六畳半のフランケン

乙太郎

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それでもいつまでも

アパート昼帰り

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「だーかーらっ!」

だんだんだん!

「とっとと答えろってぇの!」
「…言えません」

机に手をついて片手で額をおおい
目を閉じて顔をしかめる刑事。

「かぁっ~!しゃらくせぇ~!」
「助けてもらったことは感謝してます。
でも、それとこれは話が別です。」
「ボケがっ!何気取ってやがる!
若い男女が?夜に公園で?
全身打撲で、挙句雷に撃たれて?
だぁ?
ワケねえだろう!それじゃあ通らねえんだよ!」

脇で調書をとる警官も不服そうに此方を見ている。
上方の小窓から顔を照らす日射光。
眩しさに顔を覆いつつも、
指の間から僅かにシルエットの浮かぶ太陽を
網膜に焼き付ける。

尾箕野おみのさぁん…
そんなに語気強めちゃあ
出てくるもんも出て来やしませんよ。」
「だぁ~コッチは急用があんだ!
ユキちゃんの娘さんがソワソワしてっから
善意で追っかけたらコレだよ…
かれこれ1時間だぞ、オメェへんに渋るんじゃねえ!」
「ないものは、ないです。」
「あなたも…はぁ尾箕野さん、
ちょっと一服してきたらどうです?」

っ…あぁ!苛立ちを隠そうともせず
50過ぎと見てとれる男は荒々しく取り調べ室を後にした。

「ちょっと蒼ヶ峰さん…困りますよ…」

音を立てて閉まるドアから振り返り
此方を見やる若い警官。

「あの日、当人たちはよくっても
あなたがたの為に多くの人間が動いたんですからね」


百合音が呼びかけに答えたあの晩。
そのちょっと前、アパートを飛び出した直後。
202号室の安祢田遊姫の愛娘、優華ちゃんは
その一つ隣の203号室、尾箕野おみの健助けんすけの元を訪ねた。
結果的に警察沙汰は免れなかったわけで。
モノの見事に路駐の違反切符が愛車の軽に切られていた。
その後、やたら不安がっていた少女のこともあり
森の中に立ち入っていく青年を不審がって応援要請。
検挙数稼ぎに追い込みをかける警官が
わらわら集まって結果的に二人は
無事に発見、病院に救急搬送されたわけだ。


「本当はここまで追求しなくたっていいんですが
今回だけは曖昧にも出来ないんですよ」
「…どうして?」
「どうしても何も、あなたがたワケアリじゃあないですか」

何度目かの視線。
外来。まるで見せ物小屋の南蛮土産。
ひしひしと思い知らされる。
立ち位置の違い、自らの異端性を。

「そりゃあ、要因だってワれてますし?
はたから見たって事故でしかないですけど。
住民届けが出てるとはいえ、ねぇ?」

失踪届けが出ていないだけの中卒男性。
深夜森林公園で女性を連れた状態で発見される。
…どう足掻いてもまっくろである。

「き、気を悪くしないでください。
書類作成に必要な手順なんですって。
そうだ、お二人共通の趣味なんてあります?」
「シュミ、趣味ですか…ハイキングとか?」
「いいじゃないですか、ハイキング!
うーん、時間帯としては…
天体観測ってことで誤魔化しましょう!」

へ…誤魔化す?

「いいんですか…その、そんなんで?」
「ソンナのもナニも、なんでしょう?」

口裏合わせ…?いや…

「ーーー、ええ、そうです。」
「ですよね?じゃあ聴取は終わりです。
ありがとうございました。」

席を立ち、前方に出した手で出口で案内される。

「あ、あのすみません。」
「…?まだ何か?」

深くお辞儀。

「あんな態度とってすみません。
尾箕野さんとみなさんがいなかったらどうなっていたか…
尾箕野さんにも伝えておいてください!」

軽く苦笑いして警官が一言。

「あの人はいいんですよ。
妙に苛立ってたの、行きつけのパチ屋に
ライターが来るからだそうですから。」


警察署を出て最寄りのバス停。
田舎の運行ダイヤは30分間隔。
あとだいたい20分で次発が来る。

「ふう…」

宙羽ヶ丘頂上。
ライトが幾つか集まってきて…
それからはあまり鮮明に思い出せない。
話によるとそのまま救急隊員に引き継がれ
ストレッチャーで救急車に担ぎ込まれたらしい。
身体は全身打撲で全治3週間。
百合音の方は命を左右する大事故。
ーーー、のはずだったのだか。

「なんでキミたち、ピンピンしてるの…?」

蒼ヶ峰聡はみるみるうちに回復して3日で退院。
百合音はというと…
終始意識があったらしく現場の人間は困惑。
点滴による全身の補液。
心電図による24時間の経過観察。
一切の容態変化なし。
血管損傷による遅発性の出血もなし。
火傷もおおよそ2日で完治。
前例として7日後平然と退院した被害者も
いるようだが2日というのは異例の事態だそう。

「これじゃあ退院ですね。」

妙な言い回しだが。
主治医は全身を調べ上げたのちに渋々退院を許した。

プシュー
空気圧の解放とともに昇降口が折り畳まれる。
乗り込んでがらんとした車内のソファに着席。
間も無くして鉄製のボックスが走り出す。
あまり舗装されていないコンクリート。
申し訳程度のクッション性能ではしかたない。
座席の生地から漂う独特の黒カビの香り。
左右の揺れに身を任せながら空っぽの頭を
再び途絶えてしまった日常生活の杞憂で
少しづつ補完していく。

ハタさんにはどう説明しよう。
ヤツらにこってり絞られることは免れないだろう。
百合音を家に送ってくれた安祢田さんには?
なにより…

記憶の戻らない百合音に対しては?

「…そうとは限らないじゃんか」

いいや。
そんなものは現実逃避の楽観主義だ。
なんとなく、なんとなく実感としてある。
百合音は、百合音は。
もう恐らく…

「なにを…百合音は。現にそこにいるじゃないか。」

スマホを取り出そうとする。
何故?何故?何故?
野暮ったい真似。惰性にすぎない。
メールボックスに新着なんてありゃしないけど
分単位で流れていくゴシップニュースに
目を通すぐらいには使っているボク。
現代人は手のひらに収まる情報媒体を手に入れて
「スキマ時間」なんてものを
忙しなく有意義に消費しようしがちだ。
免罪符なんだ、ようは。
向き合わなきゃいけない問題を後回しにするための。
見ればポケットで思うように動かない右手は
要領を得ずに細かく震えている。
ため息をついて持て余した左手と組み合わせた。

ふと視線を電光掲示板に向ける。

「あっ…」

最寄りを2駅は過ぎているじゃないか。

「まぁ、ちょうどいいや」

光ることのなかった降車ボタンを押し込んだ。
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