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2章 井伊家
49話~鳳来寺で~
しおりを挟む直虎は兄弟子達と共に、鳳来寺の山道をゆっくりと登っていました。
錫杖の音色が、木々に跳ね返るのを耳で感じながら、乱世の世とはあまりにも違うこの異世界な空間は、奥に行けば行く程に深みを増していくのでした。
「休まずとも大丈夫か、次郎よ」
立場が色々変われど、兄弟子達は幼き頃より直虎の事は、同じ修行をした仲間として、次郎法師として接し、見守ってくれていました。
「まだまだ大丈夫!蛇も仕留めてみせまする!」
直虎の威勢のよい声に兄弟子達は笑い声をあげると、また本堂に向かって登り始めたのでした。
*
「お待ちしておりました。お疲れになったでしょう?さぁ此方へ」
笑顔で出迎えた住職は、直虎一行を休ませるべく、早速"坊"へと案内し始めました。
「その前に!」
直虎は、歩き始めた住職の背中に向かって声をかけました。
「虎松と千代丸に、会いたいのですが……」
住職は振り返ると、微笑みながら此方へ引き返してきました。
「では皆々様は、ここを真っ直ぐ進んだ坊でお休み下さいませ。直虎様は本堂へ、ふたりは今座禅の修行中なのです」
「ふたりで座禅を?」
直虎は目頭が熱くなるのを感じながら、久しぶりにふたりに会える事に、胸を高鳴らせていました。
*
本堂に着いた直虎は、懐かしさで胸をいっぱいにしながら、辺りを見渡しました。
「直虎様、実はもうすぐ此方に、お市の方様が到着する事になっているのです。着いたらこの本堂に案内致しますゆえ、久々の時をごゆるりとお過ごし下さいませ」
「市が??そうか、きっと阿古様が……」
直虎が胸を詰まらせていると、住職は本堂の戸をそっと開き、中へ入る様に促したのでした。
*
立派な本堂には御本尊が鎮座し、その前で虎松と千代丸が座禅を組んで目を閉じていました。
自然音以外は何もない静かな空間で、目を閉じ、意識を集中させているふたりを見て、直虎は言葉にならない気持ちでいっぱいになりました。
そして、虎松と千代丸の前にゆっくりと座ると、交互にふたりの顔を見つめたのでした。
「虎松、千代丸」
突如声をかけられたふたりは、閉じていた目を開き、その声の主を確認しました。
「は、母上!」
「母様!!」
虎松と千代丸は口をあんぐりとさせて驚くばかりでした。
「久しぶりじゃのう虎松」
直虎は、笑顔を虎松に向けて近づくと、両手を固く握りしめました。
虎松は、突然の事に面食らいながらも、緊張の糸が切れたかの様に、大粒の涙をこぼしはじめました。
「は、母上……うっ……は、母上ぇ……」
「あらあら、これはどうした事か」
直虎は困りながらも嬉しそうに、懐から紙を取り出し、虎松の涙を拭い始めたのでした。
そして、そのふたりの姿を千代丸は黙って、羨ましい気持ちを隠しながら見守っていました。
「千代丸も、また少し背が伸びたようじゃ」
直虎は少し落ち着いてきた虎松に気をかけつつ、千代丸にそう声をかけました。
「はい!母様お久しぶりにございます!」
「おぉなんと力強き声。さすが家康殿の自慢の子、将来が本当に楽しみじゃ」
直虎はそう満足そうに目を細めると、千代丸の頭を優しく撫でたのでした。
「母上、今日はどうされたのですか?まさか井伊に何かあったのですか?」
泣き止んだ虎松は、次にいきなり現れた直虎の登場に不安を募らせました。
「虎松は何も心配せずともよい。井伊の跡継ぎは虎松、そなたしかおらぬ。身体を大事にし、日々稽古に励むのじゃぞ?」
「井伊の為にこの虎松、千代丸と毎日進んで稽古をしておりまする!なぁ、千代丸!」
虎松にいきなり笑顔を向けられた千代丸は、一瞬、稽古中に愚痴を溢す虎松の姿が浮かびましたが、頭をぶるぶると大きく振って、その映像を消し去ると「はい!」と元気に返事をしたのでした。
「千代丸、そなたも隠されて育てられてはいるが、それも全て徳川の為。家康様を、父上を信じていればよい。ところで、あそこで眠る姫様は一体………」
直虎は、仏様の前で眠る童に目をやると、ふたりに尋ねました。
「秀子にございます母上、住職様から面倒を見る様にと、最近はずっと共に過ごしているのです」
「秀子?」
直虎は立ち上がると数珠を取り出し、御本尊の前で眠る秀子の傍に座りました。
「まさか………阿古様が申していたのは、この子の事か………」
直虎は眠り続ける秀子の頬に優しく触れると、御本尊を見上げ、手をあわせ始めたのでした。
「失礼致します」
すると、女性の声が外から聞こえたかと思うと、本堂の戸が開かれていきました。
直虎は拝む手をおろし振り返ると、虎松と千代丸も戸の方へ顔を向けたのでした。
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