8 / 19
chrysalis
7章
しおりを挟む
ばたり。
自室のドアを閉める。
この時間はやはり母は帰ってきていない。
橙色の外の灯りに照らされた、私の故郷。
今ある安息に沈み込むように、ベットに倒れ込んだ。
全身に纏わりつく微睡みの中。
落ちていく今日の触感を両の指で捉え直すように
村岡の話を思い出す。ーーー
「先ずこの事件に於いて、特異な点が幾つかある。
1つはその法則。標的が18才の少女だってのは当然知ってるよな。」
ああ、やはり其処は真実なのか。
愉快犯としか思えないその絶対的ルール。
保安機構を嘲笑うかのような犯行に
ネットニュースでは、「1000年越しの
切り裂きジャック」、「エイティーン」などと
低俗なラベリングがされている。
「まあこれはさしたる問題じゃない。
むしろ犯行に一定の信条があるってんなら
居住区で暮らす市民にも対策がとれるからな。」
ヌルい。と何処か冷めた声色でエンタメを否定した。
「本題はこれからだ。
2つ目にその人数。1ヶ月に8人?だっけか。」
先人たちが編みあげた構想計画。
構造的基盤と大量生産を担うメガロプレピスリザ。
私たち専ら一般市民の住むパロメノスクロモス。
貴族階級の栄華を放つフィリオアガピス。
都市を絶対たらしめる管理層
フィラスタリシスジェネシス。
上下軸4層の超大規模な鋼鉄の地盤で
隔てられた階級と整理された区画管理による
都市構造、人類のスペックを著しく進歩させた
ORTICAで編み上げられた人類の最後のユートピア。
これこそがメトロフォリア、その全容である。
異分子、異端思想のテロリズムの過去はあるが
そんなものはメトロフォリア1000年の歴史の
中でも数えるほどだ。
殺人、暴行、窃盗も例に漏れない。
何せその検挙率は100%。
ORTICAのトラッキングで計画は未然に
防がれ、実行に移せど、生命活動の停止すら
位置情報、視覚情報ともに
監視システムに共有される。
生産活動の副産物として
許容されている廃棄区画はまだしも
メトロフォリアにおいて安全が約束されている以上、
その事実は絶対の不変神話なのだ。
「だが、実情は異なる。8人じゃない。8人以上だ。
…信じられないことだがな、なんとかその失踪を
ORTICAに証明できたのが8人なんだ。
その被害者家族は自分の娘の存在すら
ルーティンの違和感としてしか
把握できないんだよ。」
つまりこういうことか。
ベッドから起床してリビングに向かい、夫や子供と
いつも通りささやかな挨拶をかわす。
しかし、いつもより少ないソレに感づくこと
すら出来ないまま、積み重ねてきた「生活」が
早朝のニュースや通勤、通学の移動時間に
埋もれていってしまうとーー
……だからそれはやはりおかしい。
その事件が暴行や殺人などではなくて。
足跡やその被害規模まで計れない失踪など。
「おかしいってぇのも正しいな。
物事には事実を主観なしで受けいけるべきケースと
その発生から道筋を突き詰めて道理を見極めるべき
ケースが存在する。」
今回はその両者だ。と何処までもフェアな
冷淡さで村岡は語った。
「俺たちが拠り所にしていた日常から拘泥るんなら
有り得ないことが起きてるって危機感。
現状を査閲るなら、
エラーを吐いてるっつー異常性。
どっちも今の居住区において必要な「真実」だ。
当事者の1人としての感性も、
客観的な事実のみを鑑みる評価もな。」
村岡の語る所感は非の打ち用のない聰明な意見だ。
私はそれを一度、右の手の平でもって静止する。
…でも、聞きたいことはそんな事じゃなくて。
尚のこと容認できない蟠り。
胸の内に巣食うソレをそのまま
無機質な論壇に吐露した。
「それは、そうでしょうけどっ…!
その、気づけないの?そんなの?」
今思えばアレはきっと苛立ちだった。
だって、一生のうちに紡いできた
ワタシだったのかもしれないダレカの人脈、経歴
といった足跡の一切が消失しているのだ。
それも周囲の人間がその欠損を認識できない。
…激しい嫌悪感。表情筋が歪むのがわかる。
ゼッタイに。ゼッタイに受け入れられない。
仮に消えてしまったのが私だったのなら
不幸なことだが「起きてしまった事故」であり
1人の生涯の終わりとして、いわゆる「輪廻」
の様な循環の因果の一端として帰化できるだろう。
誰よりも私の身を案じてくれる
彼女を思い出す。
でももしも…
消えてしまったのが私ではなく
彼女だったとして…
「アタシ」は絶対にその繋がりを
「無かった」ことになどできない…!
「ふぅむ…そうか。こんなとき、
…ミサキチャンは誰かの為に怒れるんだな。」
そんな、あのとき自分でも説明できなかった心境を
見透かしたように。
アイツは瞼を閉じたまま
どこか皮肉げに苦笑しながら呟いた。
自室のドアを閉める。
この時間はやはり母は帰ってきていない。
橙色の外の灯りに照らされた、私の故郷。
今ある安息に沈み込むように、ベットに倒れ込んだ。
全身に纏わりつく微睡みの中。
落ちていく今日の触感を両の指で捉え直すように
村岡の話を思い出す。ーーー
「先ずこの事件に於いて、特異な点が幾つかある。
1つはその法則。標的が18才の少女だってのは当然知ってるよな。」
ああ、やはり其処は真実なのか。
愉快犯としか思えないその絶対的ルール。
保安機構を嘲笑うかのような犯行に
ネットニュースでは、「1000年越しの
切り裂きジャック」、「エイティーン」などと
低俗なラベリングがされている。
「まあこれはさしたる問題じゃない。
むしろ犯行に一定の信条があるってんなら
居住区で暮らす市民にも対策がとれるからな。」
ヌルい。と何処か冷めた声色でエンタメを否定した。
「本題はこれからだ。
2つ目にその人数。1ヶ月に8人?だっけか。」
先人たちが編みあげた構想計画。
構造的基盤と大量生産を担うメガロプレピスリザ。
私たち専ら一般市民の住むパロメノスクロモス。
貴族階級の栄華を放つフィリオアガピス。
都市を絶対たらしめる管理層
フィラスタリシスジェネシス。
上下軸4層の超大規模な鋼鉄の地盤で
隔てられた階級と整理された区画管理による
都市構造、人類のスペックを著しく進歩させた
ORTICAで編み上げられた人類の最後のユートピア。
これこそがメトロフォリア、その全容である。
異分子、異端思想のテロリズムの過去はあるが
そんなものはメトロフォリア1000年の歴史の
中でも数えるほどだ。
殺人、暴行、窃盗も例に漏れない。
何せその検挙率は100%。
ORTICAのトラッキングで計画は未然に
防がれ、実行に移せど、生命活動の停止すら
位置情報、視覚情報ともに
監視システムに共有される。
生産活動の副産物として
許容されている廃棄区画はまだしも
メトロフォリアにおいて安全が約束されている以上、
その事実は絶対の不変神話なのだ。
「だが、実情は異なる。8人じゃない。8人以上だ。
…信じられないことだがな、なんとかその失踪を
ORTICAに証明できたのが8人なんだ。
その被害者家族は自分の娘の存在すら
ルーティンの違和感としてしか
把握できないんだよ。」
つまりこういうことか。
ベッドから起床してリビングに向かい、夫や子供と
いつも通りささやかな挨拶をかわす。
しかし、いつもより少ないソレに感づくこと
すら出来ないまま、積み重ねてきた「生活」が
早朝のニュースや通勤、通学の移動時間に
埋もれていってしまうとーー
……だからそれはやはりおかしい。
その事件が暴行や殺人などではなくて。
足跡やその被害規模まで計れない失踪など。
「おかしいってぇのも正しいな。
物事には事実を主観なしで受けいけるべきケースと
その発生から道筋を突き詰めて道理を見極めるべき
ケースが存在する。」
今回はその両者だ。と何処までもフェアな
冷淡さで村岡は語った。
「俺たちが拠り所にしていた日常から拘泥るんなら
有り得ないことが起きてるって危機感。
現状を査閲るなら、
エラーを吐いてるっつー異常性。
どっちも今の居住区において必要な「真実」だ。
当事者の1人としての感性も、
客観的な事実のみを鑑みる評価もな。」
村岡の語る所感は非の打ち用のない聰明な意見だ。
私はそれを一度、右の手の平でもって静止する。
…でも、聞きたいことはそんな事じゃなくて。
尚のこと容認できない蟠り。
胸の内に巣食うソレをそのまま
無機質な論壇に吐露した。
「それは、そうでしょうけどっ…!
その、気づけないの?そんなの?」
今思えばアレはきっと苛立ちだった。
だって、一生のうちに紡いできた
ワタシだったのかもしれないダレカの人脈、経歴
といった足跡の一切が消失しているのだ。
それも周囲の人間がその欠損を認識できない。
…激しい嫌悪感。表情筋が歪むのがわかる。
ゼッタイに。ゼッタイに受け入れられない。
仮に消えてしまったのが私だったのなら
不幸なことだが「起きてしまった事故」であり
1人の生涯の終わりとして、いわゆる「輪廻」
の様な循環の因果の一端として帰化できるだろう。
誰よりも私の身を案じてくれる
彼女を思い出す。
でももしも…
消えてしまったのが私ではなく
彼女だったとして…
「アタシ」は絶対にその繋がりを
「無かった」ことになどできない…!
「ふぅむ…そうか。こんなとき、
…ミサキチャンは誰かの為に怒れるんだな。」
そんな、あのとき自分でも説明できなかった心境を
見透かしたように。
アイツは瞼を閉じたまま
どこか皮肉げに苦笑しながら呟いた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
思想で溢れたメモリー
やみくも
ファンタジー
幼少期に親が亡くなり、とある組織に拾われ未成年時代を過ごした「威風曖人亅
約5000年前に起きた世界史に残る大きな出来事の真相を探る組織のトップの依頼を受け、時空の歪みを調査中に曖人は見知らぬ土地へと飛ばされてしまった。
???「望む世界が違うから、争いは絶えないんだよ…。」
思想に正解なんて無い。
その想いは、個人の価値観なのだから…
思想=強さの譲れない正義のぶつかり合いが今、開戦する。
補足:設定がややこしくなるので年代は明かしませんが、遠い未来の話が舞台という事を頭の片隅に置いておいて下さい。
21世紀では無いです。
※ダラダラやっていますが、進める意志はあります。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】
一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。
しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。
ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。
以前投稿した短編
【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて
の連載版です。
連載するにあたり、短編は削除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる