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2章 井伊家
40話~松岡城~
しおりを挟む「これはこれは、お待ち致しておりました」
松源寺についた井伊直虎一行は、住職から早速中へ通されると、手厚くもてなされました。
「直親が幼少より受けたご恩に対し、御礼が遅れました事、本当に申し訳ございませぬ」
直虎は早速、直親の受けた様々な恩に対して
深く礼を伝えました。
「亀之丞、あぁついつい未だにそう呼んでしまうのです………、直親殿の事、本当に残念でなりませぬ。毎日、手を合わせているのですよ」
「直親にとって、信州は第二の故郷だと申しておりました。私もここには一度訪れたいと想うておりました」
「私も是非、直虎様にはお会いしたいとおもうておりました。虎松様の事も心配でございましょう。此方でお役に立てる事あらば、いつでも力をお貸し致しましょう」
「有り難き事にございます。虎松だけは、守らねばと、直親様の様にするわけにはいかぬと………」
直虎は下唇を振るわせながら、声をうわずらせました。
ここに来て良かった……
直親を助け、育ててくれたこの場所ならば、虎松はきっと守られ、健やかに育つに違いない……
「そうそう……もしよろしければ、今から松岡城へ行かれませんか?我が主(あるじ)にも是非お会いして頂きたい」
「勿論でございます!松岡家の皆様にも是非、お礼をと想うておりました、この直虎、何処にでも馳せ参じまする!」
「それは良かった。では、思い立ったが吉日。今から早速参りましょう、今日は確か、松岡城に珍しい客人がお越しになってると耳にしたもので」
「珍しい……客人?」
「えぇ」
住職は満面の笑顔で、そう応えたのでした。
*
松源寺から少し下ると、東に天竜川を望む、連郭式の松岡城が見えてきました。
「ここが、松岡城……」
直虎は、立派な城に見入りながら
招かれるまま、中へと入って行きました。
案内された部屋からは、枯山水の庭が望め
穏やかなそよ風が吹き、心地よい空間を造り出していました。
直親様も、何度かここにも来られた事が
あったのだろうか………
直虎は空間に、直親の過去の気配を求め
改めて、直親の供養の為にもここに来て良かったと
そう思いました。
「松岡家当主、松岡頼貞。松源寺住職の兄でございます。直虎殿、遠路はるばるよくぞ参られた」
頼貞は朗らかに笑いながら部屋へ入ってくると、早速
笛を差し出しました。
「井伊直虎にございます、直親に対する様々なご恩、そのお礼のご挨拶に参りました。こ、この笛は……」
「亀之丞の笛です。幼き頃より、笛が好きな子で暇あらば吹いておりました。これは是非、井伊にお持ち帰り下さい」
「有り難うございます。大事に持ち帰らせて頂きます」
直虎は両手で笛を受け取ると、泣きそうになるのを堪えながら、強く握りしめました。
「直虎殿、折角お越し頂いた所申し訳ないのだが、今から少し先約があり、ここにとある方がやってくるのです」
「そ、そうでございましたか!お時間を頂き申し訳ありませんでした、では、私はこれにて……」
直虎は慌てて笛をしまい込むと、直ぐ様立ちあがろうとしました。すると、松源寺住職がそれを制するかの様に、直虎に静かに言葉を投げ掛けてきました。
「直虎殿、とある方がどなたか……気にはなりませぬか?」
「気になる……?いや………そう言われると、気にはなりますが、お邪魔をするわけには……」
「例えば、今からここに甲斐の武田信玄公が来ると聞いたら、直虎殿は如何される」
住職は、禅問答をするかの様に直虎に問いました。
甲斐の武田が……?
今から、ここに?
直虎は突然の事に頭が真っ白になりながら
暫し黙り込んだあと、心にひとつの答えを見つけた顔をして、住職の方を見ました。
「それは勿論、松岡家の主である武田信玄公にも一度、ご挨拶を申し上げたい所。お邪魔でなければ………」
その言葉を聞いた住職は、頼貞の方を見て無言で頷くと、頼貞もまた無言で頷き、「暫しここでお待ち下さいませ」の言葉を残し、2人とも出ていってしまったのでした。
私はとんでもない事を言ってしまったのだろうか
けれど、あの甲斐の武田信玄と直接会える等
きっとこの機を逃すと無いに違いない
それに、当主の人となりというものを知りたい
家の為に、何をすべきか、何を学ぶべきか
当主である人から吸収をしたい
次々と沸き起こる好奇心の渦に飲み込まれながら
直虎は、緊張感を楽しいとすら感じ始めていました。
ふと、視線をやった枯山水の庭には
揚羽蝶が飛び、灯篭の上に止まると羽を休ませ始めたのでした。
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