忍者の子

なにわしぶ子

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1章 浅井家

25話~別れ~

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小野殿が家臣に案内されながら、小谷城の裏手を進むと、かがり火の中、鎧兜に身を包んだひとりの武将が待ち構えておりました。それを見た小野殿は、安堵の表情を浮かべ、家臣に突き付けていた刀を下げたのでした。


「明智様……小野殿をお連れ致しました」

「ご苦労であった、下がってよい」

「ははっ!」


光秀は早速家臣の人払いをすると、小野殿の正面に向き合い、右手を差し出しました。


「もう大丈夫。さぁその刀は此方に」


小野殿は、促されるまま刀を光秀に手渡すと、かすかにふたりの指と指が触れ合いました。


「そんな………」


その瞬間、小野殿の顔つきがみるみる変わっていきました。


「これは……つまり、罠か………」


小野殿は、全てを理解したと言う顔をすると、光秀を睨みつけました。


「これはこれは、阿古様ともあろうお方が、見通しを見誤るとは……笑い話にもなりませぬ」


光秀はこれは愉快と言わんばかりの顔をして微笑むと、小谷城をゆっくりと見上げました。


「そろそろか………」


その言葉を聞くや否や、小野殿は絶望で顔を歪めたかと思うと「市に、市に何をするというのじゃ!!」と叫び始め、身体は小谷城に向かって駆け出していました。


「阿古様、そうは参りませぬ」


光秀はすばやくその動きを遮ると、瞬時に両手両足を縛りあげ、拘束したのでした。


「読心とはさすが阿古様は侮れない、しかしながらあなた様は少し……色々を知りすぎた……」


睨み続ける小野殿の視線に、不適な笑みを浮かべた光秀はそう囁きました。


「明智様は、市の母である帰蝶様の従兄弟ではありませぬか!帰蝶様とは幼き頃より想いあっていたのだと、信長さえ割って入らねば、夫婦になっていたのだと、そう申されていたではありませぬか!」


小野殿は髪を振り乱し、光秀に食ってかかりました。それは、魂の叫びにすら感じられ、真っ暗な闇を切り裂く音色を帯びていました。


「勿論、事前に用意した市の影武者を身代わりとし、長政と共に自害させ、帰蝶の忘れ形見であるお市様を、万福丸と共にこの十兵衛が引き受けるつもりであった」


「では、何故!!!」


「その理由は、阿古様が一番おわかりのはずでは?」


ふたりは暫くの沈黙の中、お互いの本心を探り合うかの様に睨み合いました。


「なるほど……そういう事か………そなたも即ち、魂を鬼に売ったか」


「人聞きの悪い事を。亡き帰蝶を今も想うてるは本心。ただ、風向きが変わった」


光秀はそう言うと、小野殿を右足で蹴りあげ、華奢なその身体は土埃を巻き上げながら、崩れる様に倒れたのでした。

「今すぐ、信長様の元へ連れて行って参れ!!」

家臣を呼びつけた光秀は、小野殿を信長の元へ差し出したのでした。






小丸が堕ち、父・久政が自害した事を知らされた長政は早速、市と子供達を織田に引き渡す事にしました。



「織田より、柴田勝家様がお越しになられました」


家臣の案内で、隔離されていた市と娘達の所に現れた柴田勝家は、信長の重臣で、髭を蓄えた恰幅のいい大男でした。


「お市様、お久しぶりにございます」

「勝家殿自ら、お越し頂けるとは……」


勝家の顔を見た途端、市の身体を冷たい何かが駆け巡りました。そしてその昔、織田の家臣達から癖の事で言われた色々を、思い出さずにはいられませんでした。


戻った所でまた、自分の事を奇異な目でしか見なかった、家臣達との溝が埋まる事はないだろう。されど、娘達を守らなければ……そして、浅井の血をこの市が守らねば……



「どうか、宜しくお願い致します」


市はすやすやと寝息をたてて眠る江を抱きながら、深々と勝家に頭を下げると、茶々と初は表情を強ばらせながら、市の後ろに隠れてしまいました。


「お市様、姫君は此方の侍女にお任せくださいませ。そのまま姫様だけ先に実西庵にお連れせよと、信長様の命にございます」


「兄上が……」


すると、目の前に若い侍女がやってきました。


「阿久にございます。姫様の事は、お任せ下さいませ」


侍女はそう言うと、早速市から江を奪う様に抱きかかえたかと思うと、自分に着いてくる様、茶々と初に声をかけました。


「待って下さい!では、わたくしは一体何処へ連れていかれるのです」

「お市様は勿論、まずはお館様の本陣でお目通り願います。お館様が首を長くして待っておられますから」


豪快に笑顔を振り撒く勝家に、不信感を募らせながらも市は、その想いを飲み込みました。

「わかりました……では、兄上の元へ参りましょう」

市は納得すると、茶々の傍にやってきました。


「茶々、初と江を暫し頼みました」

「母上もすぐいらっしゃいますよね?」

茶々は今にも泣き出しそうになるのをこらえる様に、下唇を強く噛みしめながら、母の瞳を見つめました。


「あぁ………すぐ参る。心配はいらぬ」


市は優しく微笑みかけると、茶々はこくりと頷き初の手をしっかりと握りしめました。
その幼き長女の姿は、誰が見ても凛としていて、浅井の姫としての貫禄が滲み出ていました。

そして、急かす侍女に促されると、浅井の三姉妹は城の外へ連れ出されて行ったのでした。


「では、お市様。我々はお館様の元へ参りましょう」


勝家は市にそう声をかけると、身体を反転させて市の少し前を先導するべく、歩き始めました。


そして、歩みを進める度に勝家の顔は、どんどん鬼の形相へと、変わっていったのでした。



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