忍者の子

なにわしぶ子

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2章 井伊家

65話~元服~

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本能寺の変の後、中国攻めの最中であった秀吉は、毛利とさっさと和議を結ぶとあり得ない早さで舞い戻ってきました。これが世に言う【中国大返し】です。

味方だと思っていた羽柴秀吉に、あっさり裏切られた明智光秀が山崎で討たれると、いよいよ秀吉が本格的に動き始めたのでした。







1582年11月


井伊万千代は、22歳と通例からはかなり遅くではありましたが、元服をする事となりました。


「井伊万千代改め、井伊兵部少輔直政。徳川の為、家康様の為、井伊の為、これからも精進して参る所存でございます」


すっかり立派になった直政の姿に、家康は目を細めました。14の頃より小姓として仕えてきた直政は、家康にとって既に、無くてはならない存在になっていました。


「直虎殿に一番見せたかったのう」


家康の言葉に、一瞬目に光る物を浮かべた直政でしたが、すぐに表情を引き締めると、深々と頭を下げ礼を述べ始めました。

「勿体無きお言葉にございます。これで母の死をやっと公にする事叶い、殿のお陰で、盛大に弔う事が出来ました」


元服するまで、死を隠す事


直虎の遺言を守り通した直政は、晴れて井伊直虎は今年の8月に亡くなったと公表。葬儀を終え、元服に臨んでいたのでした。


「直虎殿もこれで安心されておるであろう。ところで直政、そなたもこれからは戦に出る事も増えてゆく。そこで、武田の遺臣軍をそなたにつけようと思うておる」

「武田の……でございますか?」

「山県昌景の赤備え軍。そなたも知っておるだろう?」

「赤備え……忘れるわけがありませぬ!!」


直政は1572年、井伊谷を攻めてきた山県軍に龍潭寺を燃やされ、直虎達を浜松城に追いやった武田の事を、良くは思っていませんでした。


「直政、まだわからぬのか。山県は井伊の為に攻め入ったのだ。つまり、直虎殿の全て策だったという事だ」

「母上の!?」

「そして、信玄公の策でもある。病の中で、万が一の為のいくつもの手を残したのだ。つまり、当主とはそうあるべきもの、直政ここからはそなた自らが先人に習い、皆を導く立場にならねばならぬ、精進致せ」

「は、ははっ!」


直政は、表面でしか物事を見て来なかった己を恥じました。そして、改めて母を想いました。


母上の守ってきた井伊を、これからは自分が背負って導いていく


新たな決意に胸を焦がした井伊直政は、武田遺臣の赤備えを従え、その後【井伊の赤鬼】と、恐れられる様になっていったのでした。








「柴田勝家と合戦になりそうだ」


織田信長の次男、織田信雄(のぶ"かつ")は不満を露にしながら、身体全体で苛立ちを表現し始めました。
そしてその場には、本能寺で信長を討った千代丸の姿がありました。


「信雄様が、織田の跡取りとなったのではなかったのですか!?」

「清須で、父信長の孫である三法師が世継ぎと決まっていたのを秀吉が反古にしたからのう。そして、このわしを当主とした……それが勝家は余程気に入らぬのだ」

「さりとて、三法師様はまだ幼いではありませぬか、元々後見人であった信雄様が当主となるのは、筋が通っておりましょう?」


千代丸は、本能寺で信長の首を取った後、その亡骸を甲賀の忍びに託すと、策通りに織田信雄の元に身を寄せていました。それは、長の指示であり、そしてほとぼりが冷めた頃、徳川へ戻る手筈になっていたのでした。


「世に言う、仲間割れというものだ……」

「仲間割れ?勝家殿と秀吉殿にございますか?」

「遅かれ早かれこうなっていたのだ、いつか決着はつかねばならぬ事」

「つまり、勝家殿を滅ぼすと……」

「うむ、秀吉も家康もわしの味方についてくれておる。ただ、勝家には、市とその姫達がおる」

「浅井の姫様達でございますか」


その頃、柴田勝家は公にはお市の方と結婚していて、浅井三姉妹を北の庄城に迎えていました。
そしてそれは、裏側で秀吉と結んだ策であり、共謀して市を殺害した事が露見しない様、未婚であった勝家が引き受けたに過ぎませんでした。


「勝家もあの姫達を盾に、気を大きくしたのであろう。何とか小谷の時の様に救いだしたい所。このままでは恐らく、賤ヶ岳辺りで合戦となろう。千代丸、そなたの戦支度をしてある。これで共に参ろうではないか」

「わたくしが、戦場(いくさば)に!?」

「徳川殿から預かりしそなたも、ここで手柄のひとつでも取っておけば、戻る際の善き土産となろう」

「有り難き幸せ!謹んで信雄様の力となり、励みたいと思いまする!」


千代丸は幼き頃より勤しんだ、鳳来寺での修練の日々を振り返っていました。そして、それが活きる日が来た事が、嬉しくてたまりませんでした。


ここで手柄を立て、父上に喜んで頂くのだ……


新しい鎧兜に胸を踊らせた千代丸は、荒ぶる気持ちを抑える事にいっぱいっぱいになりながら、目を輝かせたのでした。




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