなねつ。
かれらのいのちをもやしてまたたく。
朦朧した思考で巡る現実逃避。
そのとき、ふと泳いだ視線の先。
一際強く燃え盛る箇所が目に入った。
あれは…なに…?
壁やコンクリートに大きな亀裂がある。
その狭間、大八地獄を煮詰めた宿業の釜を
傾けたかのように、とめどなく溢れ出す業火。
否、ビルの壁や舗装道路から
あんな火焔が漏れ出るはずもない。
空間そのものが…ひび割れている…?
…a…rrru…
その先、炎の向こうに、ナニカが…見エ…
「水冴綺ッ!」
パンっ
両頬を平手打ち。
アタシ…なにを覗こうと…
そのままアタシの目を見つめる彼女。
「いい?貴方は緋翅水冴綺。
居住区のまっとうな女子高生の1人!
第一、カナちゃんっていう親友がいるんでしょう!
貴方その子に消えない傷をつけるつもりなの?!」
「…っ!」
そうだ。
アタシは彼女を手放した。
でも、その別れは決して無意味なものじゃなくて
確かに譲れないものがあったからだ。
彼女はアタシをもう二度と許してはくれない。
でもだからこそ、目覚めの悪い遺恨なんて
作りたくはない。
カナちゃんが許してくれなくても、
アタシは彼女との思い出を胸に前に進んでいける…!
「こんな地獄で
死んでなんて…やらない…!」
虚だった瞳に強く揺るがぬ決意が宿る。
「本当にありがとう、通りすがりのあなた。
アタシ、どう感謝したらいいかーー」
その瞬間だった。
彼岸と現世を隔てる黒煙。
生還まで後一歩といったところ。
ビルに立て付けられていた
巨大なキャバレーの看板が猛火を讃えながら
緋翅水冴綺の…頭上に…
「…っ!危ないっ!」
身体が飛び退く。
咄嗟の機転に緋翅水冴綺は無傷で助かった。
…そんなことより、彼女は?
「ねぇ、あなたは無事なのっ?返事をして!」
少し時間を置いて一声。
「…なんとかね。」
「待ってて!今そっちにーー」
回り道を探そうとする緋翅水冴綺。
それを、
「来ちゃ駄目ッ!」
通りすがりを名乗る彼女は制止した。
そんな…ここまで来て…やっと、ーー
「いいの。どうせソッチにはいけないし。
それに私、まだやらなきゃいけないことがあるから。」
断行した無鉄砲。
得体の知れない大災害。
心身共に弱ってしまっていたアタシを
ここまで助けてくれた。
お礼なんてまだしていないし、
名前だってロクに聞けていない。
なにか。
なにか。
彼女に。
言わなければ
ならない
コトが。
「…ごめんなさいっ…ごめんなさい…」
再び涙で前が見えなくなる。
口を突いてでたのは、謝罪だった。
「アタシ…あなたを…知っていたのね?」
「……!」
思えば、簡単なことだ。
ただの通りすがりがこんな阿鼻叫喚を讃えた
煉獄のなかを助けに来てくれるはずがない。
であれば、彼女の表情に今も印象がないのは
アタシの視界が霞んでいたからではなくて…!
「アタシ…どうしても…
あなたを思い出すことが出来ない…!」
届かない。
この感覚を私は知っていた。
なのに…
なのにアタシは…
また大切な繋がりを取り零そうとしている…!
「ふぅ、安心した。」
「えっ…?」
「貴方を此処で見つけた時は驚いちゃったんだ。
すっかりクールな雰囲気をまとってて、
あの頃の彼女はもう居ないんだって悟った。」
彼女は私の知らないアタシとの出会いを語る。
答えられない。
もし彼女との付き合いが、
親友と呼べるものだったとしたら。
その過去を共有したものとして
返すべき記憶を一切浮かべることができない。
「でも、違ったんだ。
貴方はちっとも変わってない。
情緒が豊かで万華鏡のように美しい世界を
私たちに見せてくれた女の子そのままなんだ。」
「そんな…アタシは、そんな人間じゃない…!
行かないで!アタシまだあなたに何も返せていない!」
全身で放つすがるような叫び。
そこに、
「オイ、何やってんだミサキチャン!」
コートを羽織った青年、村岡辰二が駆けつけた。
「おいおい、何処の暴動だ?こりゃあ…」
「っ!ねぇ!お願い!あの煙の向こうに
女の子がいるの!助けるのを手伝って!」
目の前の男に縋り付く。
「煙?女の子ぉ?確かに火の手は上がっちゃいるが
女の子なんて何処にも…」
腫れ上がった右手で探偵の胸を叩く。
トン…
トン…
トン…
あまりにか細い仕草だが
これが今の彼女に出来る最大限の訴えだった。
こうしている間にも火は大通りを辿って
2人の方へその手を伸ばしている。
周囲を見渡し考えを巡らせる村岡。
………
……
…
「すまん。許せ。」
緋翅水冴綺を担ぎ上げる。
男は衰弱しきった彼女を
第一に優先する決断を下したのだ。
「うん、それでいい。
貴方には言い尽くせないほど多くのものを貰った。
この奇跡の出会いは、私が貴方に対する
恩返しにつかうためのものなんだもの。」
「行かないでぇぇええ!!!」
力一杯煌々と燃え盛る繁華街に手を伸ばす。
待って。
待って。
消えそうになっていたアタシのココロ。
それを、ひとりポッチで掬い上げて。
今にも倒れそうな不安定な足取りを、
か細い腕を引っ張って導いてくれた。
そんな、そん、なあなた、の献身を、
アタシ、思い出せ、ーー ない、ーーなん、ーー
おちる、おちる。
とばりがおちる。
とおりすがりのかのじょと
ちっぽけなままのアタシをへだてて。
まって。
アタシ、かならず、あなたの、こと、を、ーー
緋翅水冴綺の視界は、そこで暗転した。
……
…………
…ナニカ、アツイ。
…熱い?
…ナゼカ、クライ。
…暗い?
…ワタシハ、ウゴケナイ。
……ココカラ、ウゴケナイ。
………………………ウゴけナイ。
…………………………ウごけなイ。
……………………………うごけない…
「気を確かに持って。
その記憶は今の貴方には必要のないものよ。」
……ウゴケナイ。
………今のは………
…………ウゴケナイ。
……………そこに………
………ウゴケナイ、ウゴケナイ、ウゴケナイ、ウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイウゴケナイ
……そこに、だれか、いるの?……
鬱積した思念が蠢動する無量の極点。
希釈にすぎる1人の少女。
輪郭はとうにない。
感覚もすでにない。
その意識だけが、世界に咀嚼され
一端にして全容として取り込まれる刹那。
微かに、差し込む薄明光線。
旧世界において天使のはしごと形容されるそれに、
窪みを虚無で満たされたはずの眼で。
末端として暗黒に霧散したはずの手で。
彼女を優しく語りかける救いに触れる…
微かに、眼球に を透かして光が瞬き始める。
失っていたーーーの輪郭が線を結ぶ。
ーーはゆっくりと、ゆっくりと を、開く。
「…よかった。厳しいことをいってごめんなさい。
見えないものは見なくていい。
今は少しずつでいいからアナタを捉え直して。」
「……あ…?」
だれかが…私の…
…?肩…を、抱き抱えて…いる。
瞼…?をどうにか開ききった…のに
視界が…霞んで…
「少し、お話しをしましょうか。
貴方の名前は?思い出せる?」
「わたし…?わ、たしは…?」
辿る、辿る、辿る。
でも…なにも…思い、出せない…
霞を掴もうとするように…
なにも、とらえられない…
「そんなはずは、ない。
自分が誰かすら思い出せないようながさつな人間が、
こんなに綺麗な髪を持ち合わせてるはずがないもの。」
髪…髪…?
ちがう…私は、自分から伸ばしたんじゃ…
此れは…カナちゃんに…
走る鈍痛。頭を抱える。
「…何度もごめんなさい。
名前を思い出せなくたって貴方は貴方…」
「違う…違うの…!」
私はひとりでそんな事が出来る人間じゃない…
「アタシは…アタシは…緋翅水冴綺…!
この髪は…彼女に…大切な親友に…
カナちゃんに褒めてもらったから…!」
霞んだままの視界。
助けてくれた彼女が
どんな表情かなんて見えもしないのに。
目の前の彼女が…何処か寂しさを讃えた目で
優しく微笑んだ気がした。
「そう…ヒバネ、ミサキ。
緋翅 水冴綺っていうのね。
とても…とてもステキな名前…」
途端、溢れる涙。
ついさっきまで底なしの暗闇にいた恐怖感に。
圧倒的な絶望からこうして生還できた安堵感に。
こんなにもアタシの心の真ん中にある
カナちゃんを忘れかけた自責感に。
そして、珠木可奈子を再び思い出せた多幸感に。
誰かも解らない彼女の胸を借りて、
どうしようもなく泣きじゃくっている。
「ええ、いいの。いくら泣いたって。
流した涙は決して弱さなんかじゃないんだから。」
彼女は、アタシの震える背中を、
子どもをあやすような優しさでさする。
2人を包む温かな安息。
しかし、廃棄区画をつつむ状況は
緋翅水冴綺のとめどない感傷を
いつまでも待ってはくれなかった。
背後から平穏を遮る爆発音。
その余りの規模に取り戻しかけた聴覚に
耳をつんざく甲高い反響が響き渡る。
「…っう!」
「そう…意地でも彼女は
始まった歩みを許せないというのね…」
目の前の彼女が立ち上がる。
「無理なお願いを聞いてちょうだい。
刻一刻と周囲の環境が悪化してる。
今すぐここを立ち去らないと。」
私の肩をつかって。とアタシの上半身を
支える彼女。
「ねぇ、まって…!
あなたの、あなたの名前をまだ聞いてない…!」
「……私のことなら、通りすがりでいいわ。
この程度の人助けで偉ぶって名乗るような名前、
持ち合わせていないんだもの。」
笑いながら答える彼女。
ちがう…そんなの間違ってる…!
この世に、この世界に…
はぐらかしていい名前なんて、
一つもありはしない…!
でも、ソレが言えない。
ただ立ち上がるという動作だけで
疲れ切った緋翅水冴綺の体力は
意識を失いかけるほど消耗してしまった。
「…ひとつだけ。
これから出来るだけ急いで、それでいて焦らずに
まだ影響の薄い空き地を後にするけれど。
…今から貴方が目にするものすべては、
現実とはどこまでも関係のないうわごとよ。
大丈夫、なんならあんなもの見なくていい。
100mポッチの辛抱なんだから
少しの間、我慢していてね。」
そうして、通りすがりの彼女にもたれかかりながら
狭い通路を抜けて。
彼女の目の前に飛び込んできたのは、
筆舌に尽くしがたいほどの、
阿鼻叫喚の灼熱が猛威を振るう地獄そのものだった。
…おかしい。
廃棄区画、確かにここは廃棄区画だ。
弛む事なき完璧な循環社会であるメトロフォリア。
たった一つ。
人類に残された最後のユートピアの存続を第一に
ORTICAはその威光が隅々を照らすモラルではなく
擬似永久機関の成就と引き換えに
生活圏と隔てられたイリーガルを許容した。
事実、ここではORTICAの審判が甘く、
あの手この手で迷い出てくる一般住民を
食い物にする体制が組み上がっている。
だが…これはあまりにも…
とどまることを知らない業火に撒かれた火の玉が
雑音を上げて暴れて回る。
あ…れは、あれ…は…
「考えなくていい。今はここを出るだけ。」
…それは、出来ない…
何より、目を背けたとして。
どうせ、耳を塞いだとして。
その鮮烈な光を放つ熱量が、
苦悶の抵抗で、苦痛の絶叫で。
爛れを通り越して炭化したその容姿で。
その炎球の核が自我を持つ人間であることを
訴えかけてくるのだ。
…訳が…わからない…
この世に生を受けた人間が。
その生涯を悪虐の限りに費やしたとしても。
これ程までに残酷な報いを受ける道理が
私には、見つからない…
たまらず、唯一の頼りである彼女に目をやる。
毅然と前を向き続ける彼女の顔も
たちまち白くなって、びっしょりと汗が浮かんでいた。
歩く、歩く、歩く。
残された少女2人は凄惨な光景を遠ざける。
疲れ切った足取りに今にも飛びそうな意識。
ただし、この状況に比べれば不幸中の幸いだった。
霞んだ視覚は精神を破壊する視界にモザイクを、
耳鳴りの止まない聴覚は、煉獄を歌う叫びを
フィルタリングする。
歩く、歩く、歩く。
「その調子よ…あと半分もない…」
ビルは窓から火焔を吹き、
耐えかねたようにヒトガタがこぼれ落ちる。
びちゃり、びちゃり。
足元で崩れる肉。
血は流れない。
液体は蒸発しており、加熱変性して白濁した
内容物が音をたてているのだ。
まいにちのつみかさねでめらめらもえる。
ぼうぼう、ぼうぼうおどってまわる。
わらってる。わらってる
ひのようせいがぱちぱちはねる。
きっとかみさまがおこったんだろうな。
まなこにはいるきらびやかなねつ。
かれらのいのちをもやしてまたたく。
朦朧した思考で巡る現実逃避。
そのとき、ふと泳いだ視線の先。
一際強く燃え盛る箇所が目に入った。
あれは…なに…?
壁やコンクリートに大きな亀裂がある。
その狭間、大八地獄を煮詰めた宿業の釜を
傾けたかのように、とめどなく溢れ出す業火。
否、ビルの壁や舗装道路から
あんな火焔が漏れ出るはずもない。
空間そのものが…ひび割れている…?
…a…rrru…
その先、炎の向こうに、ナニカが…見エ…
「水冴綺ッ!」
パンっ
両頬を平手打ち。
アタシ…なにを覗こうと…
そのままアタシの目を見つめる彼女。
「いい?貴方は緋翅水冴綺。
居住区のまっとうな女子高生の1人!
第一、カナちゃんっていう親友がいるんでしょう!
貴方その子に消えない傷をつけるつもりなの?!」
「…っ!」
そうだ。
アタシは彼女を手放した。
でも、その別れは決して無意味なものじゃなくて
確かに譲れないものがあったからだ。
彼女はアタシをもう二度と許してはくれない。
でもだからこそ、目覚めの悪い遺恨なんて
作りたくはない。
カナちゃんが許してくれなくても、
アタシは彼女との思い出を胸に前に進んでいける…!
「こんな地獄で
死んでなんて…やらない…!」
虚だった瞳に強く揺るがぬ決意が宿る。
「本当にありがとう、通りすがりのあなた。
アタシ、どう感謝したらいいかーー」
その瞬間だった。
彼岸と現世を隔てる黒煙。
生還まで後一歩といったところ。
ビルに立て付けられていた
巨大なキャバレーの看板が猛火を讃えながら
緋翅水冴綺の…頭上に…
「…っ!危ないっ!」
身体が飛び退く。
咄嗟の機転に緋翅水冴綺は無傷で助かった。
…そんなことより、彼女は?
「ねぇ、あなたは無事なのっ?返事をして!」
少し時間を置いて一声。
「…なんとかね。」
「待ってて!今そっちにーー」
回り道を探そうとする緋翅水冴綺。
それを、
「来ちゃ駄目ッ!」
通りすがりを名乗る彼女は制止した。
そんな…ここまで来て…やっと、ーー
「いいの。どうせソッチにはいけないし。
それに私、まだやらなきゃいけないことがあるから。」
断行した無鉄砲。
得体の知れない大災害。
心身共に弱ってしまっていたアタシを
ここまで助けてくれた。
お礼なんてまだしていないし、
名前だってロクに聞けていない。
なにか。
なにか。
彼女に。
言わなければ
ならない
コトが。
「…ごめんなさいっ…ごめんなさい…」
再び涙で前が見えなくなる。
口を突いてでたのは、謝罪だった。
「アタシ…あなたを…知っていたのね?」
「……!」
思えば、簡単なことだ。
ただの通りすがりがこんな阿鼻叫喚を讃えた
煉獄のなかを助けに来てくれるはずがない。
であれば、彼女の表情に今も印象がないのは
アタシの視界が霞んでいたからではなくて…!
「アタシ…どうしても…
あなたを思い出すことが出来ない…!」
届かない。
この感覚を私は知っていた。
なのに…
なのにアタシは…
また大切な繋がりを取り零そうとしている…!
「ふぅ、安心した。」
「えっ…?」
「貴方を此処で見つけた時は驚いちゃったんだ。
すっかりクールな雰囲気をまとってて、
あの頃の彼女はもう居ないんだって悟った。」
彼女は私の知らないアタシとの出会いを語る。
答えられない。
もし彼女との付き合いが、
親友と呼べるものだったとしたら。
その過去を共有したものとして
返すべき記憶を一切浮かべることができない。
「でも、違ったんだ。
貴方はちっとも変わってない。
情緒が豊かで万華鏡のように美しい世界を
私たちに見せてくれた女の子そのままなんだ。」
「そんな…アタシは、そんな人間じゃない…!
行かないで!アタシまだあなたに何も返せていない!」
全身で放つすがるような叫び。
そこに、
「オイ、何やってんだミサキチャン!」
コートを羽織った青年、村岡辰二が駆けつけた。
「おいおい、何処の暴動だ?こりゃあ…」
「っ!ねぇ!お願い!あの煙の向こうに
女の子がいるの!助けるのを手伝って!」
目の前の男に縋り付く。
「煙?女の子ぉ?確かに火の手は上がっちゃいるが
女の子なんて何処にも…」
腫れ上がった右手で探偵の胸を叩く。
トン…
トン…
トン…
あまりにか細い仕草だが
これが今の彼女に出来る最大限の訴えだった。
こうしている間にも火は大通りを辿って
2人の方へその手を伸ばしている。
周囲を見渡し考えを巡らせる村岡。
………
……
…
「すまん。許せ。」
緋翅水冴綺を担ぎ上げる。
男は衰弱しきった彼女を
第一に優先する決断を下したのだ。
「うん、それでいい。
貴方には言い尽くせないほど多くのものを貰った。
この奇跡の出会いは、私が貴方に対する
恩返しにつかうためのものなんだもの。」
「行かないでぇぇええ!!!」
力一杯煌々と燃え盛る繁華街に手を伸ばす。
待って。
待って。
消えそうになっていたアタシのココロ。
それを、ひとりポッチで掬い上げて。
今にも倒れそうな不安定な足取りを、
か細い腕を引っ張って導いてくれた。
そんな、そん、なあなた、の献身を、
アタシ、思い出せ、ーー ない、ーーなん、ーー
おちる、おちる。
とばりがおちる。
とおりすがりのかのじょと
ちっぽけなままのアタシをへだてて。
まって。
アタシ、かならず、あなたの、こと、を、ーー
緋翅水冴綺の視界は、そこで暗転した。
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土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
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プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
夜空に瞬く星に向かって
松由 実行
SF
地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。
船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」
従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・
第一章 危険に見合った報酬
第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight
第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley)
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん
第六章 泥沼のプリンセス
※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
地球連邦軍様、異世界へようこそ
ライラック豪砲
SF
巨大な一つの大陸の他は陸地の存在しない世界。
その大陸を統べるルーリアト帝国の第三皇女グーシュ。
21世紀初頭にトラックに轢かれ、気が付いたら22世紀でサイボーグになっていた元サラリーマンの一木弘和。
地球連邦軍異世界派遣軍のルーリアト帝国への来訪により出会った二人が、この世界に大きな変革を引き起こす!
SF×ファンタジーの壮大な物語、開幕。
第一章
グーシュは十八歳の帝国第三皇女。
好奇心旺盛で民や兵にも気さくに接するため、民衆からは慕われているが主流派からは疎まれていた。
グーシュはある日、国境に来た存在しない筈の大陸外の使節団への大使に立候補する。
主流派に睨まれかねない危険な行為だが、未知への探求心に胸踊らせるグーシュはお付きの騎士ミルシャと共に使節団が滞在するルニ子爵領へと赴く。
しかしその道中で、思わぬ事態が起こる。
第二章
西暦2165年。
21世紀初頭から交通事故で昏睡していた一木弘和はサイボーグとして蘇生。
体の代金を払うため地球連邦軍異世界派遣軍に入り、アンドロイド兵士達の指揮官として働いていた。
そして新しく配属された第049艦隊の一員として、一木はグーシュの暮らす惑星ワーヒドに赴く。
しかし美少女型アンドロイドの参謀や部下に振り回され、上官のサーレハ大将は何やら企んでいる様子。
一般人の一木は必死に奮闘するが……。
第三章~
そして、両者の交流が始まる……。
小説家になろうで連載中の作品の微修正版になります。
最新話が見たい方は、小説家になろうで先行して公開しておりますので、そちらをご覧ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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