VRゲームでも運と愛し合おう!

藤島白兎

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第五章 幸せに向かって

第三話 幕切れ 達人の当たり前は、理不尽の押し付け合い

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 縁達は早送りで虚言坂道也と、一本槍の手合わせまで時間を飛ばした。
 以前一本槍が紅水仙達と戦う時に使った、体育館でするようだ。

『よしよし、卒業試験まで飛ばせたね~』
『卒業試験なのか?』
『ある意味そうでしょ、無料期間ギリギリまで居たんだから』
『後でお土産持ってお礼に行こう』
『そだね』

 一本槍と道也が向き合っていて、お互いにやる気満々の様だ。
 紅水仙、メーナ、リリアール達は、少し離れた場所で見ている。

「一本槍、おめぇ中々強くなったじゃねーか」
「ありがとうございます、塾長や塾の先生方、成樹君達のおかげです」
「……おめぇ、自分がその歳じゃ力を持ちすぎって自覚してるかい?」
「はい、調子に乗らないようにしています、僕は今成人もしてなければ、学生です、甘く見てくれる場合もあるでしょう」
「お、それが分かってるならいいぜ、まあ歳に関係無く自重できねぇ奴は……広い世界を知ったら膝を崩すか……崩されるか」

 至極当然の事だ、狭い世界で一番を威張り散らした所で、結局はその中で一番。
 その狭い世界を維持出来るなら天国だろうが、普通に考えたらそんな事は無い。
 徐々に狭い世界から広い世界に、ほぼ強制的に進まされるのが人生だ。
 それまでに準備出来なかったら、膝を崩すか、崩されるだろう。

「よし、んじゃ……かかってきな、ちょいと本気出してやる……ま、手加減してやるって事だ」
「よろしくお願いいたします」

 お互いに構えて、虚言坂が先制攻撃をした、攻撃と言ってたった『一言の言葉』であった。
 それは、一本槍の長所の全てを否定する、絶対絶命の噓だった。

「一本槍、お前の積み上げてきた『努力は噓だ』」
「ぐっ!」

 一本槍は自身の力が抜けるのを感じた、虚言坂の力は『噓で物事や人物に操る』というもの。
 今一本槍は、これまで自分が積み上げてきた努力は噓だった。
 つまりは無かった事にされたのだ!
 それを見て居たリリアール達が驚きの声を上げた。

「うえ!? いきなり相手の一番の力を阻害する? もっとこう……バトル漫画的な小手調べとかしないの?」
「リリアールさん、戦場でそれを求めるのですか?」
「いやいや、今は手合わせじゃんか」
「父の本気ですから……さて、後でお菓子を焼いてあげましょう」
「ありゃ普段は食べ過ぎって怒っているのに」
「それくらい、本当は使いたくないんですよ」
「なるほどねー」

 どうやら虚言坂は自分の力をあまり好きでは無いようだ。
 とは言え、一本槍はいきなりピンチである。
 自分の積み上げて努力、自他共に認める努力の鬼。
 それを封じられてしまったのだ。

「お、もうおしまいか? 達人の領域に居る奴らは、自分の理不尽を相手に押し付ける……ま、界牙流と兎の神の生徒なら知ってるか」
「ち、力が出ない!」
「ああ、俺の力は究極のプラシーボ効果だ、簡単に言えばな、それを押し付けている」
「……お、面白いです」

 一本槍は笑っていた、それもとても楽しそうに。
 自分の担任以外で、圧倒的な実力の差!
 つまりは、自分が殺そうとしても殺せない相手!
 一本槍が普段抑えている、感情が露骨に表に出ている!
 
 安全で相手を殺せないこの状況! 一本槍は楽しみにしているのだ。
 理由は簡単だ、一本槍は殺すのも殺されるのも嫌だ。
 でも強敵とは戦いたい、そんな条件がそろう事は無い。
 有っても担任の先生とだろう、だが今は他人とだ!
 
 一本槍は担任以外でのこの状況が、とても楽しかった!

「やっぱりおめぇは、あの人外共の生徒だな」
「努力を否定されたらな……僕に残されたのは、他人と共に歩んできた『縁』です」

 一本槍は笑いを抑えながら、全身に力を一瞬入れた。
 先程まで苦しそうにしていたが、今はしていない。
 その姿を見て居た紅水仙が、満足そうな顔で頷いている。

「ふむ、流石陸奥、美しい……努力は否定されたが、人と歩んだ縁、つまりは人と歩んだ努力で戦うと」
「えぇ……いやいやナルっち、それも努力なんじゃないの?」
「さっき虚言坂塾長が言ってただろ? 達人は理不尽の押し付け合いと、そして、俺達の力も理不尽と言えば理不尽だろ?」
「ああーまあそうだけどさ?」

 紅水仙は、自身の美しさで戦う、リリアールは自分の愛で戦う、メーコは噓と夢の力で戦う。
 この中でスッと理解できるのは、メーナだろう、そして、理解不能な領域に居るから、達人と言われるのだろう。

 一本槍はとても落ち着いた顔で虚言坂を見て居た、顔が語っている、今から全力で殺しに行きますと。
 虚言坂は、一本槍の顔を見て失敗したと思った、やはり界牙流と兎の神の生徒、普通じゃないという事に。 

「塾長、いくら貴方でも人の縁や絆の否定は、ゴッソリと力を使うはず」
「おおよくわかったな……なるほど、おめぇさん、今一本槍として戦ってねぇな? さっきと顔付きが全然違う」
「勝手に亡き師の流派回歴を受け継ぎ……勝手に二代目逍遥を名乗ろうとしています」
「……なんつーか、師匠さん泣くんじゃねーか? お前の顔付きが界牙流だ、確かその回歴ってのは活人拳だろ? 暗殺拳じゃないだろ?」
「そうでしょうね、貴方が『我慢する努力』も封じたんですから」
「物は言いようだなおい」
「回歴、世界壊しの歩み」
「うお!?」

 鋭い界牙流ただの蹴り、界牙流二代目の奥義のこの技。
 一本槍はアレンジして、自分のものとしている。
 だが虚言坂には当っていない、正確には当たった。
 しかし霧のように透けて、当っていないのだ。

「おいおいおい! 殺す気か!」
「僕の攻撃が貴方に通じない事はわかっています、おそらく、自分の死も無かった事に出来る『噓』も使えるのでしょう」
「ちっ……めんどくせぇのを相手にしてしまった」
「ええ、喋る暇があるなら噓を付いた方がいいですよ?」

 一本槍は殺す気満々で攻撃をしているが、虚言坂には当たらない、反撃もしない。
 手加減してやると言った手前、本気を出すわけにはいかない。
 そんなカッコ悪い姿は見せられない、ましてや娘の前だ。
 そして一番は、一本槍の本当の実力が、自分の計算よりかなり外れていた。 

 その光景を見て居た3人も少々引いていた。

「えぇ……むっちゃんて塾長相手に出来る程強いの? 怖、あ、いや塾長手加減してるはわかってるんだけどさ」
「だが塾長も楽しんでいるのがわかる、羨ましい」
「……いや、割とマジで塾長避けてない?」
「それはそうだ、陸奥は本気で殺そうとしている、本人も言っていたが『我慢する努力』という事は、つまり『相手を殺さない努力』もかき消したという事だ」
「つまり、父はもっと細かく封じるべきでしたね」
「ああー自業自得って事か、メッコも力を使う時は気を付けなよ?」
「はい、そうですね」

 鬼神の如く猛攻で攻めまくる一本槍。
 対して本気で噓を駆使して、よけまくる虚言坂。
 先に声を上げたのは虚言坂だった。

「たんまたんま! ストップストーップ! ギブアップ!」

 一本槍は手を止めた、この拳を直ぐに止めれるのも努力の賜物なのだろう。
 負けを宣言した時に、噓も解除されたのだろう、一本槍の顔付きが何時も通りだ。

「負けだ負け! 手合わせで命狙われてたまるか!」
「……そうですね、すみませんでした」
「お前桜野学園で、普段どんな授業受けてるんだ?」
「僕だけ実践形式で、殺し合いをしています、もちろん本当殺される事はありませんが」
「……お前可笑しいよ、おっちゃんもう疲れた」
「塾長、ありがとうございました」
「おう、精進しろよ? 次はもう少し本気でやってやる」

 虚言坂は強者の笑みで一本槍を見ていた。
 無論一本槍はわかっている、今の自分じゃ虚言坂に絶対に勝てない事に。
 虚言坂が自身で言い放った『手加減する』という言葉、これに救われた。
 おそらく、こんなのは今回だけだろう。

 紅水仙達が一本槍達に近寄ってくる。

「お父さん、お疲れ様です」
「メーナ、お父さん凄く疲れた」
「お菓子作りますから、元気出してください」
「うん」

 疲弊している虚言坂にやさしくするメーコ。
 紅水仙達も、虚言坂に労いの言葉をかけていた。 
 手合わせが終わり、和気あいあいとしている。

『虚言坂さんに感謝だな』
『だね~虚言坂さんも、本気で相手したくてウズウズをさ、自重してくれたんだから』
『結びさんも……いや、本気で相手してたか』
『ああ、あの塔でしたけど……まだまだのびるでしょ、達人の道は終わりが無い』
『ふむ』
『とまあ、回想はここまでだね~』
『そうなのか』
『レポートではここで終わってる、まあこの後は私達を探しに旅に出るんだけどね』
『なるほど、で、結果的にあの塔で再会か』
『そうだね~とりあえず今回はここまでって事で』
『ああ』

 縁達は回想を終えて、桜野学園職員室へと戻ってきた。
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