63 / 94
2章 井伊家
63話~籤~
しおりを挟む「能を舞う等、無茶にも程がある。切り殺されていたら、どうするつもりだったのだ……」
馬舎の藁の上に道を横たわらせた六郎は、井戸から水を汲んでくると手拭いを早速浸し、道の口にこびりついた血の痕を拭い始めました。
「痛ーーい!!!」
痛みで顔をしかめながら、目を覚ました道はその場に起き上がりました。
「信長は!?信長は何処!?あの野郎………」
憤る道の頭に、水で濡れた手拭いをパサリと載せた六郎は「いいから少し、頭を冷やせ」と呆れながら言うと、立ち上がりました。
「六郎、何処に行くのよ!」
「寺の様子を見てくる。道は怪我もしてるのだから、ここから絶対に動かない事、わかったね?」
六郎は道に念入りに釘を刺すと、摠見寺へと戻っていきました。
「何よ!これくらいの怪我……痛いっ!!」
道は起き上がろうとするも、身体中を激痛が走り思わずその場にうずくまってしまいました。
「信長の野郎……絶対に、あたしが木っ端微塵にしてやるんだから」
馬舎から見える安土城の天主閣を見上げながら、道は唇を噛み締め、睨み続けたのでした。
*
1582年5月20日
明日、安土城から出立する事になった家康の元に、膳を持った信長が現れました。
「これはこれは、信長殿自ら膳をお持ち頂けるとは……」
信長の予想外な行動に面食らいながら、家康が恐縮していると、信長は気にもせず家康の為に膳を置き、自らもその場に座り込みました。
「これしきの事お気になさらず。ところで明日はどちらへ?」
「穴山殿と堺の方へ、行ってみようかと思うております」
「では、小助はもう此方で預からせて頂く事に致しましょう」
そうして、家康、梅雪、万千代含む一行は小助を安土城へ置いて西へ出発すると、暫くの後、信長も仙千代(千代丸)を含む家臣達を連れて、京へ向かって出立したのでした。
*
1582年5月28日
信長の命で、秀吉の中国攻めの援軍として、まずは坂本城から京の亀山城に移った明智光秀は、戦勝祈願で有名な【愛宕神社】へとやってきていました。
「殿、秀吉からの書状が届いております」
家臣から文を受け取った光秀は、早速目を通し始めました。
文には、
~毛利と無事和議が結べた。我が(秀吉の)軍は直ぐに京へと戻り光秀と合流出来る。信長を討った後に合戦となろうと、勝機は此方にあり~
そう書かれていました。
「やっと、その時が来たのだ」
光秀はそう呟くと、愛宕神社の籤を引く事にしました。
この時代、戦の前の儀式をとても重んじていて、参拝はもとより、籤を引いたり歌会を催す事もよくありました。
家臣達の見守る中、籤を光秀が引きました。
結果は【凶】
それを見た光秀の顔は、みるみると鬼の様になっていきました。
「もう一度!」
再度引いた光秀の異様な空気に、家臣達は黙り込みただその姿を見守りました。
「もう一度!」「もう一度!」
凶しか出ない事に焦り出した光秀の額からは、いつしか脂汗が浮かび上がり始めていました。
(自らを魔王と呼ぶ信長は、神仏の敵であろう!何故それがわからぬのだ!!)
口には出せぬ言葉を心の中で叫びながら、光秀は再度籤を引きました。
「殿、結果は………」
恐る恐る……そして、その行動を止めようとするべく、そう尋ねた家臣の言葉にピクリと身体をひくつせた光秀は、手にした籤をただ、凝視していました。
「大吉であった………」
その言葉に歓声があがると、其々が喜び始めました。
「神仏は我々の味方ぞ!」「勝ち戦じゃ!」
そんな家臣達を眺めながら、光秀は手の中にある凶の籤を、無言で握り潰したのでした。
「ときは今あめが下知る五月哉」
その後、愛宕神社西坊での連歌の会で、明智光秀はこの歌を詠んだ後、信長へ一通の文を送りました。
~中国攻めはひとまず自分達に任せ、本能寺でお館様は待機をお願いしたい。織田信長公自ら京までやってきている、その事実が彼方に伝わるだけで十分であると考えている。
つきましては、本能寺で茶会を整えた。この茶会には島井宗室を呼んでいて、お館様が欲しがっていた、伝説の茶入れ「楢柴肩衝(ならしばかたつき)」を持ってくる様、手筈は整えてある~
そう、したためて……
*
1582年6月1日
光秀からの文で気を緩めた信長は、自慢の茶器と小姓達を連れて本能寺へと早速やってきました。
本能寺は信長の京での宿舎で、寺でありながら敷地も広く周囲には堀がめぐらされ城の様な構えをしている要塞でした。
光秀の整った準備に機嫌を良くした信長は、100にも満たない家臣達が守る中、招かれた客人達と茶会に囲碁と夜遅くまで興じていました。
夜も更けて―
客人達が帰って行くと、森蘭丸が床の準備が出来たと信長の元へとやってきました。
「うむ、善き1日であった」
酒に酔って千鳥足の信長が、蘭丸に抱えられる様に寝所へと姿を消すと、白の小袖姿の仙千代が現れました。
「では、少し見回りをしてきます」
そう他の小姓達に声をかけると、外へと静かに出ていったのでした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
戯作者になりたい ――物書き若様辻蔵之介覚え書――
加賀美優
歴史・時代
小普請の辻蔵之介は戯作者を目指しているが、どうもうまくいかない。持ち込んでも、書肆に断られてしまう。役目もなく苦しい立場に置かれた蔵之介は、友人の紹介で、町の騒動を解決していくのであるが、それが意外な大事件につながっていく。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
明日の海
山本五十六の孫
歴史・時代
4月7日、天一号作戦の下、大和は坊ノ岬沖海戦を行う。多数の爆撃や魚雷が大和を襲う。そして、一発の爆弾が弾薬庫に被弾し、大和は乗組員と共に轟沈する、はずだった。しかし大和は2015年、戦後70年の世へとタイムスリップしてしまう。大和は現代の艦艇、航空機、そして日本国に翻弄される。そしてそんな中、中国が尖閣諸島への攻撃を行い、その動乱に艦長の江熊たちと共に大和も巻き込まれていく。
世界最大の戦艦と呼ばれた戦艦と、艦長江熊をはじめとした乗組員が現代と戦う、逆ジパング的なストーリー←これを言って良かったのか
主な登場人物
艦長 江熊 副長兼砲雷長 尾崎 船務長 須田 航海長 嶋田 機関長 池田
竜頭
神光寺かをり
歴史・時代
幕末の信州上田藩。
藤井松平家の下級藩士・芦田家に、柔太郎と清次郎の兄弟が居た。
兄・柔太郎は儒学を学ぶため昌平黌へ、弟・清次郎は数学を学ぶため瑪得瑪弟加塾へ、それぞれ江戸遊学をした。
嘉永6年(1853年)、兄弟は十日の休暇をとって、浦賀まで「黒船の大きさを測定する」ための旅に出る。
品川宿で待ち合わせをした兄弟であったが、弟・清次郎は約束の時間までにはやってこなかった。
時は経ち――。
兄・柔太郎は学問を終えて帰郷し、藩校で教鞭を執るようになった。
遅れて一時帰郷した清次郎だったが、藩命による出仕を拒み、遊学の延長を望んでいた。
----------
神童、数学者、翻訳家、兵学者、政治思想家、そして『人斬り半次郎』の犠牲者、赤松小三郎。
彼の懐にはある物が残されていた。
幕末期の兵学者・赤松小三郎先生と、その実兄で儒者の芦田柔太郎のお話。
※この作品は史実を元にしたフィクションです。
※時系列・人物の性格などは、史実と違う部分があります。
【ゆっくりのんびり更新中】
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる