六畳半のフランケン

乙太郎

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それでもいつまでも

先輩、お話聞かせてください。

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「やぁ。君が蒼ヶ峰さんかい?」

ウェイターに案内されたテーブルについている
整ったベリーショートで髪型のキマった
ビジネススーツの男性。

「久しぶりですよ。直接記事の話聞きたいっていう方は。」

真っ直ぐコチラに視線を送って
社交的な挨拶じみた微笑み。
歳は二十代後半といったところ。
細かな所作に垣間見える作法が、
足元の不安定な若造との格の違いを思わせる。

「さぁどうぞ、座って。
あなたの指名した店じゃあないですか。」
「あ、あぁ…その、今日はお会いする機会を
頂きありがとうございます。」

辿々しく一礼して椅子を引き、席に着く。
思いがけず出した木製の引きずる雑音に
ついやってしまったと苦い顔をする。

「すみません、その…こういった店は
余り慣れていないもので…」

ハハハ…と申し訳なさそうに、ボクは頭を掻いた。
その様子を彼、伊柳隆は
表情を変えず真っ直ぐな目で見つめる。

「それにしても、待ち合わせの15分前に
いらっしゃるなんて。もっと遅くにでも…」

ぺた…ぺたぺた…

「……は?」

不意の出来事。
ソレまで品行方正の権化だった紳士が
何を思ったか突然テーブルに身を乗り出して
ボクの顔を手のひらで触り始めたのだ。

「なっ!ちょ、ちょっと!」

たまらず払い除ける。

「あぁ、英国式のほうが良かったですか?」
「そんな話をしてるんじゃ、ーーー」

変わらずの落ち着いた姿勢。
落ち着いた目線をこちらに注ぐ伊柳さん。
第一印象は真っ当な社会人。
イメージが崩れるのはほんの数手(直喩)。
このヒト、どっかネジ外れてるんじゃなかろうか?

「ハハハ…いい表現ですね。」
「ヤッベ…漏れてました?」
「いえいえ、こちらこそ。
つい気になったものですから。」

注文、とりましょうか?と謎に機転を効かせられ
場の雰囲気を切り替えて本題に入った。


「それで、折り入って伊柳さんに
聞きたいことがあるんです。」
「えぇ。ペペロンチーノの乳化のコツですか?
それとも家庭で簡単にローストビーフを作る方法?」

………
流れる静寂。
いかん、このヒトのペースに惑わされてちゃあ
いつまでも話が進まない。

「違います…!宙羽ヶ丘のUFOの話です!」

刹那。
射すくめられる。
真っ直ぐな視線。
観察でも伝達でもない。
あからさまな牽制の色。

しかしソレは掴みどころもなく霧散した。

「あぁ。そっちですか。いいですよ?
当然伊柳隆の知る範疇で、ですが。」
「へ?」
「何度もすみませんね。私今
料理記事をメインで書いてるんですよ。」
「そ、そうなんですか…すみません無茶言っちゃって。」

二つ並んで居心地悪そうなコーヒーを一口。
つられて伊柳さんも。

「幸い私、一般的に好まれる顔つきだったようで。」

ジブンで言うことか?それ。

「インターネットに転がってるような
人気のあるサンプルを参考に、
料理してる風景も一緒に掲載したら
なんとか食べていけそうなぐらいには
人気が出てきたんです。
ですがダメですね。あの頃の私は。
「宙羽ヶ丘に漂う閃光」…
単話ならまだしも10ページほど脚色で傘増しして。
ソレを些細なネタで作るから6パート。
他の記事も読んでしまいましたか?
社会悪を裁くライターだなんて騙って
根拠のない陰謀論ばかりで、ーーー」

………

「どうしましたか?」
「いやその、ーーー 意外、だなって。」

こんな偏った記者はさぞかし変人だろうなって。
そこはそりゃあ、予想通りだったけども。

鼻で笑ってしまうような論理の飛躍。
常識からカッ飛んだトンデモ見出し。
脚色…と言ってしまえばそうだけど
そこには確かに一本自我の通った
熱意のある文章があった。

やはり生活のため…だろうか。
今なら痛いほど分かる。
クルマは好きだ。
洗練されたフォルムとメカニズム。
駆動することのみを求められた
美しいまでの単純な概念。
計らずも好みに関連づいた職業に
就けたことに後悔はない。
しかしながら、日々を周していく意義と
周り続ける生活は別物である。

やってくる明日の為に
今日の理想や感傷を犠牲にするのは
社会を生きる一般市民の基本原則なのだ。

「私としたことが…少し喋りすぎてしまったようですね。
目的を済ませましょうか。メモの準備を。」
「は、はい。」

そこからはあっという間だった。
宙羽ヶ丘に現れるUFO。
その光や軌道はどの証言も異なった様を示していること。
UFOは丘陵部でしか観測出来ず、
なぜか同時刻にビル屋上の別視点では観測されないこと。
現在確認出来ている宙羽ヶ丘の言い伝えにより
その目撃情報は室町時代から存在していること。
そして、バブル初期あたりに発足した
UMA町おこしは頓挫したこと。

「まぁ代々この程度です。
いろいろ書いていたようですが、
核になる状況証拠はコレしかないんですよ。」
「あの、その!実害とかはあったんでしょうか?
例えば、その、ーーー」
「キャトルシュミレーション、とか?」

まるで待っていたかのように。
核心を突く質問の言葉尻を、抑えられた。

「…あったん、です、か?」

前のめりで口に溜まった唾液を飲み込む。
見つめ合う、二人。
表情は、変わらない。
伊柳さんが一呼吸置いたその時。

「お、お冷やで~す。」

ウェイターが割って入った。
お辞儀してまた見つめ直す。

が。

「あの…まだなにか?」
「いえいえ、どうぞ?続けて下さい?」

なんか、堂々とお盆抱えて居座っている。
ふと、見渡してみると。
店内全体がソワソワした雰囲気。
チラチラとこちらを振り返っている客まで。

「なかったんですよねぇ。これが」

ふぅと店内中の空気が抜ける。
止まっていた時間が動き出し
カップと皿の当たる音と話し声。

「なかなか不可思議なものですね。」
「SFもまだまだ現役みたいですよ?」

秘伝のレシピについて軽く話し合って礼を述べる。

「重ねて今日はありがとうございました。」

立ち去ろうとしたその時
気になることを一言。

「興味を持つのは自由ですが
夫婦の行楽におすすめはしません。
あそこ、なんでも開拓されるまでは
誰もが知る禁足地だったみたいですから。」

 
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