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1章 浅井家
1話~浅井~
しおりを挟むむかしむかし
夷服岳(伊吹山)と姪の浅井岳(金糞岳)が、背比べをする事になりました。
高さを競い、負けてしまった夷服岳。
怒った夷服岳は、浅井岳の頭を切り落としてしまいました。
浅井姫のその首は琵琶湖へと飛ばされて、ずぶずぶと音を立て沈んで行き、やがてそれは島になりました。
浅井姫の頭で出来たその島を、人々はずぶずぶ島と呼び、やがて音色が変化して
『竹生島』と呼ぶ様になり、浅井の姫様を
浅井の土地の守り神とし、厚く信仰する様になったのでした。
(近江風土記逸文より)
*
世は戦国
浅井直政は浅井家三代当主で、京極高清に仕えておりました。
正室、側室ともに男子に恵まれず、正室の子である娘の蔵屋と従兄弟の亮政との婚姻を進めておりました。
「父上、お呼びでしょうか」
娘の蔵屋が、父に呼ばれ直政の元に現れました。
「蔵屋か、婚礼の日にちが決まった。亮政は婿養子、そなたがあくまでも本流。それを努々忘れず、願わくば男子(おのこ)を早く、この父に見せてくれ、頼んだぞ?」
「なんと気の早い……、亮政様は幼き頃より存じてるお方。蔵屋も安心して嫁に行けまするが……子宝は神様のお心次第。父上がその様におっしゃられて、竹生島の神様のご機嫌を損ねてしまわないか、とても心配にございます……」
透き通った肌を恥ずかしそうに紅葉色に染めて、蔵屋は袖で顔を半分隠しながら、父親に歯向かってみせました。
「あっはっは!まさにその通り、浅井の土地は竹生島に守られし土地。浅井姫のご機嫌を損ねぬ様にせねばのう」
直政は甲高い笑い声をあげながら、年頃になった娘を愛おしそうに見つめました。
「ところで父上、六角に嫁いだ姉上は息災にございますか?」
「千代鶴か………」
直政には、側室との子である娘、千代鶴がおり、早くに六角義久の元へ嫁がせておりました。
六角家は宇多源氏佐々木氏の流れで、近江国南部を中心に勢力を持った武家。
千代鶴の生母である直政の側室が、尼子家の出自であった為、浅井と尼子の血をひく千代鶴を六角に嫁に出す事で、浅井家の安泰を守る策でありました。
「姉上からの文では、子が亡くなったとありました、お身体を壊してないかそれだけが心配にございます」
蔵屋と千代鶴は母が違えど、とても仲のよい姉妹でした。千代鶴が六角に嫁いでからも、頻繁に文のやり取りをしていていましたが、最近の文の中で、ひとり娘が流行り病で亡くなったと、とても憂いた内容が綴られていて、蔵屋はそれが心配でなりませんでした。
「息災だとは聞き及んでおる、千代鶴もまた子宝に恵まれるであろう。次は後継ぎが生まれたらよいのだが……」
直政が宙を眺めながらそう呟くと、蔵屋が睨み付けている事に気づきました。
「そう怒るでない。今の言葉は確かに父が悪かった。しかしながらその凄み、浅井の本流の姫としてその貫禄は、とても喜ばしいものではあるのう」
「父上に対して申し訳ございませぬ。では、わたくしはこれにて」
蔵屋は深々と頭を下げた後、綺麗な所作で立ち上がり、部屋を出ていったのでありました。
*
浅井蔵屋と亮政の婚姻が結ばれて暫くののち、蔵屋はややを身籠りました。
婿養子である亮政は、本流の姫君である蔵屋を一歩下がった位置で敬いながら、それは仲睦まじいと評判の夫婦となっておりました。
そんな蔵屋の気がかりは、姉の千代鶴でした。それは、最近六角との間に不穏な空気が流れ始めていたからでした。
「姉上をどうかお守りくださいませ」
蔵屋は、琵琶湖に浮かぶ竹生島に手を合わせながら、千代鶴の事を祈り続けました。
*
暫くして、六角から離縁され千代鶴が浅井に戻ってくるという報せが舞い込みました。
敵味方が、日々虚ろう戦国の世。
敵となった場合は離縁され、実家に戻されるのが常でありました。
離縁は勿論、喜ばしい事ではないものの、蔵屋は慕う姉との再会に胸を踊らせました。
あまりなその喜びように侍女達が「お腹のややに障ります」と、はらはらとする程でございました。
「千代鶴様が到着したとの由、直政様がお呼びでございます」
「まことか!」
家臣の報せを受けて、蔵屋はお腹を支えながらゆっくりと立ち上がると、直政の元へと向かいました。
*
「蔵屋!」
直政の元には既に、夫の亮政もいて千代鶴と談笑中でありました。
「姉上……お久しゅうございます………」
蔵屋は涙を浮かべながら、千代鶴の前に座り込むと、両手を固く握りしめました。
そして、ある異変に気づいたのでした。
「姉上……もしかして、姉上もお腹にややが?」
自分とそう変わらないお腹の膨らみを目の前にしながら、蔵屋は千代鶴に尋ねました。
「えぇ……この子はもう六角の子ではなく、浅井の子。男の子(おのこ)であらばきっと、亮政様を支える家臣となりましょう。勿論、蔵屋……そなたが産むこの子が男の子(おのこ)であらば、浅井の後継ぎを命に変えて守る、そんな武将となるはずです」
千代鶴は目を細めて微笑みながら、蔵屋のお腹にそっと触れると、優しく撫で続けたのでした。
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