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94話~沙羅のクローン~
しおりを挟む大和は、カバーのかけられた人工子宮のカプセルの前に立つと、真剣な面持ちでそれを見上げた。
ゴボゴボといつもの様に音を奏でたその装置は、とても繊細な微振動を刻みながら、そこに鎮座していた。
大和はかけられたカバーの裾をつかむと、ゆっくりとそれを引き下ろした。
ずっとカバーで見えなかった中身が顕になると、その中には一糸纏わぬ成人女性が、まるで赤子の様に丸まって眠っていた。
「沙羅………やっとこの日が来た……やっと……」
大和はカプセルを両手で抱きしめる様にそっと触れると、顔を近づけて中にいる成人女性へと話しかけた。
沙羅と呼ばれた、そのクローンである成人女性は反応する事もなく、目を閉じ続けていた。
大和は小さく自分に向けて納得する様に頷くと、カプセルの中の人工羊水を抜くスイッチを押した。
直後、ゴボゴボといつもの音より大きな音を奏でながら、そのカプセル内の人工羊水は減っていき、完全に無くなっていった。
カプセルの中のその成人女性は、長い金色の髪を身体に纏わせながら、そこに目を閉じたまま横たわっていた。
大和は緊張した面持ちで、扉を開くとその成人女性を抱きかかえて、外へと連れ出し傍に用意されたベッドへと横たわらせた。
「沙羅……起きて?希望の時は泣き声をあげたから、成功したってとても安心したんだ……だから沙羅、声を聞かせてほしい………お願いだよ沙羅………」
大和はその成人女性の両手を握りしめながら、声をかけ続けた。
*
真琴は、大和の部屋に入ると奥の隠し部屋へと歩みを進めた。
強固に閉じられた扉を目の前にし、いつもならその扉の前にはお絵描きをしながら寛ぐ希望がいた事を思い出し、真琴は少し切なくなった。
「希望の方が心細かったはずなのに、私ったら駄目ね……」
真琴はそう呟くと、扉の横に広がる透明の壁に近づいて行った。
大和は中でいつも通り作業をしているはず。
壁ひとつ隔てた、向こう側の部屋の中を見下ろした真琴は、みるみる真っ青になって行った。
「大和………あなた、一体何をしてるの……」
真琴の眼下にはカバーがかけられたベッドと、その横に呆然と立ち尽くす大和の姿があった。
そして、そのカバーからは成人した女性の右手が垂れ下がる様に見えていて、ベッドの下にはおびただしい血溜まりと、血液が今もしたたり落ち続けていた。
すると、真琴の声に気づいた大和が、振り返ると真琴の前まで駆け寄って来て、気が狂った様に叫び始めた。
「部屋に戻るんだ!!いいから早く!!」
「大和落ち着いて……?ホワイトと今話をしてきたの、希望の事を相談したいの……」
「真琴!いいから早く!!中を見ちゃいけない……だから早くするんだ!!」
大和の目からは、絶望という感情と大粒の涙が溢れ落ちていた。
「大和………あれはお姉ちゃんのクローンなの?一体何があったの??教えて!大和!!!」
真琴ももはや、感情のコントロールをする余裕等なく、大和に泣きながら、そして縋る様な声で絶叫し続けていた。
大和は涙を拭う事なく、天井を見上げながら唇を強く噛みしめた。
そして、ゆっくりとこう言った。
「沙羅のクローンは、全身から血を吹き出して……誕生する事を、俺との再会を……拒んだんだ………」
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