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3章 真田家
88話~茫然自失~
しおりを挟むほどなくして、秀吉は朝鮮への出兵を宣言。
それは、自らの力を天下に轟かせる為でありましたが、逆に家臣達の不満を募らせる事に繋がっていきました。
大政所やねねの止める言葉も、もはや耳に届く事はなく、秀吉は何かに憑かれたかの様に、後ろは決して振り返る事なく猛進していったのでした。
そんな姿を、特に近くで見ていたのが甥の秀次でした。
出兵の為、九州の名護屋城に赴いていた秀吉に心配をさせない様にと、大政所の容体が悪化しても連絡する事はせず、様々な寺社に祈祷を依頼する日々か続きました。
しかし、その効果ももはや現れず……
大政所は危篤の状態となったのでした。
その報告を受けた秀次は、慌てて九州の秀吉に連絡をしました。驚いたのは秀吉です。
まさか、そんなに容体が悪化してると思いもしなかった秀吉は、慌てて帰京しましたが、死に目に会う事叶わず、大政所は聚楽第で静かに息を引き取ったのでした。
*
帰京した秀吉は、転がる様に聚楽第に駆け込みました。
そして、出迎えたねねや秀次の事は、視界に入らんとばかりに、鬼が如くカッと両目を見開くと一目散に大政所の元へと向かったのでした。
「母上!!!起きてくだせぇえ!母上ぇえ!!」
横たわる大政所の亡骸にしがみつき、何度も何度も秀吉は身体を揺らし続けました。
「お前様!しっかりなさいませ!!母上を、静かにもう眠らせてあげてくださいませ!!」
ねねは、秀吉の背後から抱きしめる様にしがみつくと、自らも大粒の涙を零しながら懇願し続けました。
秀吉はその瞬間、力が抜けたかの様にぺたりと座り込むと、流れ落ちる涙を拭う事もせず、天井をゆっくりと見上げました。
宙に様々な思い出の場面を映しながら、秀吉は虚ろな目でその景色を眼球で追い続け、そして暫くの後大きく息を吐き出しました。
「阿古様が居なくなってしもうたぁ………豊臣の味方だった阿古様が、天に召されてしもうたぁ……豊臣はもう終わりじゃ………」
秀吉は気が触れたかの様に、ぶつぶつと呟きながら立ち上がると、その瞬間崩れ落ちる様に意識を失って、その場に倒れてしまったのでした。
*
「秀吉様は、大政所様が亡くなった報せを受けて卒倒したらしいではないか」
「あぁ、その話は耳にした。なんともまぁ情けない事よ」
「それでなくとも、秀吉様に不満を募らせてる家も多いと聞くのに、あんなに母上好きなお方だったとはのう」
秀吉が倒れたという話は、あっという間に朝鮮出兵の拠点となっていた九州の名護屋城にも伝わり、皆々の中に不穏な空気が流れ始めていました。
「しかしまぁ、人という生き物は醜いものでございますな」
六郎は、そんな噂話にうんざりとしながら信繁に向かってそう愚痴をこぼしました。
「まぁそれが人というもの。そしてそれは不安の裏返しなのだろう」
「なるほど……それは殿の言う通りかもしれませぬな」
相変わらず穏やかで、そして視野の広い主君に感服しながら、六郎は手入れの終えた馬の手綱を信繁に渡しました。
「きっと……あの大政所様が、いわば豊臣の軸であったのだろう」
手渡された馬を優しく撫でながら、信繁は六郎にそう語りました。
「軸……にございますか?」
「今まで導いてきた存在が亡くなった、つまり道標を失ったのなら?卒倒してもおかしくはない」
「なるほど………では、これからの豊臣は一体?」
信繁は六郎の言葉を聞きながら、馬の鞍に颯爽とまたがると、馬上から笑顔でこう言いました。
「それは誰にもわからぬ」
*
「それで?なんで小助がここに?あたし、六郎に頼んだはずなんだけど」
道は、月明かりが差し込む夜更け、部屋に突如現れた小助に向かって、小さくそう囁きました。
「六郎は真田の殿の事で忙しいのだ。それで俺が来たまで」
「確かに、秀吉様の戯れで皆が振り回されてるものね。小助は?家康様や直政様の事で忙しくはないの?」
「俺は六郎や道みたいに、表の顔はないからな……裏の者ゆえ何とでもなる」
道はそんな小助の、幼き頃より変わらぬ頼りがいのある言葉に、穏やかな気持ちになりました。
そしてそれは、過酷な任務の日々の中において安らぎの一時(いっとき)でもありました。
「それで?障りの品は見つかったのかしら?」
道は早速、見つけて欲しいと頼んでいた障りの品の事を小助に尋ねました。
早世した茶々様の子、鶴松君。
その祝いの品の中に含まれていた、蒲生氏郷から贈られた、平将門絡みの呪いの刀。
亡くなった大政所との約束を果たす為にも、その刀を早く見つけ、しかるべき供養を施さねば……
道は、心のざわつきを感じながら急いていました。
「あぁ見つかった。これがその品だ」
小助は、紫色の柔らかな布に包まれた箱を取り出すと、道の前でその布の結びを解き始めました。
「これは、盗み出したの?無くなってるのが見つかったらどうするの?」
「偽物とすり替えてある。ぬかりはない」
小助は心配はいらぬという、悠々とした態度で布を取り去ると、箱の蓋に早速手をかけました。
「待って!小助………私達、呪われたりしないかしら」
「さぁそれはわからぬ。いかがする?」
道は小助の問いに黙り込むと、目の前の箱をじっと見つめ続けました。
「わかったわ。それも含めて全て、自分の目でちゃんと確かめてみる」
「あいわかった。これで呪われたとしても、俺も共に呪われるまで」
小助はにやりとそう言い放つと、勢いよく蓋を開け放ったのでした。
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