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第一章 若き虎
第二話 新たなる決戦
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一ノ瀬谷で黒田秀忠が討ち取られ、その首が晒されたことによって黒滝城は陥落。これにより、彼が反乱を起こして自らの独立領を主張した黒滝周辺や、この三年間で少しずつ侵していた他国の領地もまとめて越後へ返還されることとなった。
その夜には早速祝勝の宴が執り行われ、見事敵総大将を討ち取った兼続とその親衛隊たちは、最大武功の功労者として大いに持て囃された。
中には仲間が死んだ者や親兄弟が死んだ者も大勢いたが、彼らの魂に報いるためにも、生きている者たちが精一杯に生を謳歌せよというのが武士のならいである。
そんなどんちゃん騒ぎの中にあって、総大将を務めた長尾輝虎だけは1人浮かない顔をしていた。
なんとか酔った部下たちが繰り広げる兼続自慢から逃げ出してきた兼続は、少し離れた岩場で1人酒を飲んでいる輝虎のそんな様子を見かけ、トコトコと歩み寄る。
「輝虎様、どうかされましたか。せっかくの勝利の美酒ではないですか」
そう言いつつ輝虎の隣に座った兼続は、ちゃっかりと輝虎の飲んでいた酒桶から少し拝借しようとするも——その手をガシッと止められて、にへらと苦笑いを浮かべた。
「お前にはまだ早いな、兼続」
「い、嫌だなあ冗談じゃないですか……」
そんなやり取りをすると、輝虎が不意にふっと笑う。
一体今のやり取りで何がツボにハマったのだろう、不思議に思って兼続は小さく首を捻った。
恐らくそんな気持ちが顔に出ていたのだろう、輝虎は依然口元を緩めながら言う。
「元服してからというもの、お前は俺に妙に神妙な態度で話しかけるからな……やっと昔に戻ったようで、少し安心したんだ」
そんなことを色男の輝虎に真顔で言われると、相手は男なのにどういうわけか少し気恥ずかしくなってしまう。そ、そうですかとどもりながら言うと、ンッンンと咳払いをして再び口を開く。
ここへは、少し真面目な話をしにきたのだ。
「ところで、さっきの続きです。なにかまだ気がかりなことがあるのですか」
その言葉を聞いてもしばらく何も言わなかった輝虎であったが、兼続の真っ直ぐな問いと眼差しにはぐらかしても無駄だと思ったのだろう。
持っていたお猪口をコトリと置くと、根負けしたように口を開いた。
「黒田が反乱を起こしたことが、どうも道理に合わなくてな。それが少し気になってる」
「たしかにあの人は、先代の為景様の時代から側近として仕えていた古株の1人ではありましたが…」
「それもあるんだが、奴が本気で独立してやっていけると考えていたとは思えない。平定に3年かけておいてなんだが、俺が元服してしばらくは雑務に追われていたからな……奴と本格的に戦い始めたのは去年からだ。攻めは強いが、守りに入らせればそこまで手強くもなかった」
たしかにそれは兼続にも引っかかっていた。もともと気性が荒いせいで、先代の側近ではありつつも中央からは遠ざけられていたような男だ。
だが恐らく、彼が本当に言いたいのはこの事ではない。
輝虎にしては珍しく簡潔に結論を言わず、あまり要領を得ないその物言いに、兼続は顔をしかめる。
この人が回りくどい言い方をする時は、いつもその奥に大きな隠し事があるのだ。
思考を巡らせていき……そしてある一つの、とても恐ろしい結論に辿り着いてしまった。
認め難い、というよりは認めたくないその結論を、兼続は恐る恐る口にする。
「まさか秀忠は…周辺諸国の大名に唆されていたと言うのですか」
「……俺の読みが正しければな。そしてそいつは、恐らく一月以内に仕掛けてくるぞ」
その言葉に、思わず絶句してしまう。タダでさえ今日で3年続いた内乱が終わったのだ。そこに一月以内の他国との戦争だと…?
すると、輝虎は膝に額をつけてうずくまるようにして言う。その声は、心なしか少し震えているような気がした。
初めて見るその様子に、身じろぎ一つできなくなってしまう。
「戦争など、どうして起こるんだろうな……どうして、殺し合わなければいけないんだろう」
か細くそう言ってから弱々しく身をすくめた輝虎を見て、兼続は二の句を継げなかった。
そうだ、この人もちゃんと人間なんだ。幼少の頃から父君の顔を知らず、五歳の時に母君は病死。それに、5年前には『あの出来事』があって…それから5年間、今日まで独りで戦ってきたんだ。
家臣にも裏切られて、まだ元服して4年の若者が。いったいどんな気持ちで過ごしてきたんだろう。
目頭が熱くなる。目の前の景色がジワリと滲む。
気が付けば、輝虎をぎゅっと抱きしめていた。その体勢で涙ながらに兼続は言う。
「俺が……俺がもっと強くなります。あなたの前に道がないなら、俺が切り開きます。俺は…俺は、絶対に死にません。どこにも行きませんから。もう、あなたを独りにしませんから…」
山の木々の間から差し込む朝日によって目が覚めた。あのまま泣き疲れて寝てしまったようだ。
ふと辺りに目をやると、寝ているのは昨夜輝虎と話をしていた岩場ではなく、自分の天幕。どうやら運んできてもらったらしい。
体を起こして伸びをする。と、枕元に手紙が置いてあるのに気が付いた。筆跡からして輝虎からだろう。
内容は簡素ではあるものの、言葉の節々からビリビリと気迫が伝わってくる。
こちらこそありがとうと、兼続は手紙を読みながら噛み締める。
お陰で腹が据わったのだ。
俺は負けないと誓ったのだから、勝ち続けなくては。そのための強さが必要だ。強い己と、強い仲間が必要だ。
空を見上げると、広がっているのは雲ひとつない快晴だった。そこには、どこまでも天高く飛ぶ鷹が二羽、羽ばたいていた。
黒滝城陥落から10日が経過し。
全兵がそれぞれの領地に帰還するのを待ってから、輝虎は各地の有力家臣たちに召集をかけた。それはもちろん、三年にも及んだ内乱の裏で糸を引いていた人物との全面戦争に向けた準備を済ませるための家臣会議である。
輝虎の本拠地、御靖城の一角にある通称『虎の間』。主に公事を行うための広間に家臣たちは集められた。
集まった顔ぶれの中には、文官筆頭にであり越後御三家にも数えられる飯田家当主、文武において多くのエリートを輩出する橋本家当主はもちろんのこと、黒田が裏切ってから空席となっていた、有力家臣団の末席に抜擢された直江兼続の姿もあった。
御三家最後の一角に数えられる直江家の当主とはいえ、若干15歳の兼続が末席に入るということも、徹底した実力主義をとる越後ならではの光景だろう。
しかし実際のところ、上が実力主義を取ってはいても、そこに根を張った老人たちほど受け入れられないのはよくある話で。
「末席とは言っても、なぜ直江の小僧がこのような場にいるのだ」
「そうだ!いくら先の戦いで大将首を挙げたとはいえ、まだ尻の青いガキではないか!」
「見ろあの反抗的な目を、いかな御三家といえど調子に乗るなよ!」
輝虎の到着を待つ間に、末席の座布団に座った兼続が浴びせられた罵詈雑言はだいたいこんなところである。
まあ当然といえば当然だろう。老人たちからすれば長年長尾家に仕えてようやっと手にした側近としての席、それを自分の孫ほどの子供が手にしたのだ。気持ちは分からないでもない。分からないでもないが……許容できるかは別問題だ。
殺してしまおうか。
「その辺にしておけお前たち。直江の小僧が選ばれたのは輝虎様のご意向だ。それに黒滝以前にも、派手ではないが着実に成果を上げていたのはお前たちも知るところだろう」
思わず腰の愛刀に手を伸ばしかけたところに、そんな声を聞いてハッと我に帰った。
声の主は、この場にいる家臣たちの中でも最長の戦歴を持つ武将、北畠義道。歳は既に50を超えているはずだが衰えを感じさせない強面に、無数に刻まれた刀傷が特徴の男だ。
「し、しかしだな北畠殿……いくら殿のご判断といえど、我らはそう簡単に納得はできんのだ」
「実際に此奴の実力を間近で見たのはその親衛隊くらいのものだろう。それなのに、その戦果だけで判断するというのも…」
自分たちより圧倒的に実力があり、輝虎からの信頼も厚い義道からの言葉だ。流石に真っ向から無視するというのもできないのだろう。しかしそれでも尚俺への中傷をやめないとは存外骨のある奴らだと、兼続は逆に感心してしまった。
「それなら、今この場で真剣で勝負してみればいい」
ひとしきり喚いた老爺たちが喋り疲れて黙った後に、義道が放ったその二言目は明らかに怒気を含んでいた。
筋金入りの武人である義道からすれば、今のような半ば『戦果などいくらでも改竄できる』というような言いがかりはまさに怒髪天を突くものだったのだ。
その様子に、今まで兼続を罵っていた家臣たちも一斉に口を閉じるしかない。
擁護されていたはずの兼続でさえ、義道の放つ威圧感に思わず下腹部がすくむ感覚に陥ったのだからそれそれはとてつもないものだ。
「待たせてすまないな皆。では始めようか」
ビクウウウッ、とその場にいた義道を除く全員が文字通り飛び上がって驚いた。
いつの間にか輝虎が上座に座っているのだ。
いつの間に……え、ほんとにいつ入ってきたんだ…?
そんな台詞が聞こえてきそうな、物の怪の類でも見たような一同の反応に満足したのか、当の輝虎本人は上機嫌に話し始める。
「武官の皆、先の戦ではよく戦ってくれた。元有力家臣だった黒田との戦いで複雑な思いを持っていた者もいただろうが、そんなことを感じさせない戦いぶりだった。この勝利はお前たちのおかげだ」
輝虎のこの言葉に、室内の武官が一斉に頭を下げる。若干遅れて兼続も頭を低くした。
「次に文官たち。この三年間、内乱が起きたにもかかわらず国内が安定していたのは、お前たちの尽力があってのことだ。全国民を代表して感謝する」
静かな、しかし誠意のこもった言葉に当てられ、文官たちもババっと頭を下げる。
輝虎が彼らからどれだけの畏怖と尊敬を集めているのか、よく分かる光景だった。
その後つつがなく会議は進行し、本題である他国との全面戦争に向けた再軍備が議論されると、日が真上に差し掛かる頃には会議はお開きとなった。
「今日はこれで解散とする。そうだな……兼続だけ残ってくれ。少し話がある」
「……へ?」
その夜には早速祝勝の宴が執り行われ、見事敵総大将を討ち取った兼続とその親衛隊たちは、最大武功の功労者として大いに持て囃された。
中には仲間が死んだ者や親兄弟が死んだ者も大勢いたが、彼らの魂に報いるためにも、生きている者たちが精一杯に生を謳歌せよというのが武士のならいである。
そんなどんちゃん騒ぎの中にあって、総大将を務めた長尾輝虎だけは1人浮かない顔をしていた。
なんとか酔った部下たちが繰り広げる兼続自慢から逃げ出してきた兼続は、少し離れた岩場で1人酒を飲んでいる輝虎のそんな様子を見かけ、トコトコと歩み寄る。
「輝虎様、どうかされましたか。せっかくの勝利の美酒ではないですか」
そう言いつつ輝虎の隣に座った兼続は、ちゃっかりと輝虎の飲んでいた酒桶から少し拝借しようとするも——その手をガシッと止められて、にへらと苦笑いを浮かべた。
「お前にはまだ早いな、兼続」
「い、嫌だなあ冗談じゃないですか……」
そんなやり取りをすると、輝虎が不意にふっと笑う。
一体今のやり取りで何がツボにハマったのだろう、不思議に思って兼続は小さく首を捻った。
恐らくそんな気持ちが顔に出ていたのだろう、輝虎は依然口元を緩めながら言う。
「元服してからというもの、お前は俺に妙に神妙な態度で話しかけるからな……やっと昔に戻ったようで、少し安心したんだ」
そんなことを色男の輝虎に真顔で言われると、相手は男なのにどういうわけか少し気恥ずかしくなってしまう。そ、そうですかとどもりながら言うと、ンッンンと咳払いをして再び口を開く。
ここへは、少し真面目な話をしにきたのだ。
「ところで、さっきの続きです。なにかまだ気がかりなことがあるのですか」
その言葉を聞いてもしばらく何も言わなかった輝虎であったが、兼続の真っ直ぐな問いと眼差しにはぐらかしても無駄だと思ったのだろう。
持っていたお猪口をコトリと置くと、根負けしたように口を開いた。
「黒田が反乱を起こしたことが、どうも道理に合わなくてな。それが少し気になってる」
「たしかにあの人は、先代の為景様の時代から側近として仕えていた古株の1人ではありましたが…」
「それもあるんだが、奴が本気で独立してやっていけると考えていたとは思えない。平定に3年かけておいてなんだが、俺が元服してしばらくは雑務に追われていたからな……奴と本格的に戦い始めたのは去年からだ。攻めは強いが、守りに入らせればそこまで手強くもなかった」
たしかにそれは兼続にも引っかかっていた。もともと気性が荒いせいで、先代の側近ではありつつも中央からは遠ざけられていたような男だ。
だが恐らく、彼が本当に言いたいのはこの事ではない。
輝虎にしては珍しく簡潔に結論を言わず、あまり要領を得ないその物言いに、兼続は顔をしかめる。
この人が回りくどい言い方をする時は、いつもその奥に大きな隠し事があるのだ。
思考を巡らせていき……そしてある一つの、とても恐ろしい結論に辿り着いてしまった。
認め難い、というよりは認めたくないその結論を、兼続は恐る恐る口にする。
「まさか秀忠は…周辺諸国の大名に唆されていたと言うのですか」
「……俺の読みが正しければな。そしてそいつは、恐らく一月以内に仕掛けてくるぞ」
その言葉に、思わず絶句してしまう。タダでさえ今日で3年続いた内乱が終わったのだ。そこに一月以内の他国との戦争だと…?
すると、輝虎は膝に額をつけてうずくまるようにして言う。その声は、心なしか少し震えているような気がした。
初めて見るその様子に、身じろぎ一つできなくなってしまう。
「戦争など、どうして起こるんだろうな……どうして、殺し合わなければいけないんだろう」
か細くそう言ってから弱々しく身をすくめた輝虎を見て、兼続は二の句を継げなかった。
そうだ、この人もちゃんと人間なんだ。幼少の頃から父君の顔を知らず、五歳の時に母君は病死。それに、5年前には『あの出来事』があって…それから5年間、今日まで独りで戦ってきたんだ。
家臣にも裏切られて、まだ元服して4年の若者が。いったいどんな気持ちで過ごしてきたんだろう。
目頭が熱くなる。目の前の景色がジワリと滲む。
気が付けば、輝虎をぎゅっと抱きしめていた。その体勢で涙ながらに兼続は言う。
「俺が……俺がもっと強くなります。あなたの前に道がないなら、俺が切り開きます。俺は…俺は、絶対に死にません。どこにも行きませんから。もう、あなたを独りにしませんから…」
山の木々の間から差し込む朝日によって目が覚めた。あのまま泣き疲れて寝てしまったようだ。
ふと辺りに目をやると、寝ているのは昨夜輝虎と話をしていた岩場ではなく、自分の天幕。どうやら運んできてもらったらしい。
体を起こして伸びをする。と、枕元に手紙が置いてあるのに気が付いた。筆跡からして輝虎からだろう。
内容は簡素ではあるものの、言葉の節々からビリビリと気迫が伝わってくる。
こちらこそありがとうと、兼続は手紙を読みながら噛み締める。
お陰で腹が据わったのだ。
俺は負けないと誓ったのだから、勝ち続けなくては。そのための強さが必要だ。強い己と、強い仲間が必要だ。
空を見上げると、広がっているのは雲ひとつない快晴だった。そこには、どこまでも天高く飛ぶ鷹が二羽、羽ばたいていた。
黒滝城陥落から10日が経過し。
全兵がそれぞれの領地に帰還するのを待ってから、輝虎は各地の有力家臣たちに召集をかけた。それはもちろん、三年にも及んだ内乱の裏で糸を引いていた人物との全面戦争に向けた準備を済ませるための家臣会議である。
輝虎の本拠地、御靖城の一角にある通称『虎の間』。主に公事を行うための広間に家臣たちは集められた。
集まった顔ぶれの中には、文官筆頭にであり越後御三家にも数えられる飯田家当主、文武において多くのエリートを輩出する橋本家当主はもちろんのこと、黒田が裏切ってから空席となっていた、有力家臣団の末席に抜擢された直江兼続の姿もあった。
御三家最後の一角に数えられる直江家の当主とはいえ、若干15歳の兼続が末席に入るということも、徹底した実力主義をとる越後ならではの光景だろう。
しかし実際のところ、上が実力主義を取ってはいても、そこに根を張った老人たちほど受け入れられないのはよくある話で。
「末席とは言っても、なぜ直江の小僧がこのような場にいるのだ」
「そうだ!いくら先の戦いで大将首を挙げたとはいえ、まだ尻の青いガキではないか!」
「見ろあの反抗的な目を、いかな御三家といえど調子に乗るなよ!」
輝虎の到着を待つ間に、末席の座布団に座った兼続が浴びせられた罵詈雑言はだいたいこんなところである。
まあ当然といえば当然だろう。老人たちからすれば長年長尾家に仕えてようやっと手にした側近としての席、それを自分の孫ほどの子供が手にしたのだ。気持ちは分からないでもない。分からないでもないが……許容できるかは別問題だ。
殺してしまおうか。
「その辺にしておけお前たち。直江の小僧が選ばれたのは輝虎様のご意向だ。それに黒滝以前にも、派手ではないが着実に成果を上げていたのはお前たちも知るところだろう」
思わず腰の愛刀に手を伸ばしかけたところに、そんな声を聞いてハッと我に帰った。
声の主は、この場にいる家臣たちの中でも最長の戦歴を持つ武将、北畠義道。歳は既に50を超えているはずだが衰えを感じさせない強面に、無数に刻まれた刀傷が特徴の男だ。
「し、しかしだな北畠殿……いくら殿のご判断といえど、我らはそう簡単に納得はできんのだ」
「実際に此奴の実力を間近で見たのはその親衛隊くらいのものだろう。それなのに、その戦果だけで判断するというのも…」
自分たちより圧倒的に実力があり、輝虎からの信頼も厚い義道からの言葉だ。流石に真っ向から無視するというのもできないのだろう。しかしそれでも尚俺への中傷をやめないとは存外骨のある奴らだと、兼続は逆に感心してしまった。
「それなら、今この場で真剣で勝負してみればいい」
ひとしきり喚いた老爺たちが喋り疲れて黙った後に、義道が放ったその二言目は明らかに怒気を含んでいた。
筋金入りの武人である義道からすれば、今のような半ば『戦果などいくらでも改竄できる』というような言いがかりはまさに怒髪天を突くものだったのだ。
その様子に、今まで兼続を罵っていた家臣たちも一斉に口を閉じるしかない。
擁護されていたはずの兼続でさえ、義道の放つ威圧感に思わず下腹部がすくむ感覚に陥ったのだからそれそれはとてつもないものだ。
「待たせてすまないな皆。では始めようか」
ビクウウウッ、とその場にいた義道を除く全員が文字通り飛び上がって驚いた。
いつの間にか輝虎が上座に座っているのだ。
いつの間に……え、ほんとにいつ入ってきたんだ…?
そんな台詞が聞こえてきそうな、物の怪の類でも見たような一同の反応に満足したのか、当の輝虎本人は上機嫌に話し始める。
「武官の皆、先の戦ではよく戦ってくれた。元有力家臣だった黒田との戦いで複雑な思いを持っていた者もいただろうが、そんなことを感じさせない戦いぶりだった。この勝利はお前たちのおかげだ」
輝虎のこの言葉に、室内の武官が一斉に頭を下げる。若干遅れて兼続も頭を低くした。
「次に文官たち。この三年間、内乱が起きたにもかかわらず国内が安定していたのは、お前たちの尽力があってのことだ。全国民を代表して感謝する」
静かな、しかし誠意のこもった言葉に当てられ、文官たちもババっと頭を下げる。
輝虎が彼らからどれだけの畏怖と尊敬を集めているのか、よく分かる光景だった。
その後つつがなく会議は進行し、本題である他国との全面戦争に向けた再軍備が議論されると、日が真上に差し掛かる頃には会議はお開きとなった。
「今日はこれで解散とする。そうだな……兼続だけ残ってくれ。少し話がある」
「……へ?」
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