4 / 94
1章 浅井家
4話~阿古~
しおりを挟む暫くののち、千代鶴は病に倒れこの世を静かに去りました。
千代鶴は既に死期をも予知しており、亮政と蔵屋に、様々な遺言をしたためておりました。
一、久政の子の代に、浅井は大きく変わるだろう。そしてそれは善き方向にも悪き方向にも振れやすく、慎重に道を選ばねば墓穴を掘る事となるだろう
一、竹生島の浅井姫、弁財天様が、浅井にちからを貸してくれるだろう。これからもずっと竹生島を守っていかねば、家の安泰はないだろう
一、死後の弔いは不要。家の安泰が確信出来るまでは隠しておくように。何か姿見が必要な際は、尼子の忍びに頼むと、化けてくれるだろう。書状は特に、蔵屋と連名とし浅井の内情に亀裂等なく、いつも安泰であると外に向かって表し続ける事
亮政は、その遺言通り千代鶴の死を家臣達に伏せて、弔う事なく過ごしました。
その中で蔵屋は、琵琶湖上に佇む竹生島をいつも眺めては、そこに姉上は還っていかれたのだと、あの場所に、浅井を見守る為におられるのだと、いつも密かに手をあわせたのでした。
*
千代鶴には、六角から戻った際、侍女として一緒に浅井に連れてきた阿古という娘がおりました。
千代鶴は阿古をとても可愛がり、身の回りの世話をさせる傍ら、色々な教養も教えこみ、それはもはや実の娘に対するそのものでもありました。
一緒に過ごす事の多かった阿古と久政は、まるで本当の姉と弟の様に、仲睦まじい間柄でありました。
そしていつしかふたりは、想いあう様になっていったのでした。
*
千代鶴亡き後、阿古は蔵屋の身の回りの世話をする様になりました。
色々と会話を重ねるうち、阿古は最近千代鶴が夢に出てくると話すようになりました。
最初は聞き流していたものの、娘の話の内容が自分と千代鶴しか知らない事であったり、その他にも様々な一致があったり、蔵屋はだんだんこの娘にも、姉上と同じちからが備わっている事に気付き始めました。
*
暫くの時が流れて
久政に正室を迎える話が持ち上がりました。他家との婚姻を結ぶ政略結婚の多い時代
勿論、久政にも他家の子女との話が沢山舞い込みました。
亮政があれこれ思案していると、蔵屋が口をはさみました。
久政の正室は、千代鶴の侍女であった阿古しかいない……
蔵屋には、揺るぎない自信がありました。阿古は千代鶴が残した化身に違いない、何としても正室にし、浅井の安泰を図らなければ、姉上に申し訳ない。
蔵屋は、亮政を説得しました。
亮政はその提案に、暫し頭を悩ませました。
確かに蔵屋からは、阿古に何かしらのちからが備わっているとは聞き及んでいました。
されど、それ以前に侍女を正妻にするには、色々と問題がありました。
「あなた様の仰りたい事なら、わかっております、つまり、血筋の事でありましょう?」
蔵屋はまっすぐな瞳で亮政を見つめながら、そう尋ねました。
「阿古は器量も良く、何も問題はない。おまけに二人の仲は睦まじく、こんなに喜ばしい縁組もない。ただ、正室となると……血筋は色々と差し障りがあるものだからな」
蔵屋の意見に同意しながらも、亮政はしぶる態度を見せました。
「姉上の遺言の中に、久政の子の代に浅井が大きく変わるとありました。つまり、その子を生む母には、血筋よりも人とは違う何かしらがある娘を選ぶべきかと。血筋血筋と申されるなら、一度外に養子に出してみては?」
「なるほど……血筋そのものを作り上げるか」
亮政は蔵屋の策に感心しながら、頷きました。
「井口家に、では頼むとしよう」
「井口経元殿ですか、それは名案」
井口家は荘官であり、伊香郡用水を管理していた「井頼り」でもある湖北の土豪でした。
早速蔵屋は、養子縁組の話を通し井口家に暫くの間赴くように、阿古に伝えたのでした。
*
「これはこれは、よくぞ参られた」
井口家に到着した阿古の前に、ズカズカと豪快に現れた径元はどさりと腰をおろしました。
「浅井より参りました、阿古にございます。この度は養子のご縁を頂き……」
「固い挨拶はよいよい!そなたは今日より井口の娘。そして、浅井久政殿の奥方となる御方。これからは力を合わせ、共に泰平の世を願って参りましょうぞ」
「有り難き幸せにございます」
すると部屋に、ひとりの侍女が入ってきました。
「阿古殿、その者に身の回りの世話は頼んでおりますゆえ、何なりとお申し付けください」
浅井の後ろ楯を得た径元は、侍女に阿古の世話を言いつけると、ご機嫌なまま部屋を出ていきました。
侍女と阿古のふたりきりになると、その侍女は阿古に静かに文を差し出しました。
「そなた……甲賀の忍びか」
阿古は文を開くと、すぐさまその文字に目を走らせました。
「なるほど……甲賀はわたくしをもう見限ったと思うておったが……」
「甲賀は、阿古様のこれまでの全てを見守っておりました。腹を決められませ」
阿古は下唇を固く噛み締めながら、文を強く握りしめました。
「わたくしはもう浅井の人間、千代鶴様のご恩を忘れるわけには参りませぬ」
「それは勿論、逆にそれを逆手に取るのです」
「逆手に?」
「甲賀はどの家の味方でも敵でもありませぬ。阿古様が浅井の為にと仰るなら、そのように筋書きを変えるだけ、着地点は決まっておりますので」
「泰平の世か………」
阿古は握りしめた手を緩めると、まだ見えない先の未来を探すかの様に、宙に視線を走らせたのでした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる