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2章 井伊家
42話~縁~
しおりを挟む松岡家より帰宅した直虎は、龍潭寺で御本尊に向かって、静かに手を合わせていました。
「長旅疲れたであろう」
振り返ると政次が立っていて、直虎に歩みよると自分も手を合わせ始めました。
ひとしきり手を合わせた後、政次が口を開きました。
「して、実りはあったか?」
「武田信玄公に会うてきた……」
「そうか……」
「驚かぬのか!?私など、心の臓が飛び出すかと思うたのに!政次は喜怒哀楽を何処かにきっと落としてきたのじゃ!」
「殿がそもそも、喜怒哀楽をすぐ顔に出しすぎなのだ。で、どの様な話を?」
直虎は、信玄から顔に書いてると言われた事を思い返しながら、起きた色々を語り始めました。政次もその言葉にただ、静かに聞きいっていました。
「そうこうしてお茶を頂いた後、信玄公に連れられて、散策に行ったのだ」
「なるほど、それで?」
促されるまま直虎は、散策の出来事を政次に語り始めたのでした。
*
松岡城から馬に乗った信玄と直虎は、小高い丘にやって来ると、木に馬を縛り、辺りを歩き始めました。
川の生かし方、田畑の構造、お金の回し方、信玄の話は多岐に渡り、直虎は初めて聞く話ばかりで、新鮮な心持ちなりました。
「ところで、直虎殿は領地の事をいかにお考えかな?」
丘の高い位置から、松岡の領地を眺めながら
信玄公は、直虎に問いかけました。
「民が健やかに過ごせたらと願うております」
「甘いな……」
「甘い???」
「それでは民が不憫」
「いくらなんでも、それはさすがに…」
直虎は少しむっとしながらも、言い返す言葉を
飲み込みました。すると信玄は目の前の景色に向かって、右手をゆっくりと指し示しました。
「さぁ、目の前をよく見なされ」
「はい……」
「今、どのような心持ちかな?」
「とても……清々しい心持ちにございます」
「民は、そんな主君の姿に健やかになるもの」
「…………」
「つまり?」
「すべては、私の心持ち次第だと……?」
「ハッハッハッハッ、これは、少し言い過ぎましたかな。」
「いえ………」
「世の太平を望む者同士、これからもよしなに」
「は、はい……。有り難きお言葉にございます」
直虎は深々と頭をさげる再現をすると、「まぁこんな感じじゃ」と政次に向かって言いました。
「なるほど、それは善き法縁の繋がりを頂けましたな」
「さすが武田じゃ……虎松の事をまずは一番に考えねばと改めて思うた、行って良かったと思うておる。あと、万が一、私が病などで早くに亡くなった時は、ひたすらに隠せとも仰せられていた」
「隠す?」
「虎松が一人立ちするまではと、それが井伊家を守る為だと」
「なるほど……さすが切れ者でございますな」
政次は何回も頷きながら感心した後、懐から家系図の書かれた紙を取り出し、直虎の前へとひろげました。
「これは、徳川の?」
「そう、家康殿に、子が生まれたそうじゃ」
「築山殿にまたお子が?何とめでたい!」
政次は、ため息をひとつつき扇子で書かれた文字を指し示しました。
「見たらわかるであろう。家康殿の侍女で側室、この者に子が出来、生まれたらしい。男子(おのこ)だそうだ」
「そうか………築山殿にすると面白くない話ではあれ、跡継ぎになれる男子は多い方が家にとってはよい話ではないか。それに、そんな話をここでするは、また今川にいつ言い掛かりつけられるか………」
直虎は、辺りを警戒しながら声を潜めました。
「それが、徳川に生まれし男子は双子だったらしいのだ」
「双子!?」
直虎は思わず大きな声をあげると、慌てて両手で口を塞ぎました。この時代の双子は忌み嫌われ、あまり良いとは言われていなかったからでした。
「その双子は、於義伊様、千代丸様と名付けられたのだが、どちらも隠し育てるつもりとの事。於義伊様は時を見て徳川の子として公にするらしいが、問題は千代丸様なのだ」
「双子の片割れは、養子に出したり出家させたり、殺したりもあると聞く。その様な酷い事はさすがに………」
直虎は顔を曇らせるも、何故その様な話を政次がしてくるのかが気になり始めていました。
あれほど、徳川との間柄に慎重だった政次からこんな話が出てくるのは、違和感しかありません。
「家康様より、殿にお願いの文が留守中に届いたのだ、この千代丸君を隠し育てて欲しいと、いずれ影武者として徳川に迎えるおつもりらしい」
「徳川の子を?井伊がか?」
「今川の状況を見ても、主はそうであれ、水面下で色々と繋がりを持っていて損はない。寧ろ、今回の武田信玄公とのご縁しかり、あった方がいい」
「虎松の話し相手になってくれる兄弟の様な子が出来るは、確かにありがたき事だが……」
「それに、家康に恩を売っておけば、虎松様を鳳来寺に匿う事も出来まする、今川に知られし松源寺より更に安心かと。いざという時の道は確保しておく方がいい」
「鳳来寺か………」
直虎は、懐かしき鳳来寺を思い出しながら
色々と巡る思考の渦の中で、これから起こる色々に想いを馳せたのでした。
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