忍者の子

なにわしぶ子

文字の大きさ
上 下
30 / 94
1章 浅井家

30話~展開~

しおりを挟む


「きっと、耳に入ったのであろう。八王子山の結界を解いた事、そろそろと想うておった」


小野殿は、そう言うと無言で秀吉を見つめました。秀吉は、操られる様に小刀で小野殿が縛られている紐を切ると、そのままその小刀を手渡しました。



「阿古様、お止めなさい」


光秀は顔を強ばらせ、小刀を渡す様に手を差し出しました。


「さしずめ、比叡山の生き残りの僧兵に、私の指を八王子山に埋めると、結界が再度出来るとでも聞いたのであろう。あんな酷い焼き討ちをしておきながら、祟りは恐れるとはあまりに滑稽!」


小野殿はそう叫ぶと、指に刃を当て一気に力をこめたのでした。

切り落とされた指は踊る様に宙を舞うと、切り口からは血渋きが吹き出し、みるみるそこに血溜まりを構築しました。



「今すぐ酒と布を持って参れ……」


光秀は、顔をしかめながら家臣にそう言うと背を向け、一方の秀吉は慌てて駆け寄り、自分の着物の袂で、小野殿の左手を包み込みました。


「お館様の命とはいえ、私は女がこんな目に合遭うのはやはり見てられない……」


小野殿は秀吉の意外な言葉に驚きながらも、襲いかかる指の痛みに必死で耐え忍びました。


すると、右手に酒、左手に布を持った、先程の家臣とは別の、小姓が現れました。


「お館様の命で参りました、仙千代にございます。これはこれは……秀吉様のお召しかえも早速用意致しましょう。あとは、この仙千代にお任せ下さいませ」


仙千代は手際よく小野殿の傷口を酒で洗い、止血するべく、指を強く縛り始めました。


「この指1本を、お館様はご所望なのか……」


光秀は、戦場以外での血の匂いが余程嫌いらしく、小野殿の方は見ずに仙千代に尋ねました。


「僧侶の元に、良いと言われるまで1本ずつ運べとの由にございます。お館様らしいといいますか何といいますか」


仙千代は笑顔で楽しげにそう語ると、落ちていた指を拾って布に包み、懐に忍ばせたのでした。


「今日、最期に立ち会う気で参ったが………これでは先延ばしになりそうですな。阿古様から預りし毛髪は、この十兵衛が万福丸様の毛髪と共に、茶々姫様に届けますゆえ、ではこれにて」


「最期の情け、感謝致します」


光秀はその返事を聞くと、深々と頭を下げる小野殿の事は見る事なく、そのまま立ち去っていったのでした。








「ところで仙千代殿。その僧侶とやらは何処にいらっしゃるのです?」

仙千代から用意された召し物に着替えながら、秀吉は気になっていた事を尋ねました。


「西明寺にございます。そこから比叡山まで参り結界をどうとか?小姓が交代で早馬でこちらに参りはしますが、時間はかなりかかりそうですね、では………」


仙千代は一礼すると、指を大事そうにしながら西明寺へ向かい旅立っていきました。






「阿古様は忍びに通じておられるのですよね?私は何せ百姓の出、そんな繋がりは皆無なのです」


誰も居なくなった中、秀吉は小野殿に向かって語り始めました。


「尼子の忍びの繋がりはもう途絶えております、六角での甲賀の繋がりは少しはあれど、それも心から信用が出来る代物かと言うと、何とも………」


「それでも!!」


秀吉は熱を込めて、小野殿の前に立ちはだかりました。



「そ、それでも………それは宝としか言い様がありませぬ。。阿古様、そのおちからを、この秀吉にお貸し頂けませぬか!?百姓あがりゆえ、光秀に、つい口車に、まんまと乗せられてしまったのです。

お市様の亡骸も秘密裏に弔いましょう、万福丸様は気の毒な事でございましたが……姫様達は、命をかけて守る事を誓いましょう」


小野殿は思いがけない言葉に、驚きながら色々を思い巡らせました。


「私の言う事を全て聞き届けると、そう誓ってくれるのなら、そして……」


「浅井の血を後世に残すと約束するなら?ですかね?この秀吉の後ろ楯になってくださるならば、茶々姫様を室に迎え、必ず大事にすると約束致しましょう」


「室に………」


小野殿は指の痛みも忘れ、次々と溢れ出る策を脳内で整えながら、三姉妹の顔を思い浮かべていました。



「あの姉妹を守る為ならば、生きて、生きて、生き延びてみせよう。
そして、一度は死んだこの命。
浅井の血を残す事に、それだけの為に、この命を生かしてみせよう」



小野殿は静かに目を閉じ、そこで手を合わせ始めました。



「秀吉殿が天下統一が出来る様、全てちからを注ぐと約束を致しましょう、神仏に味方になって頂ける様、お願いをする事に致しましょう」



「なんと有り難き幸せ!!早速、西明寺に参り僧侶をたらしこみ、指を落とさせない様に道を整えて参ります。あぁ阿古様が処刑されたと虚偽の報告の為の死体も用意せねば……忙しくなって参りましたなぁ!!」


秀吉は嬉しそうに満面の笑顔で、微笑むと猿らしく俊敏に、気づくと西明寺へ向かって走り出しておりました。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ
歴史・時代
唐から帰ってきた空海が、坂上田村麻呂とともに不可解な出来事を解決していく短編小説。

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

逸撰隊血風録~安永阿弥陀の乱~

筑前助広
歴史・時代
江戸時代、安永年間。 時の老中・田沼意次と松平武元によって設立された、老中直属の秘密武装警察・逸撰隊。 武力を行使する事も厭わない組織の性格上、〔人斬り隊〕とも揶揄される部隊でも、最精鋭と呼ばれる一番組を率いる明楽紅子は、日々江戸に巣食う悪党を追っていた。 そんなある日、紅子は夫を殺した殺人宗教集団・羅刹道の手がかりを得る。再び燃え上がる復讐心が、江戸を揺るがす大きな騒乱に繋がっていく。 警察小説のスピード感と時代小説を融合させた、ネオ時代小説! 時代小説は自由でいいんだ!という思想に基づいて描く、女主人公最強活劇!

和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ
歴史・時代
侍がマゲを結い、峠の茶店には娘がいて―― 山道に山賊が、街に人斬りが出るような時代と場所。 少女サヤとその付き人イオリがとある目的のために旅をします。 話しはいたって簡単。 少女サヤがとある想い人のために、探し物をし、ついでに悪い奴らを殴り飛ばす。 イオリはご飯を食べて鼻の下を伸ばす。 本作品は完成済、71,000字程度です。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

処理中です...