なにわしぶ子

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12話~男達の歓談~

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686年7月


未だ病に伏す天武帝の為に、病気平癒の祈祷や様々な事が行われていましたが、病状の改善は一向に見られず、世代交代の波の訪れは、まさにそこまでやって来ようとしていました。


「宮の名を飛鳥浄御原宮と変えた効果も、今持って出ずじまいか」


天武帝の皇子である忍壁皇子は、帝紀をまとめる仕事にここ数年はかかりきりで、今日もその勤めをするべく宮内にある自分の仕事場に訪れていました。

「宮の名を変えたとて、変えられぬ運命もありましょう」

そう言ったのは、共にその仕事をしている天智帝の皇子、川島皇子でした。

2人は皇位継承者にもなり得る立場の皇子でありましたが、盟約を交わした後は、ただただ穏やかな世をひたすらに祈っていました。


「さて川島殿、これがひと段落したら私の家で少し酒でも飲みませんか?実は高市皇子、志貴皇子、大津皇子にもお声がけしてるのです、是非これからの事を色々ご相談したい」

「それは是非とも!そうと決まれば、急いで片付けてしまいましょう!」

忍壁の誘いに川島はすぐさま了承をし、そしてとても嬉しそうに分かりやすく、仕事の手を早めてみせました。そして忍壁もその姿を微笑ましく見つめながら、自分こそ仕事の手を早めたのでした。







飛鳥の宮のすぐ側に建つ忍壁皇子の邸宅は、大きさはそれ程広いものではありませんでしたが、穏やかな人柄とその社交的な気質を慕って、沢山の来客が訪れる、そんな社交場でもありました。


「さぁさぁ、今宵は月を眺めながら酒を酌み交わしましょう。いつも川島殿には帝記の事でお世話になっていますから」

仕事を終えて、邸宅へ川島を招き入れた忍壁は早速酒宴の支度を整え始めました。

川島も川島でその接待に心地良さを感じながら、差し出された酒杯を受け取ると一気に飲み干し、緩やかに顔を綻ばせると、疲れからの解放を感じながらゆったりと眼を閉じました。

すると女官から部屋へと案内された志貴皇子が、公達たる居て立ちで右手を軽やかにあげながら現れました。

「やぁやぁ!遅くなってしまい申し訳ない!」

「忙しい所をお呼びだてして申し訳なかったですね。川島殿と先に始めさせて頂いてますよ」

川島と忍壁は盃を右手に顔を赤らめながら、志貴にも早速、歓談の輪の中に入る様手招きをしました。

「今宵はゆっくりと楽しみましょう。ところで、高市様と大津様は?」

志貴は来ると聞いていたふたりの姿が無い事に気づくと、少し顔を曇らせました。

「もうすぐ起こしになるはずですよ。おふたりともお忙しい方ですから」


そう忍壁が返答を言い終わりかけた瞬間、その声を遮るように大きな声が聞こえてきました。


「やぁやぁ!遅れてすまない!なかなかの引き止めにあってしまってね」


そう言いながら、ドカドカという足音を伴って現れたのは、たった今噂をしていた高市皇子その人でした。

「いえいえ丁度呑み始めた所です高市殿、さぁさぁこちらへ」

忍壁は嬉しそうに高市を招き入れると、酒を高市と志貴の盃へと注ぎ入れました。

「久々の再会に乾杯!」

忍壁、川島、志貴、高市の4人の皇子は、月の光に照らされながら、酒宴を楽しみ始めたのでした。






「問題は天武帝がお隠れになってからだと思っている。草壁殿は……身体が弱くていけない」

そう本題の口火を切ったのは、高市皇子でした。

「しかしながら草壁様には、鸕野讃良様がおられます。特に問題ないのでは?」

志貴はそう言って自分の盃に酒をなみなみと注ぐと、隣に座る川島に目配せをしながら、川島の盃にも酒を注ぎ入れました。

同じようになみなみと注がれた酒は盃から零れそうになり、川島は慌ててそれを口へと運びました、

「そうやって志貴殿は私をすぐ酔わせようとするんですから、本当に困った人だ」

顔を赤らめた川島はそう言いながらも、悪い気はしないという口ぶりで、そして志貴に向けてゆっくりと瞬きをしました。


「しかしながら、大津殿はまだ起こしになられないのですか?」

「確かに遅いですね。ちゃんと伝えておいたはずなんですが」

忍壁が心配するかの様に部屋の入口へと目をやると、ちょうど新しい酒を持った女官が運んで来る所でした。

「あぁ……有難う。酒はそこに置いて下がってくれて構わない。今は男同士の、大事な会話中だからね」

忍壁が優しく告げると、女官は袂を口に当てて、くすくすと笑い始めました。

志貴と川島が不思議そうに顔を見合わせ、その女官に視線を注ぐ中、高市皇子は椅子から立ち上がり、つかつかとその女官の前で立ちはだかると、自分の空の盃をその女官に向かって差し出しました。

「悪ふざけがすぎるぞ大津」

その言葉に皆が呆気に取られていると、女官姿の大津皇子が顔をあげて、可愛らしいくおしとやかに微笑んでみせました。

「これからの世を守る、皆様の力量を試してみたのでございます。私の変装はそれほどまでに見事でございましたか?」

「はい!全く気づきませんでした。いやぁお見事としか!」

忍壁が驚き感嘆の声をあけながらを拍手をすると、大津は満足気に、今度は一瞬で女官の衣を脱ぎ捨て、そして今度は切れ長の目を更に細めながら、男らしく豪快に笑ってみせたのでした。
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