僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

通常の剣道ではない、1

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 翔刀術最大の特徴である、
 ――1対多数戦
 を剣道の選択授業で披露した日の、翌日。
 新忍道部に入部を希望する一年生の最終審査が行われる、金曜日。
 時刻は午後十二時半過ぎ、つまりお昼休み。場所は、三年一組の教室。
「猫将軍君の大立ち回り、私も見たかった・・・」
 北里さんがお弁当を食べる手を止め、今日何度目とも知れぬ呟きを零した。そんな北里さんの丸まった背中を、大和さんがヨシヨシと撫でる。これも幾度も見てきた光景だが、大和さんの所作に面倒そうな気配は一切ない。HR前の一回目からこのお昼休みまでに少なくとも十回はその動作をしているはずなのに、優しく相手を慰めることに違いは微塵もなかったのだ。とはいえ大和さんの表情は、一回目の心配顔から数回目の苦笑を経て、今は明るい笑顔に変わっているんだけどね。
 北里さんが剣道の選択授業に落選したことは、昨日の朝の時点で聞いていた。週初めの月曜にダンスを受講していた北里さんは火曜の剣道を見合わせ、そのせいで木曜の剣道の授業に優先権を得られず、落選の運びとなったのである。幸い申請が早かったため来週火曜の剣道の枠は確保したそうたが、それは来週の話。お昼休みに机をくっ付けてお弁当を食べる仲になった四人のうち、自分だけが二回連続で同じ選択授業に出られなかったというのは、落ち込んで当然なのだろう。しかも来週火曜の授業に大和さんと清水はおらず、二人のいる木曜は自分がいないといった感じに、この四人が揃うのは当分無理とくれば、落ち込まない方がおかしいと言える。よってたとえ十数回目であろうと、肩を落とす北里さんに僕は同情の眼差しを向けていた。ちなみに隣に座る清水は僕と同じ眼差しになりながらも、北里さんを優しく慰める大和さんの姿に、頬を緩めっぱなしだったけどね。
 まあそれは同じ男として充分理解できるから見ぬ振りするとして、
「猫将軍に言い忘れてた。木刀購入の件で進展があったって、藤堂さんからメールをもらってたんだった」
 清水がお弁当を食べる手を止め、ポケットからハイ子を取り出した。十中八九忘れてなどなかったはずだが、落ち込む北里さんを励ます話題として、今まで取っておいたのだろう。木刀購入の話自体は、昨日の選択授業後に出ていたしね。それもあり、
「最高級木刀が、受講者全員に行き渡るかもしれないって話だね!」
 僕は演技することなく新たな話題に飛びついた。北里さんも自分に直接関わることだからか、背中の丸みが幾分和らいでいる。大和さんも清水と僕に「ナイス!」系の仕草をちょっぴりして、それが嬉しくて堪らない清水によって、藤堂さんのメールは紹介された。
「備品室にある木刀は、十万円以上する高級品だ。あれを受講者全員に行き渡らせると五百万円近い金額になり、普通なら購入を断念するのだろうが、そこは湖校。代金自体はまったく問題ないと、藤堂さんは告げられたそうだ。ただ教育AIが気にしていることも幾つかあるらしく、その最たるものは、木刀を使った練習方法。道場の広さ等の要因により、一度に練習できる人数の上限が十人だった場合、金にものを言わせて木刀を四十本購入するのは研究学校の理念に反するとアイは考えているそうなんだ。藤堂さんはそれについて、なるべく多くの受講者の意見を聴きたいらしい。もちろん強制ではないから安心してくれって、メールには重ねて書いてあったよ」
 北里さんは清水と大和さんへ、大層感心した顔を向けた。
「私は剣道部員ではないし、剣道の授業にも出てないけど、藤堂さんは道理をわきまえた優しい人なのだと思う。強制ではないと強調しているのは、入学したばかりで湖校にまだ慣れていない一年生達への配慮のように感じたけど、どうかな?」
 清水と大和さんは、藤堂さんを褒められたのがきっと嬉しかったのだろう。二人は北里さんにこぞって賛同し、北里さんも四年男子筆頭の藤堂さんの話を聴きたがったので、話題はしばし若侍が独占する事となった。容姿はもちろん内面も生き様もイケメン過ぎる藤堂さんの逸話を四人でたっぷり堪能したのち、
「木刀を使う授業について、猫将軍に案はあるか?」
 清水が話題を振って来た。昨夜考えた案を披露する前に、非常に重要な事柄について皆に尋ねてみる。
「剣道経験者が多数派の木曜と、未経験者が多数派の火曜に、同じ授業をしていいのかな?」
 この問いは、皆の研究者魂に火を点けたらしい。同じで良い訳がないとの合意のもと、僕らは四人で知恵を出し合い議論を進めて行った。それは剣道未経験者の北里さんも変わらず、いや火曜に関しては、当事者の北里さんがいないと実のある話し合いは不可能だったはず。なぜなら来週火曜に剣道を受講する未経験者が授業に望んでいるのは、
 ―― 通常の剣道ではない
 からだ。恥ずかしさの極みだがはっきり言うと、火曜日の受講者達のほぼ全員は、僕の刀術に興味があるだけなのである。
 三年生に進級した初日、先週金曜のいわゆる花瓶事件を経て、僕は剣道の選択授業に出ることとなった。だがそれは原則として剣道部員のみに伝えられ、また剣道部員にも、その件を他部員に漏らさぬよう藤堂さんを通じてお願いしてもらった。クリスマス会の余興の牛若丸効果により、にわかさんが出現することを危惧したのである。現に僕は一回目の選択授業後、大勢の友人に「なんで教えてくれなかったんだよ!」と叱られた。特に輝夜さんと白鳥さんには怒られるのではなく悲しまれてしまい、罪悪感が半端なかった。「包丁研ぎを猛練習して、春休み中に合格点をもらえたのに寂しいなあ」と白鳥さんが俯いた事は、三日経った今も痛みを伴う記憶としてこの胸に残っている。
 改めてふり返ると、翔刀術最大の特徴である1対多数の戦闘を昨日の選択授業で披露した最大の動機は、白鳥さんを俯かせてしまった事にあるのだろう。去年の新忍道部の入部審査に落ちた複数の二年生が剣道の選択授業を望んだと、咲耶さんに教えてもらったことも、主要な動機の一つなのだと思う。かくなる次第で僕は1対多数の戦闘を昨日披露し、そしてそれを聞き瞳を輝かせた火曜日の受講者達のため、
 ―― その人達に合った授業
 を、清水と大和さんと北里さんの力を借りて考えている。これが今現在の、僕の正確な描写なのだ。そしてその考察に最も貢献したのは先に述べたように、北里さんだったのである。
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