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3章 真田家
94話~千手紐~
しおりを挟む仁和寺は、光孝天皇により886年に建てられ始めるも、翌年に帝が崩御した為に、子である宇多天皇によって888年に落成した寺であり、出家した宇多天皇の居でもあった寺院でした。
過去、戦火で全焼した事などがあったりはしたものの、時代時代の権力者の庇護を受け、最近では豊臣秀吉により手厚く守られておりました。
広大な敷地内には沢山の堂と、ひときわ目立つ五重塔が聳え、漂う空気は凛としていて、ここの御仏ならばきっと、色々な願いも聞き届けてくれるやも、そんな気持ちにさせてくれる空間だったのでした。
*
身支度を整えた道とお犬の方は、仁和寺の門をぐぐると、早速観音堂へと向かいました。
ひんやりとした堂の空気を身体全体で受け止めながら、ふたりはそっと足を踏み入れると、そこに鎮座する仏の顔をまずは見上げました。
「穏やかな……本当に穏やかなお顔ですね」
お犬の方はそう柔らかな声で呟くと、少しだけ憂いを称えた笑みを静かに浮かべました。
すると、いきなり仏の体が小刻みに揺れ始めると、反響した音質で声が仏の中から聞こえてきました。
「待っておったぞ」
お犬の方は突然の出来事に「ひぃいい!」と驚愕の声をあげると、その場に尻もちをついてしまいました。
「お犬様!!お気を確かに!」
道は慌ててお犬の方に手を差し伸べたあと、自分も突然の事に驚きながら、仏の顔を真剣な顔で見据えました。
「お前たちに話がある」
仏がいきなり話始めた事で、お犬の方は動転し口をあわあわとさせるばかりでした。
その様子を気遣いながら、道は仏に向かって自らも語りかけ始めました。
「千手観音様が私達に一体、何用なのでありましょうか!」
そんな道の姿を頼もしげに見つめたお犬の方は、身体を小さくして道の背中に隠れながら、道の着物の袖を左手で強く握りしめました。
「あの白大蛇を助けたいのだろう?」
「勿論です!助け方を是非教えて下さいませ!」
「そこに紐がある」
言われるがまま道が視線を床に落とすと、そこには虹の様に彩られた綺麗な紐が、反時計回りに巻かれた状態で置かれておりました。
「その千住紐を手に取りなさい」
道は不安な表情で仏の顔を見つめたながらその場にしゃがみ込むと、右手で千手紐をそっと拾いあげました。
「凄い……」
道は紐をしげしげと見つめながら、その千手紐のちからを両手から受け止めると感嘆の声を、思わずその唇から漏らしていました。
それ程にその紐には、ちからが備わっていたのです。
「そのちからを、惜しげも無く使うといい」
道とお犬の方はお互いの顔を見合わせると、今度は同時に、視線を空中にぼんやりと移し始めました。
すると見覚えのある寺院が浮かび上がってきました。
「東寺が見えまする!」
お犬の方はその突然始まったその光景に驚きながらも、だんだんとこの状況を楽しむかの様に大きな声でそう叫んでいました。
「確かにあれは東寺にございますが……」
道は、お犬の方と共有され始めたその不思議な現象に驚きながらも、全方位に警戒を巡らせる事は怠りませんでした。それは忍びとしての悲しい性でもありました。
「道、そんなに警戒せずとも大丈夫だ、さぁ今から教える事をふたりでやってくるといい」
道は御仏のその優しき言葉に小さく頷くと、次の言葉を待ったのでした。
*
「しかしこの様な事、誠の事なのでございましょうか」
お犬の方は道とふたり観音堂より出ると、まだ陽の高い太陽の光を全身に受けながら、眩しそうに目を細めながらそう道に声をかけました。
「ひょっとすると、狐や狸に化かされてるのやもしれませんが……」
「しれませんが?」
「鼻で笑ってそれをせぬよりは、騙されたとしても手を尽くすが気持ちは晴れやかになるものかと」
「確かに……それに何故だか先程から、ほらここが高鳴って仕方がないのです」
お犬の方はそう言うと、自分の右の手のひらを心の臓に当ててニッコリと微笑みました。
「では、早速」
道は千手観音より受け取った千手紐を輪にすると、お犬の方に差し出し、お互いがその輪を掴んで輪を保ちながら向き合いました。
「では、お犬の方様がこの紐を1度捻ってくださいませ」
道の声かけにお犬の方は小さく頷くと、両手に持った千手紐を1度だけ捻ってみせました。
輪であった紐は、向き合う道とお犬の方の両手に掴まれたまま、その中心に捻る事で出来た交差が現れると、そこから無限大なちからを発し始めました。
「ではお犬の方様は、仁和寺のこの目の前に聳え立つ五重塔を強く想ってくださいませ」
「では饗庭殿は、弘法大師様が唐より持ち帰られた仏舎利が納められし、あの東寺の五重塔を」
ふたりは顔を見合わせて笑顔で深く頷くと、同時に真言を唱えました。
「オン バザラ ダ ラマ キリク ソワカ」
すると千手紐が虹色の光を強く発し始めたかと思うと、眩い光の輪が空に向かって浮かび上がり始めました。それと同時に五重塔の相輪からは、雷の如き強い稲光が四方八方に放ち始めたのでした。
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