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37話~提案~
しおりを挟むゴボゴボとカプセルから響き渡る音だけが、室内に奏でている中で、沙羅はただ硬直していた。
子供を?生む?私が大和の?
普通に受けとれば、愛の告白にも聞こえる言葉だったけれど、そうじゃない事だけは誰よりも汲み取れた。
きっと、悪い冗談に違いない。
沙羅は床に視線をひとつ落としてから、大和の顔を真っ直ぐと見据えた。
「内容次第で、考えてあげてもいいわ」
沙羅の強気な返答に、「それはさすがに驚いたな……」と大和は小さく呟くと、巨大カプセル達の周りにある様々な機器や装置に何か入力をはじめた。
すると、壁面に映像が浮かびあがり、そこには、球体の形をした何かが映し出された。
「これは女性の卵子。わかる?」
「えぇ……わかるわ」
大和は軽く頷くと、次の映像に切り替えた。
それは、その卵子から核を取り除いた後、新たに機械的に何かを注入している映像だった。
「自然の繁殖は、卵子に精子が入り込んで受精卵になるわけだけど、今見てもらってるのは、未受精の卵子から核を取り出して、ある人間から取り出した核を注入するイメージ映像」
「つまり、そうすると注入した核の持ち主のクローンが誕生するって事?」
「そういう事、卵子にこの核を注入したものを、子宮に移植する。そして、あとは出産を待てばいいだけ」
「つまり、代理母……」
「この巨大カプセル、いわゆる人工子宮なんだ。でも、どうしてもあと少しの所でうまくいかない。まだ俺にはその領域があと一歩届かない……折角、ここには種があるのに、芽が出る事がないんだ……」
「つまり、私に彼女のクローンを生む母体になれって事?」
沙羅は、理解を越える提案に頭がくらくらした。なんてそれは、残酷な提案なのだろう。
そこには、愛情も約束も未来も何もない。ただの契約しかそこにはないのだから。
「彼女の核は、もはや俺そのものだ。俺の技術の集大成。卵子も別に造り出す事は出来る。あとは、このカプセルが稼働したら、全てが実を結ぶはずだった。でもまだまだそれは叶わない。ひょっとしたらもう無理なのかもしれない。。あと足りないのは子宮だけなんだよ、沙羅……」
「それはわかったわ、でも、それは私じゃなくてもいいはずだわ」
沙羅は精一杯の抵抗の言葉を発した。
大和の願いを、理解出来なくはないけれど、流石にそれは無理すぎる話だ。
「俺には沙羅しかいない。沙羅でないと無理なんだ。」
「何よ急に……」
沙羅は更に困惑をした。
「だって沙羅は、俺の事が好きだよね?」
突然の意表をつく言葉に、沙羅は今度は怒りの感情が沸き起こるのを感じた。
「私はあなたが嫌いよ。それはずっと言ってきたはず」
「じゃあ沙羅は暖とこのまま結婚するの?暖の本心を確かめもせずに、もやもやしているその心のままで?そして、やがて2人に子供が生まれても、それって今から俺がしようとしている事と、一体どちらが残酷なんだろうね」
その言葉を聞いた沙羅は身体を震わせながら、大和につかつかと近づき、右手を振り上げた。
大和はその瞬間、沙羅の右手を自分の左手で掴むと両手で抱き寄せた。
「離してよ!いい加減にして!」
抵抗する沙羅を、大和は更に強く抱き締めた。
「殴ったら、沙羅はすぐ今度はその殴った後をケアしようとする。沙羅はそんな優しい人って事を俺は知ってるよ。自分の仕事を、自分で増やしてどうするの?」
「そんな話はいいから、早く離して!」
「助けてよ沙羅……俺を助けて。彼女はヒーラーだった。沙羅より髪の毛は短くて、肩までしかなかったけど、そっくりなんだよ。色も、そして質も。」
沙羅は力強く抱き締められた、その両手から逃げ出す事も出来ず、自分の気持ちも自分でわからなくなりはじめていた。
私の心が、大和を助けたいと思っているから、大和はこんな無茶を言ってくるのだろうか。
確かに逆の立場なら、気持ちはわからなくはないけれど、それにしても、それはいくらなんでも我儘で自己中心的な思考そのものだ。
代理母だなんて……
そんな事は、いくらなんでも出来るわけがない……
すると、大和の身体が小刻みに震えている事に気づいた。顔を横に向けると、すぐ傍にある大和の目からは涙がこぼれ落ちていた。
その姿を見て、沙羅は心臓を鷲掴みにされる感情に襲われた。
「泣かないで……」
沙羅は気づくと、抱き締められながら、そっと大和の頭を撫でていた。
理由はどうであれ、この人には、私が必要なのだ。
他の誰でもない、この彼女に似た私が。
お互い母星を離れ、月で出会った私自身を
こんなにも必要としてくれている。
そして、その気持ちを包み隠さず
ストレートに伝えてくれる。
そこに愛情の欠片もないけれど、愛情が小さく思える程に、こんなにも私を必要としてくれているのだ。
泣き続ける大和を、今度は沙羅が強く抱き締めていた。
「お願いだから泣かないで。少し、考えてみるから…」
沙羅はそう言って、ゆっくりと目を閉じた。
沙羅の左目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
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