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3章 真田家
76話~衣~
しおりを挟む海津城に、六郎を伴い人質として送り込まれた源二郎は、その後すぐに、上杉の居城、越後の春日山城に呼び寄せられる事となりました。
春日山城は、あの義の武将、上杉謙信の山城で、その息子である景勝もまた、義に厚い武将でありました。
六郎は、源二郎の警護を勤めながら、熱い太陽が照りつける中、共に越後へと向かっておりました。
雲ひとつない晴天の中、馬上から春日山城の姿が見えてきた頃、源二郎は急に乗っていた馬から飛び降りると、道の脇に生えていた1本の大木に、紐で馬を繋ぎ始めました。
「どうなされたのですか、源二郎様!」
慌てながら六郎も馬から飛び降りると、自分もすぐさまその大木に、自分の馬を繋ぎ、源二郎の元へと駆け寄りました。
「ここからは、私はこの衣に着替えて、歩いて参ろう」
源二郎の手には、いつの間にか、質の悪い仕立ての着物が用意されていて、六郎が驚いてる間にさっさと着替えてしまいました。
「源二郎様、それは何ゆえに!?そんな身なりでは、家臣と勘違いされてしまいます!」
六郎があまりに突飛な行動に唖然としていると、源二郎はニコリと微笑んで、さっさと城に向かって歩き始めてしまいました。
「源二郎様!」
六郎は、大木に繋いだ馬を心配そうに振り返りながらも、源二郎の後を走って追いかけて行きました。
*
春日山城に付き、早速上杉景勝へのお目通りを願い出たふたり。
通された部屋で伏して待っていると、溢れんばかりな笑顔の武将が現れました。
「ようこそお出で下さいました!わたくしは、直江兼続と申しまする!殿が参られるまで、どうぞ寛いでお待ちください!」
そう言うと、兼続は人質への対面とは思えない、ざっくばらんな態度で、ふたりの前にどかっと腰をおろすと、顔をあげる様に促しました。
源二郎と六郎が、緊張しながら、恐る恐る顔をあげると、兼続は不思議そうな顔をし始めました。
「はて……源二郎殿はその…………」
兼続のその言葉で、六郎の顔に、途端に脂汗が滲み始めました。源二郎様のその身なりからして、きっと自分の方を源二郎と思ったに違いない。
この直江兼続という、上杉景勝の右腕はかなりな切れ者で、家臣達からも景勝は殿様、兼続は旦那様と呼ばれるほどに慕われていると、六郎は聞き及んでいました。
源二郎様も源二郎様だ。
こんな大事な対面に、そんな身なりでお目通りする等、無礼と思われても致し方あるまい。
もしかしたら、お手打ちにあってしまうかも。
そ、その時は………
六郎が、あわあわと青ざめながら声を発せずにいると、部屋に、無言で上杉景勝が入ってきました。
「殿!遅かったではございませぬか!こちらが真田源二郎殿と、その家臣殿にございまする」
源二郎と六郎は、再度その場にひれ伏すと、景勝は無言で、着座しました。
「殿が、よくぞ遠路はるばる参った!と、そう申されておる!」
兼続が笑顔でそう発すると、ふたりは更に頭を垂れました。
すると、景勝が兼続に目で何かを訴え始めました。
数秒の無言の目での会話を終えると、兼続は部屋を出ていき、今度は立派な着物と袴一式を手に現れました。
「これを、殿が源二郎様へと申されております」
衣一式を源二郎の前に置くと、兼続はまたその前にどかっと座りこみ、快活な笑顔を向けました、
「真田より人質として参りました、源二郎にございます。何故私が家臣ではないとお分かりに?」
源二郎は、顔をあげ真っ直ぐな瞳で景勝を見つめながら、静かに尋ねました。
「そんな事は、一目瞭然」
微動だにせず、口を開かない景勝に代わり兼続が、そう答えました。
何事もなく、事が進んだ事に安堵した六郎はほっと胸を撫で下ろしつつも、兼続のその言葉の意味が全くわからずにいました。
こちらに通されてから、ふたりは言葉を全く発しておらず、普通に考えれば、身なりが劣る源二郎を見て、こちらの人物が真田源二郎だと、見抜けるわけがなかったからです。
「わからないですか?うむ………」
兼続は、右手を顎に置いて、次の言葉を悩む素振りをしました。
「も!申し訳ございませぬ!わたくしは六郎と申しまする!」
六郎が慌てながら、名乗りが遅れた非礼を詫びると、兼続は気に全くしない素振りで、ハッハッハと大声で笑い始めました。
「では、六郎殿、作られた衣等、所詮は飾りと同じ物だと思われませぬか?」
「か、飾りにございますか?」
「本当の衣とは目に見えぬもの。そしてそれは身体から発せられ纏うもの。例えば、御仏の後光の様な」
「ご、後光………」
六郎は、目を白黒させながら、早速、源二郎の背後に、後光が見えるか目をこらしはじめた。
「そして恐らく、源二郎様は我々を試されたのでしょう?相当、学の深き方とお見受け致しました、天晴れ」
兼続は、心から嬉しいと言わんばかりな快活な声で、饒舌に語り続けました。
源二郎はそれを静かに聞きながら、何度も頷きました。
「お見それ致しました。全てその通りにございます。義の上杉、人をどの部分で見られるのかを見させて頂きたく、どうぞお許し下さいませ。そして想像以上でございました」
そう言うと、深々と頭を下げました。
「源二郎様を上杉の人質として迎えるつもりはございませぬ。今日から、あなた様は上杉家の客人、いや、家臣と同じ。この衣一式はその証にございます。さぁ別の部屋で宴の準備をさせております。その衣に袖を通されてから、一緒に今宵は呑みあかしましょうぞ!!と!景勝様がおっしゃられております」
すると、景勝が、無言でゆっくり頷いて見せました。
六郎は、直江兼続というこの重臣に、家臣の鑑を見ました。寡黙な上杉景勝にとって兼続は、心から信頼出来る重臣に違いない。
自分も、源二郎様にとってそんな存在となりたい
「この六郎、上杉と真田の為に忠義を尽くす所存でございまする!如何様な事も何なりとお申し付け下さいませ!」
気付けば六郎は、そう高らかに声を張っていました。
すると、
「期待しておるぞ」
そうポツリと、景勝が初めて言葉を発しました。
「と、殿が!!殿が初めての対面相手に自ら声をかけられるとは!!!六郎!お前は毘沙門天様に気に入られておるぞ!!」
兼続が、六郎の背中を何度も豪快に叩きながら喜ぶと、六郎は咳き込みながら苦笑いしたのでした。
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