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第一章 若き虎
第十話 最強の器
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輝虎に届いた兼続からの書簡の中身とは、一体なんなのか。時間は2日前に遡る。
1日目を賀岳城周辺の地形把握に費やした兼続たちは、2日目の朝には城一帯の簡単な地形図を完成させるに至った。
そこから、兼続が作戦を練るのにさらに数時間。
そしてついに、賀岳城攻城戦のための作戦が決定する。
そう、決まったものの…その内容を伝えられた兵たちは、ただただ混乱するばかりだった。
その内容とは、「次に出てきた哨戒部隊を奇襲して生け捕りにしろ」。
たったそれだけだ。
さすがにこれには納得がいかない将校たちが兼続に詰め寄るも、彼から返ってくるのは、
「この先は向こうに任せる」
の一言のみ。
特に元白虎隊の面々は大いにこれを怪しんだものの、作戦を遂行させる権限を持っているのは兼続だ。
予定通りに事は進み、生け捕りにした5人の兵に何やら囁いた兼続は、すぐに彼らを解放した。
「……兼続、一体なんだったんだ?あいつらを捕らえた意味ってのは。見たとこ拷問した訳でもなさそうじゃねえか」
その場にいた将校たちが言いたくても言えなかったことを、副長の橋本雄一郎が尋ねる。
その問いに少し考える素振りを見せ、あっけらかんとした様子で兼続は答えた。
「撒き餌だよ」
その言葉を聞いた全員の頭の上にハテナが浮かぶ。
兼続はそれ以上作戦の意味について何か言う事なく、また手元の地図に向き合って言う。
「……さあ時景、知略勝負と行こうぜ」
その表情は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いていた。
本陣からの帰り道、依然として納得のいかない顔つきの元白虎隊将校たちは、雄一郎に声を掛けた。
「なあ副長、あのガキほんとに大丈夫なのか?」
「そうそう。輝虎様のもとにいた時は、もっと具体的に作戦を共有してくれたぞ」
彼らの疑問も当然のものだ。正直今日のような兼続の態度は、付き合いの長い雄一郎にも頭痛の種である。
しかしあの子供のような素顔こそ、兼続が兼続たる所以なのだ。
「今日のあいつの伝え方は、まあ悪いところはあったと思うぜ。…けどな、あいつの軍略は理屈じゃねえんだよ」
その言葉に、いっそう困惑の色を強くした将校たちは再び問う。
「理屈じゃ、ない…?ど、どういうことだ…」
「輝虎様が、あらゆる兵法書を網羅した上で、そこから独自の策を創り出す天才なら。兼続の策は何にも影響されていない。全て、あいつがその場の感覚で導き出したあいつだけのものなんだ」
信じられないその言葉に唖然としている彼らへ向けて、雄一郎はなおも口を開く。
「兼続の軍才は、輝虎様が認めていたものだ。お前らがあいつを信じられないなら……輝虎様が信じたあいつを、信じて戦えばいい」
その頃賀岳城では、先程兼続が解放した哨戒兵が時景直々の聴取を受けようとしていた。
なんでも、兼続から時景への伝言を受けたというのだ。
「……それで、直江兼続はなんと言っていた。そのまま伝えろ」
「ハッ……その、これからお伝えする言葉は本当に奴が言った言葉です。そこは、ご承知おきください…」
わざわざそんなことを言うとは、多少の罵詈雑言は覚悟せねばなるまい。そう思いつつ、時景は続きを促した。
脂汗を垂れ流しながら、哨戒兵は続ける。
「親愛なる朝倉時景殿。越前の知将と名高い貴殿は、大層お仲間と一緒に楽しむままごとがお強い様子だ。そこで一つ勝負をしよう。
明日の早朝、俺たちは貴公の城に攻め入る。自慢のままごと遊びで止めてみせろ。兼続より」
それを聞いていた時景の側近たちは、顔を真っ青にして固まってしまった。
無理もない。なぜならこの男は……
「この男の首を刎ねておけ。それと、我が兵たちに今すぐ守城戦の準備をさせろ」
「ひぃっ!?お、お許しください時景様!どうか、どうかご慈」
言い終わる前に、時景が自ら哨戒兵の首を刎ね飛ばした。
ゴトリと転がっていく恐怖で歪んだ生首に、その場の捕虜たちから悲鳴が上がる。
そうこの男、かなりの短気。
その反面実力がありすぎるが故に、孝景に煙たがられて、越前の要所であるこの山岳地帯の長に任ぜられたのだ。
だがその性格難があっても朝倉五将に数えられる彼は、やはり傑物と言えるだろう。
そんな時景の知略が。
兼続の前には、一才通用しなかった。
「第五隊敗走しました!続いて第六隊も壊滅!」
「第一隊と第三隊は全滅したとのことです!」
兼続の挑発を受け、ならば日が昇るよりも先にこちらから仕掛けようとした時景の判断は、普通なら間違っていないと言える。
だからこそ自分の策略が一切通用しないことが、時景は理解できなかった。
「何故だ……どうして私の策が通用しない!?何をしても読まれ、何もしなければ徹底的に叩かれる!…ふざけるな…!」
青筋を立てて怒り狂う時景だったが、内心ではかなり焦燥感に駆られていた。
これ以上兵を失えば、もはや城の守りを維持できない。しかし先ほどから、それを伝えに行かせた伝令が全て敵に捕まっている。
つまり、今現在この本営と前線は……敵によって完全に分断されてしまっているのだ。
それに気づいて、時景は血の気が引く思いだった。
そうか、奴は初めからこれが狙いだったのか。
だがもしそうだとするなら、兼続はあの伝言を哨戒兵に言わせたところからここまでの全てを予測し、それらがことごとく的中したということになる。
私が奴の不意を突こうと先に攻め込むことを読まれ、さらにその上、単純な軍略勝負でも私の手は完全に読み切られ、封殺された。
この、私が。
決して認めたくない。しかし、認めざるを得ない。兼続と自分の間に存在する、絶対的な才能の差。
呆然と立ち尽くすしかない時景。が、次の瞬間には再び驚愕することになる。
「時景様、いつの間にか敵が城内に侵入しています!今は衛兵が食い止めていますので、お早く脱出を!」
一人の兵士が、息も絶え絶えにそう伝えにきたのだ。これを聞いた臣下たちが異常を確認しに走るも、数分経とうと一向に誰も戻る気配がない。
「おいそこのお前、敵はどの程度侵入してきてのだ。……そもそも、本当に門は破られたのか?そのわりにはいやに静かだが…」
先程の兵士に話しかけるも、帰ってきたのはけたたましい笑い声だけ。
すると突然、男は朝倉軍の鎧をバッと脱ぎ捨てた。
その下に身に纏っていたのは、右腕に「愛」と彫られている年季の入った鎧。
その特徴的な鎧と、まだ子供のような容姿。
まさか、こいつは。
「直江兼続!」
机を蹴り倒しながら抜刀し、こちらに構え直す時景。
咄嗟の判断とらそこから斬りかかってくるところは流石だ、とのんびりと思考しながら。
兼続は愛刀に手をかける。
そして。
「月光」
次の瞬間には、刀ごと炸裂した月光によって時景の首が刎ね飛ばされた。
完全に不意を突かれた形の本陣強襲。まさに、兼続の完勝と言える結果であった。
首を持ち帰った兼続を待っていたのは、部下たちの称賛の声。特に、元白虎の隊員たちはこの結果に舌を巻いた。
「いや、輝虎様とは違った戦い方で見てて面白かったぜ。指示も的確だったしな」
「そうそう、訳わかんない指示に従って行ってみたら敵がいるってのは、少し輝虎様に似てたけどな」
その言葉に、兼続は少し複雑な気持ちになる。どちらかと言うと、兼続が参考としている軍略の組み立て方は……今は亡き影虎のほうなのだ。
「…まあ、やっぱ参考にしてる部分もあるからな。それと城のことだが、周囲に布陣して包囲。敵の伝令が出てきたら見逃してやれ。あと雄一郎、輝虎様に送る書簡を」
「ああ、もう用意できてるぜ。俺の部下に送らせる」
「よし。……もう疲れたし、少し休むからあとで起こしてくれ。明日からはぶっ続けで移動だからお前たちもよく休むようにな」
そう言って天幕へ入っていく兼続の背中に、元白虎隊の面々は彼の父兼豊の姿を重ね見た。
「実は、意外と凄い奴なのかもな」
「…ムカつくガキだけどな」
違いねえと沸く部下たちの声は当然兼続にも聞こえている。あいつらいつか泣かすと兼続は心に誓った。
ここまでが輝虎に届いた書簡の内容である。
そしてこれと全く同じ内容のものが、孝景のもとへも届いていた。
その夜、孝景本陣は賀岳城を目指して移動を開始した。
ここを取られれば、こちらの本拠地への一本道が繋がってしまう。ほとんどの精兵をこちらに連れてきた状態で、一条谷を戦場にさせたくはない。
しかし孝景はのちに。
この判断が全て、輝虎の掌の上だったことを知るハメになる。
最終日、決戦の5日目。
その始まりだった。
1日目を賀岳城周辺の地形把握に費やした兼続たちは、2日目の朝には城一帯の簡単な地形図を完成させるに至った。
そこから、兼続が作戦を練るのにさらに数時間。
そしてついに、賀岳城攻城戦のための作戦が決定する。
そう、決まったものの…その内容を伝えられた兵たちは、ただただ混乱するばかりだった。
その内容とは、「次に出てきた哨戒部隊を奇襲して生け捕りにしろ」。
たったそれだけだ。
さすがにこれには納得がいかない将校たちが兼続に詰め寄るも、彼から返ってくるのは、
「この先は向こうに任せる」
の一言のみ。
特に元白虎隊の面々は大いにこれを怪しんだものの、作戦を遂行させる権限を持っているのは兼続だ。
予定通りに事は進み、生け捕りにした5人の兵に何やら囁いた兼続は、すぐに彼らを解放した。
「……兼続、一体なんだったんだ?あいつらを捕らえた意味ってのは。見たとこ拷問した訳でもなさそうじゃねえか」
その場にいた将校たちが言いたくても言えなかったことを、副長の橋本雄一郎が尋ねる。
その問いに少し考える素振りを見せ、あっけらかんとした様子で兼続は答えた。
「撒き餌だよ」
その言葉を聞いた全員の頭の上にハテナが浮かぶ。
兼続はそれ以上作戦の意味について何か言う事なく、また手元の地図に向き合って言う。
「……さあ時景、知略勝負と行こうぜ」
その表情は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いていた。
本陣からの帰り道、依然として納得のいかない顔つきの元白虎隊将校たちは、雄一郎に声を掛けた。
「なあ副長、あのガキほんとに大丈夫なのか?」
「そうそう。輝虎様のもとにいた時は、もっと具体的に作戦を共有してくれたぞ」
彼らの疑問も当然のものだ。正直今日のような兼続の態度は、付き合いの長い雄一郎にも頭痛の種である。
しかしあの子供のような素顔こそ、兼続が兼続たる所以なのだ。
「今日のあいつの伝え方は、まあ悪いところはあったと思うぜ。…けどな、あいつの軍略は理屈じゃねえんだよ」
その言葉に、いっそう困惑の色を強くした将校たちは再び問う。
「理屈じゃ、ない…?ど、どういうことだ…」
「輝虎様が、あらゆる兵法書を網羅した上で、そこから独自の策を創り出す天才なら。兼続の策は何にも影響されていない。全て、あいつがその場の感覚で導き出したあいつだけのものなんだ」
信じられないその言葉に唖然としている彼らへ向けて、雄一郎はなおも口を開く。
「兼続の軍才は、輝虎様が認めていたものだ。お前らがあいつを信じられないなら……輝虎様が信じたあいつを、信じて戦えばいい」
その頃賀岳城では、先程兼続が解放した哨戒兵が時景直々の聴取を受けようとしていた。
なんでも、兼続から時景への伝言を受けたというのだ。
「……それで、直江兼続はなんと言っていた。そのまま伝えろ」
「ハッ……その、これからお伝えする言葉は本当に奴が言った言葉です。そこは、ご承知おきください…」
わざわざそんなことを言うとは、多少の罵詈雑言は覚悟せねばなるまい。そう思いつつ、時景は続きを促した。
脂汗を垂れ流しながら、哨戒兵は続ける。
「親愛なる朝倉時景殿。越前の知将と名高い貴殿は、大層お仲間と一緒に楽しむままごとがお強い様子だ。そこで一つ勝負をしよう。
明日の早朝、俺たちは貴公の城に攻め入る。自慢のままごと遊びで止めてみせろ。兼続より」
それを聞いていた時景の側近たちは、顔を真っ青にして固まってしまった。
無理もない。なぜならこの男は……
「この男の首を刎ねておけ。それと、我が兵たちに今すぐ守城戦の準備をさせろ」
「ひぃっ!?お、お許しください時景様!どうか、どうかご慈」
言い終わる前に、時景が自ら哨戒兵の首を刎ね飛ばした。
ゴトリと転がっていく恐怖で歪んだ生首に、その場の捕虜たちから悲鳴が上がる。
そうこの男、かなりの短気。
その反面実力がありすぎるが故に、孝景に煙たがられて、越前の要所であるこの山岳地帯の長に任ぜられたのだ。
だがその性格難があっても朝倉五将に数えられる彼は、やはり傑物と言えるだろう。
そんな時景の知略が。
兼続の前には、一才通用しなかった。
「第五隊敗走しました!続いて第六隊も壊滅!」
「第一隊と第三隊は全滅したとのことです!」
兼続の挑発を受け、ならば日が昇るよりも先にこちらから仕掛けようとした時景の判断は、普通なら間違っていないと言える。
だからこそ自分の策略が一切通用しないことが、時景は理解できなかった。
「何故だ……どうして私の策が通用しない!?何をしても読まれ、何もしなければ徹底的に叩かれる!…ふざけるな…!」
青筋を立てて怒り狂う時景だったが、内心ではかなり焦燥感に駆られていた。
これ以上兵を失えば、もはや城の守りを維持できない。しかし先ほどから、それを伝えに行かせた伝令が全て敵に捕まっている。
つまり、今現在この本営と前線は……敵によって完全に分断されてしまっているのだ。
それに気づいて、時景は血の気が引く思いだった。
そうか、奴は初めからこれが狙いだったのか。
だがもしそうだとするなら、兼続はあの伝言を哨戒兵に言わせたところからここまでの全てを予測し、それらがことごとく的中したということになる。
私が奴の不意を突こうと先に攻め込むことを読まれ、さらにその上、単純な軍略勝負でも私の手は完全に読み切られ、封殺された。
この、私が。
決して認めたくない。しかし、認めざるを得ない。兼続と自分の間に存在する、絶対的な才能の差。
呆然と立ち尽くすしかない時景。が、次の瞬間には再び驚愕することになる。
「時景様、いつの間にか敵が城内に侵入しています!今は衛兵が食い止めていますので、お早く脱出を!」
一人の兵士が、息も絶え絶えにそう伝えにきたのだ。これを聞いた臣下たちが異常を確認しに走るも、数分経とうと一向に誰も戻る気配がない。
「おいそこのお前、敵はどの程度侵入してきてのだ。……そもそも、本当に門は破られたのか?そのわりにはいやに静かだが…」
先程の兵士に話しかけるも、帰ってきたのはけたたましい笑い声だけ。
すると突然、男は朝倉軍の鎧をバッと脱ぎ捨てた。
その下に身に纏っていたのは、右腕に「愛」と彫られている年季の入った鎧。
その特徴的な鎧と、まだ子供のような容姿。
まさか、こいつは。
「直江兼続!」
机を蹴り倒しながら抜刀し、こちらに構え直す時景。
咄嗟の判断とらそこから斬りかかってくるところは流石だ、とのんびりと思考しながら。
兼続は愛刀に手をかける。
そして。
「月光」
次の瞬間には、刀ごと炸裂した月光によって時景の首が刎ね飛ばされた。
完全に不意を突かれた形の本陣強襲。まさに、兼続の完勝と言える結果であった。
首を持ち帰った兼続を待っていたのは、部下たちの称賛の声。特に、元白虎の隊員たちはこの結果に舌を巻いた。
「いや、輝虎様とは違った戦い方で見てて面白かったぜ。指示も的確だったしな」
「そうそう、訳わかんない指示に従って行ってみたら敵がいるってのは、少し輝虎様に似てたけどな」
その言葉に、兼続は少し複雑な気持ちになる。どちらかと言うと、兼続が参考としている軍略の組み立て方は……今は亡き影虎のほうなのだ。
「…まあ、やっぱ参考にしてる部分もあるからな。それと城のことだが、周囲に布陣して包囲。敵の伝令が出てきたら見逃してやれ。あと雄一郎、輝虎様に送る書簡を」
「ああ、もう用意できてるぜ。俺の部下に送らせる」
「よし。……もう疲れたし、少し休むからあとで起こしてくれ。明日からはぶっ続けで移動だからお前たちもよく休むようにな」
そう言って天幕へ入っていく兼続の背中に、元白虎隊の面々は彼の父兼豊の姿を重ね見た。
「実は、意外と凄い奴なのかもな」
「…ムカつくガキだけどな」
違いねえと沸く部下たちの声は当然兼続にも聞こえている。あいつらいつか泣かすと兼続は心に誓った。
ここまでが輝虎に届いた書簡の内容である。
そしてこれと全く同じ内容のものが、孝景のもとへも届いていた。
その夜、孝景本陣は賀岳城を目指して移動を開始した。
ここを取られれば、こちらの本拠地への一本道が繋がってしまう。ほとんどの精兵をこちらに連れてきた状態で、一条谷を戦場にさせたくはない。
しかし孝景はのちに。
この判断が全て、輝虎の掌の上だったことを知るハメになる。
最終日、決戦の5日目。
その始まりだった。
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