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51話~移植~
しおりを挟む最近のステーションは、任務自体は穏やかで皆がそれぞれ自由に過ごす事も多かった。
母星は相変わらず戦争中ではあったけれど、通信自体もたまに障害が起きるぐらいで、安定していた。
遥と李留は妖精とのコミュニケーションを深め、軍事的な利用をする事もなく、最近はもっぱら月の色々を教わっていた。
最悪な事が未来に起きたら、母星から多くの人々が移住してきた時に、果たしてどうしたらいいか?
まずは何より資源の確保が必要だと考えた遥は、月の石のエネルギー利用方法などを妖精から教わっていた。
「争う事に時間を注ぐより、【2%】は、いかに命を繋ぐかに重きを置く方が確かに建設的ね。今なら大和の言葉の意味がわかるかもしれない」
遥は、妖精と会話を続けている李留に話しかけた。
「そうですね。妖精さんは僕達との月での共存に対して不思議と好意的ですし、教わる事全てが僕には新鮮です」
李留は無邪気に宙を見ながら、楽しそうだった。
「戦が終わって平和になったとしても、母星から月に観光に来たりも出来るわけだし、何かあった時の避難場所として、今のうちにステーションを拡大しておくべきね。母星に更に許可を貰ってくるわ」
遥が通信室へ向かおうとすると、ルームに真琴が入ってきた。
「ごめんなさい。記録係なのに遅れてしまったわ。」
「大丈夫よ。私は今から母星に報告があって席をはずすけど、内容は李留君から聞いてちょうだい」
「えぇ、わかったわ」
真琴は、飛び回る妖精と目があうと、気づかれない様にすぐに視線を反らした。
妖精は笑い声をあげながら、真琴の周囲を飛び回ってきたけれど、真琴は素知らぬ振りでソファへ腰かけると、記録の準備を始めた。
「真琴さん忙しいのに、いつもすみません」
李留は恐縮しながら隣に座ると、真琴の準備が終わるのを待った。
その光景を確認して、遥は部屋を出ようとした。
けれど、何かを思い出したらしく突然振り返った。
「真琴!沙羅に白い布をあげたのだけど、あれから出来上がったのかしら?」
「出来上がったって、何が?」
真琴は初めて聞くその情報に戸惑った。
「え?未来の赤ちゃんの為に産着を作りたいから持ってないかって聞かれたのよ、聞いてない?」
「私、聞いてないわ……」
真琴の顔色が変わったのを見て、李留がとりなす様に口を挟んだ。
「最近、皆ゆとりが出来てケアも受けてないですし、沙羅さんもその出来た時間で、未来の赤ちゃんの為に作りたくなったんじゃないですか?沙羅さんらしいな」
真琴は李留の気遣いに気付くと、慌ててぎこちない笑顔を作ってみせた。
「有り難う遥、またお姉ちゃんに聞いてみるわ」
遥もそれ以上の言葉は避けて軽く微笑むと、部屋を出ていった。
◇
「体調はどう?」
隠し部屋へやってきた沙羅に、大和は声をかけた。
「えぇ、とてもいいわ」
沙羅は緊張で身体を固くしながら、前にも入った銀色の装置に目をやった。
「すぐ終わる。沙羅は前と同じく眠っていてくれたらいいよ」
大和はそう声をかけると、慌ただしく準備を進めた。
「彼女のクローンは私を受け入れてくれるかしら」
沙羅は、か細い声で呟いた。
声が小さかったせいか、大和にその言葉の反応は無かった。
「じゃあ沙羅、横たわって?」
大和に促され、沙羅は銀色の装置に横たわった。
今度目覚めたら母親になっていると考えたら、とても不思議な気持ちになった。
沙羅はゆっくりと目を閉じた。
どんな形でも、私のお腹の中に宿った命を愛そう。守ってみせる。
そう、改めて心に誓った。
機械音と共に、蓋が閉じられるとガスが充満し、沙羅の意識は落ちていった。
大和はそれを黙って見守ると、本格的に移植の作業にとりかかった。
「これで良かったんだ……」
大和はそう呟くと目にグラスをかけて、慎重に沙羅の子宮に卵を移植した。
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