忍者の子

なにわしぶ子

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2章 井伊家

63話~籤~

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「能を舞う等、無茶にも程がある。切り殺されていたら、どうするつもりだったのだ……」


馬舎の藁の上に道を横たわらせた六郎は、井戸から水を汲んでくると手拭いを早速浸し、道の口にこびりついた血の痕を拭い始めました。


「痛ーーい!!!」


痛みで顔をしかめながら、目を覚ました道はその場に起き上がりました。


「信長は!?信長は何処!?あの野郎………」


憤る道の頭に、水で濡れた手拭いをパサリと載せた六郎は「いいから少し、頭を冷やせ」と呆れながら言うと、立ち上がりました。


「六郎、何処に行くのよ!」

「寺の様子を見てくる。道は怪我もしてるのだから、ここから絶対に動かない事、わかったね?」


六郎は道に念入りに釘を刺すと、摠見寺へと戻っていきました。


「何よ!これくらいの怪我……痛いっ!!」


道は起き上がろうとするも、身体中を激痛が走り思わずその場にうずくまってしまいました。


「信長の野郎……絶対に、あたしが木っ端微塵にしてやるんだから」


馬舎から見える安土城の天主閣を見上げながら、道は唇を噛み締め、睨み続けたのでした。








1582年5月20日


明日、安土城から出立する事になった家康の元に、膳を持った信長が現れました。


「これはこれは、信長殿自ら膳をお持ち頂けるとは……」


信長の予想外な行動に面食らいながら、家康が恐縮していると、信長は気にもせず家康の為に膳を置き、自らもその場に座り込みました。


「これしきの事お気になさらず。ところで明日はどちらへ?」

「穴山殿と堺の方へ、行ってみようかと思うております」

「では、小助はもう此方で預からせて頂く事に致しましょう」



そうして、家康、梅雪、万千代含む一行は小助を安土城へ置いて西へ出発すると、暫くの後、信長も仙千代(千代丸)を含む家臣達を連れて、京へ向かって出立したのでした。










1582年5月28日


信長の命で、秀吉の中国攻めの援軍として、まずは坂本城から京の亀山城に移った明智光秀は、戦勝祈願で有名な【愛宕神社】へとやってきていました。


「殿、秀吉からの書状が届いております」


家臣から文を受け取った光秀は、早速目を通し始めました。


文には、

~毛利と無事和議が結べた。我が(秀吉の)軍は直ぐに京へと戻り光秀と合流出来る。信長を討った後に合戦となろうと、勝機は此方にあり~

そう書かれていました。

「やっと、その時が来たのだ」

光秀はそう呟くと、愛宕神社の籤を引く事にしました。

この時代、戦の前の儀式をとても重んじていて、参拝はもとより、籤を引いたり歌会を催す事もよくありました。




家臣達の見守る中、籤を光秀が引きました。

結果は【凶】

それを見た光秀の顔は、みるみると鬼の様になっていきました。

「もう一度!」

再度引いた光秀の異様な空気に、家臣達は黙り込みただその姿を見守りました。

「もう一度!」「もう一度!」

凶しか出ない事に焦り出した光秀の額からは、いつしか脂汗が浮かび上がり始めていました。


(自らを魔王と呼ぶ信長は、神仏の敵であろう!何故それがわからぬのだ!!)


口には出せぬ言葉を心の中で叫びながら、光秀は再度籤を引きました。


「殿、結果は………」


恐る恐る……そして、その行動を止めようとするべく、そう尋ねた家臣の言葉にピクリと身体をひくつせた光秀は、手にした籤をただ、凝視していました。


「大吉であった………」


その言葉に歓声があがると、其々が喜び始めました。

「神仏は我々の味方ぞ!」「勝ち戦じゃ!」

そんな家臣達を眺めながら、光秀は手の中にある凶の籤を、無言で握り潰したのでした。



「ときは今あめが下知る五月哉」


その後、愛宕神社西坊での連歌の会で、明智光秀はこの歌を詠んだ後、信長へ一通の文を送りました。


~中国攻めはひとまず自分達に任せ、本能寺でお館様は待機をお願いしたい。織田信長公自ら京までやってきている、その事実が彼方に伝わるだけで十分であると考えている。
つきましては、本能寺で茶会を整えた。この茶会には島井宗室を呼んでいて、お館様が欲しがっていた、伝説の茶入れ「楢柴肩衝(ならしばかたつき)」を持ってくる様、手筈は整えてある~


そう、したためて……






1582年6月1日


光秀からの文で気を緩めた信長は、自慢の茶器と小姓達を連れて本能寺へと早速やってきました。

本能寺は信長の京での宿舎で、寺でありながら敷地も広く周囲には堀がめぐらされ城の様な構えをしている要塞でした。

光秀の整った準備に機嫌を良くした信長は、100にも満たない家臣達が守る中、招かれた客人達と茶会に囲碁と夜遅くまで興じていました。


夜も更けて―

客人達が帰って行くと、森蘭丸が床の準備が出来たと信長の元へとやってきました。


「うむ、善き1日であった」


酒に酔って千鳥足の信長が、蘭丸に抱えられる様に寝所へと姿を消すと、白の小袖姿の仙千代が現れました。


「では、少し見回りをしてきます」


そう他の小姓達に声をかけると、外へと静かに出ていったのでした。





    
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