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98話~破壊~
しおりを挟む大和は無表情に、血まみれになった両手そのままに、何かをひたすら入力する作業をしていた。
成人女性の姿はもうその場からは消えていたものの、床に出来た血だまりはそのままで、起こった出来事は夢ではない事を現していた。
一心不乱に、もはやまるで機械の様に何かを打ち込み続ける大和は、もう生きてはいるものの、生きてはいないかの様にすら見えた。
ふと、動きを止めた大和はテーブルの上にある瓶に目を向けた。
それは、大和が開発した粒子の暴走を止めるカプセルであと少ししか、瓶の中には残ってはいなかった。
大和は視線を向けただけで飲む事はせず、また両手を一心不乱に動かし、虚ろな目で作業を加速させ始めた。
*
「このベッドに、彼を…………」
父親に促された沙羅の部屋の中央には、ふたりは眠れそうな大きなベッドがあり、他にも色々な家具が揃っていて、主がいない部屋とは到底思えなかった。
「すまない………」
ホワイトは希望をゆっくりと、そのベッドの上に寝かせると毛布をかけた。
「この子が沙羅の………、よく似ている……」
父親は初めて対面した孫の顔を、慈しむように見つめると、微笑みながら目を細めた。
「沙羅の事は本当に申し訳なかった。機関を代表して謝罪する」
ホワイトは父親の前でそう言うと、右手をL字型に曲げる独特なポーズを取りながら、深々と頭を下げた。
「頭をあげて下さい。娘が機関に入った時から、覚悟はしていました。沙羅の息子にこうやって会えただけでも感謝しています」
ホワイトは、そう父親に促されると、ゆっくりと頭をあげた。
「話をした通り、暫くこの子を預かって頂きたいのだが……」
「勿論です。この沙羅の部屋を使う事に致しましょう。きっと、沙羅も喜んでいるでしょう」
父親はそう言って、沙羅がそこにいるかの様に
部屋をぐるりと見渡してみせた。
「感謝する。少しの間、普通の子供としての生活をさせてやってほしい」
「このおいぼれに何処まで出来るかはわかりませんが、喜んで」
ホワイトはその言葉に、安心した表情をしながら無言で頷いていると、部屋に李留が入ってきた。
「希望君は……大丈夫ですか??」
「希望は暫くここで暮らす事になった。李留には数日休暇を与える。暫く、希望の傍で過ごして欲しい」
「わかりました、つまりメンタルのケアをしろって事ですよね?」
墓地でホワイトから希望が、沙羅の死を伝えられたのは一目瞭然だった。
ただでさえ、母星に来てすぐの小さな身体では、抱えきれない程のショックを受けたに違いなかった。
「それもある。あと、希望の観察をし報告をしてもらいたい」
「観察を………?ですか?」
「彼は日々進化している。安定してから機関に入った方がいいとの判断だ」
「なるほど……どんな能力者かを見極めるという事ですね?確かに希望君はまだ子供、自分で自分を知るのは難しいですもんね。わかりました、僕に任せて下さい」
李留はそう言うと、心配そうに眠り続ける希望の傍に近寄ると、髪の毛を優しく撫でた。
「では、これで失礼する」
ホワイトはそう言うと、機関へ戻るべく外へと出ていった。
*
暫くの時が流れた―
真琴は、大和があれから籠りきりの隠し部屋を
透明の壁越しに見下ろしていた。
悲惨な光景を目にしたあの日から、大和はここから出る事はなく、一心不乱に何かに没頭しているようだった。
最初の頃は、壁を叩いたり、大声で呼び掛けたりもしたものだったが、大和は無表情で真琴の事を認識出来ないのか、目を合わせる事すらなかった。
沙羅のクローン計画が失敗したのだ。
心を壊してしまってもおかしくはない。
真琴は、大和の心が落ち着くのをひたすらに
待つ事にした。
*
真琴は母星との通信をしながら、時間のほぼを大和の様子を見るべく、隔たれた透明の壁の前で過ごす事が増えていった。
母星のホワイトからは、帰還命令が既にきていて
遥達が代わりに月に来てくれる手はずにもなっていた。
でも真琴は、その命令に色々と理由をつけては
時期を引き延ばしていた。
今の隠し部屋から全く出てこない大和が、母星に
還るとは到底思えなかったからだ。
でも、さすがにこれ以上引き伸ばす事は限界を
感じてもいた。
真琴はおもむろに、ポケットから瓶を取り出した。
食事用のカプセルはまだあったけれど、暴走を止めるカプセルはあと1つしか残っていなかった。
「大和…………私はどうなってもいいの……?」
真琴は両目に涙を浮かべながら、最後のそのひとつをそっと口に運んだ。
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