忍者の子

なにわしぶ子

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1章 浅井家

23話~夢見~

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1573年


市はその日、大きなお腹を抱えながら、小谷城の麓の徳昌寺に降りて、咲きほこる花々を娘達と摘んでいました。

小谷城の山の谷間にあった色々は、織田勢によって焼きはらわれ、建物といえばこの残った徳昌寺と、刀や槍先を作る為に再興された鍛冶の棟くらい、もはや昔の面影はありませんでした。


「茶々、初、この花の何と美しい事てありましょう。灰となった土地から芽吹いたとは思えない、この凛とした佇まい。そなた達も、これから何があったとしても凛とした生き方を忘れてはいけませぬ」


「はい!ははうえ!」


茶々と初は元気に返事をすると、その花々の甘い香りを、目を閉じながら思い切り吸い込んだのでした。


「市!」


市が慌てて声のする方に目をやると、尼僧姿の直虎が徳昌寺の中から、此方を伺っていました。

市は驚きのあまり、大きな声で名前を呼びそうになるのをぐっとこらえると、周囲を見渡しながら、茶々と初の手をひき徳昌寺の中へと入っていきました。


「母様……どうされたのです………小谷にやってくるなど、無鉄砲にもほどがあります」

市は戸を全て閉めて、四方八方を警戒した後、茶々と初を、直虎の前へと座らせました。


「茶々にございます!そしてこちらが、初にございます!」

「ございます!」


茶々は元気よく挨拶をすると、綺麗な所作でお辞儀をし、初もその姿を幼いながらに真似てみせました。


「秀子か、大きくなったのう……初も、元気そうな子じゃ……ゴホッゴホッ……」


直虎は急に咳き込むと、着物の袂を口に当てて顔を横にそむけました。


「母様……具合がよろしくないのですか?それなのに、此方までお越しになるとは、余程大事な用事があるとしか……」


市は、直虎の傍に駆け寄り、背中を手で擦りながらも、不安な想いに包まれ始めていました、



「実は、もう私は長くはないのだ………」

「そんな……そうだ薬を、小谷の山にはとても万能な薬草があるのです。それを煎じて飲めばきっと」

「市、そなたならわかるはず。長くはないとお告げがあったのじゃ、御仏がこちらへ一度帰って来いと、そう申されておるのだ」


市はその言葉に返す言葉を失い、次の瞬間、瞳からは大粒の涙を溢し始めました。


「これが人の寿命。それは仕方がないもの。ただ、亡くなったその後、願わくばすぐに生まれ変わりたいと想うておる」


「生まれ……代わり………?」


「そうじゃ、そしてそなたに必ず会いに行く。これは約束じゃ、そなたと私の絆は永遠に変わらぬ」


「では、今お腹をにいるこのややで生まれ変わって下さいませ。市は母様が宿った子を生みとうございます」


直虎は、静かに首を横に振って微笑むと黙って市のお腹に優しく触れたのでした。


「あと市、そなたのお腹の子は女の子」

「そうなのですね!実はわたくしもそんな夢を見た所なのです」


市は、自分の夢見通りの言葉に嬉しそうに目を細めました。


「あと市、このややが無事生まれた後、決して炎に近づいてはならぬ」

「炎に??」

「そなたが、炎に包まれる夢ばかりみるのだ。だから何としても伝えねばと思った。逆に進めば、この道を必ず変える事が出来るはず」


市はその言葉に胸を詰まらせました。

それを伝える為だけに、母様はここまでやってきてくれたのか。
井伊家も大変な中でありながら、身体の具合も悪い中でありながら、危険を顧みず、自分の為に、ただそれだけの為に………


実の母の愛情を知らずに育った市にとって、直虎の想いは心を揺さぶり、温かい想いで包み込みました。



「母様の夢見のお言葉、決して忘れは致しませぬ。そして、母様が生まれ変わりし折りは、必ずや見つけてみせまする」


市は泣きながら微笑むと、直虎の両手を固く固く、握りしめ続けたのでした。







翌月、小谷城で市は直虎のお告げ通り、女児を産み落としました。
後の浅井三姉妹の三女・江(ごう)。


そして江が生まれてすぐ、直虎は流行り病で亡くなり、その事は虎松が元服するまでは隠されたのでした。



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