僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 薙刀部の輝夜さんと昴に感銘を受けた桃井さんは翌日の午前を薙刀の自主練に充て、昼食を早めに摂って湖校に足を運び、午後は新忍道部を見学したという。新忍道を益々好きになった桃井さんは翌日の午後も見学に訪れ、そして剣士とサタンの戦いを見ることになったそうだ。しかし話がサタン戦に至るや快活さを急に失い、肩を落とし俯いてしまった。その丸まった背中を昴は優しく撫でる。そして桃井さんに代わり、話を再開した。
「新忍道部の春合宿が終わった翌日の午後、薙刀部を見学に来た優花は酷く思い詰めた表情をしていてね。輝夜も気にしていたから二人で尋ねたら、先輩方は薙刀でサタンに勝てますかって訊くの。眠留が練習用のサタンと戦う映像を見ていたから、すぐピンと来てね。『私と輝夜に全力を出させるくらい優花が成長したら、優花の勝率もゼロではなくなるよ』って答えたら、優花ったら瞳をキラキラ輝かせて。とても可愛かったから予定を変更して、部活の最後に輝夜と全力試合をしたの。そしたらこの子、有頂天と絶望を数秒ごとに繰り返してね。私と輝夜がみっちり鍛えてあげるから元気出しなさいって励まして、その日は元気に帰っていたのだけど、眠留のサタン戦を思い出して、今は鬱になっちゃったみたい。眠留、責任とってね」
 そう言われましても、と慌てたのだけど颯太が垂直ジャンプの勢いで立ち上がり「眠留さんお願いします!」と腰を直角に折ったと来れば、腹をくくるしかない。僕は桃井さんに向き直り、何はともあれ情報収集した。
「昴と輝夜さんの全力試合で一番感激したことを教えてくれるかな?」
 この質問は的を射ていたのだろう、二人の素晴らしさをマシンガンの如くまくし立てた桃井さんはたちまち元気になった。けど僕が思案顔になるや桃井さんは口をピタリと閉じ、全身を耳にして僕の言葉を待っていた。こりゃ輝夜さんと昴が気に入るはずだと納得し、僕は昴に問うた。
「二人の長所の違いを的確に見て取った桃井さんはとても目が良く、薙刀の理解も相当なものだと感じた。どうかな?」
「見学にやって来た新一年生の中から歩き方の良い子を選び、竹刀を渡して少し振らせてみたの。優花は、将来が最も楽しみな子の一人ね」
 桃井さんは顔をパッと輝かせ、尻尾をブンブン振り始めた。その様子にあることを閃いた僕は立ち上がり、「颯太付き合え」と言って受け身の練習スペースに向かった。千切れんばかりに尾を振り颯太が付いて来るのを背中にありありと感じた直後、昴も桃井さんを促して立ち上がる。颯太の騎士長就任を助ける最大の功労者は桃井さんなんだなと胸中呟き、僕は一礼して靴を脱ぎ、練習スペースに入っていった。
 僕が最初に見せたのは、静止状態からの幅跳びだった。普通にしたつもりだったけど桃井さんは息を呑み、どんなもんだとふんぞり返る颯太の頭をペシンと叩いて、僕の横に立たせる。まず左右の踵をくっ付けさせ、続いて左足を足の半分ほど後ろに引かせて、
「その歩幅を変えず、幅跳びをしてごらん」
 そう命じた。颯太は難しそうな表情を一瞬するも、持ち前の運動神経の良さを発揮し、左右のつま先を均等に使って幅跳びをした。僕は頷き、次は颯太も見学するよう促す。桃井さんの隣にすっ飛んで行った颯太に皆でくすくす笑ってから、僕は手本を見せた。
 それは、颯太と同じ状態で行う幅跳びだったが、一つの要素が決定的に違った。上に1ミリも飛び上がらず、50センチ前方へ跳んでみせたのである。その途端、
「「サタン戦のっっ!!」」
 と二人は仲良く一緒に叫び、そして次の瞬間、
「「失礼しましたっっ!!」」
 とこれまた二人揃って仲良く腰を折った。僕は苦笑し、手本をあと二回見せることと、それを心に焼き付けることを告げ、二回の手本を終える。サタン戦を終えた翌日いきなり完璧な静閃が出来るようになり、それからまだ日が浅かったので少し不安だったけど、今の出来栄えなら手本と呼んで良いはず。僕は穏やかに息を吐いた。が、感慨に浸る時間は一瞬で終わった。二人の後輩が自分もやってみたいと、しきりに訴えたのである。それを、
「ダメ」
 と一蹴した僕に、二人はブーブー文句を垂れた。二人の仕草に、僕が新忍道部の先輩方に文句を垂れる時の仕草が重なり、二度目の感慨が胸に広がってゆく。一度目は自分への満足だったのですぐ終わっても悔いはなかったけど、二度目のこれは、もう少し味わっていたいな・・・
 という僕の胸中を、昴が察しない訳がない。僕の代わりに「ダメ」の説明を、昴はしてくれた。
「あなた達が千回真似をしても、あれは決して真似できないわ。すると、その真似できなかった自分が、心に焼き付くことになる。せっかく眠留がイメージトレーニングの手本を見せてくれたのに、ここで真似をしたらそれが無駄になってしまうのよ。納得できたかな?」
「「納得できました!!」」
 見事なシンクロの三回目を二人は見せてくれた。それも嬉しかったがもっと嬉しかったのは、二人の人物眼の優秀さだ。僕にはブーブー文句を垂れても昴には一瞬で同意するなんて、この子たちの人を見る目はなんて優秀なのだろう。満足した僕は、
「さあ帰ろう」
 そう提案し、足取り軽く面接室を後にした。のだけど、
「・・・ん?」
 階段を数段上ったころ、何かを忘れている気がふと心をかすめた。ただそれは面接に関する事柄ではなかったし、また階段の途中で先頭の僕が歩調を変えるのは危険でもあったから、階段を上り切るまでは軽い足取りを維持するよう僕は努めた。
 という僕の胸中を、この幼馴染が見過ごす訳がない。桃井さんと並んで最後尾にいた昴は、待ちに待った状況がついに訪れたとばかりに意気揚々と言った。
「眠留のサタン戦を見て優花が決めたこと、正しかったでしょ」
 その瞬間、僕の脳内で三つの出来事がほぼ同時に起きた。一つは、昴の浮かべていた人の悪い笑みが雷光のように脳を駆け抜けた事。もう一つは、忘れていたのはそれだと納得した事。そして最後の一つは、昴と桃井さんの会話を阻止しなければならないと確信した事だ。
 しかし、この状況で安全を確保しつつ二人の会話を阻止するなど不可能。というか昴はそれを見越して、この話題を今この瞬間、桃井さんに振ったと考えるべきなのだろう。したがって僕にできたのは、桃井さんがどんな返答をしても歩調を変えない決意をする事だけだったのである。が、
「はい、正しかったです。私は、猫将軍先輩のファンクラブに入った最初の一年生になれて、幸せです!」
 足がグラッとよろけそうになった。けどここでよろけたら、後続の三人を危険に晒してしまう。よって自分を叱咤し、歩調の維持に全力で臨んだのだけど、それは叶わなかった。信州からやって来た豆柴が、ここ掘れワンワンとばかりにその話題を掘り下げたのである。
「ええっ、桃井さんは眠留さんのファンクラブに入ったの!」「うん、入った。しかもさっき言ったように、一年生では会員番号一番なの」「く~羨ましい。よし決めた、俺も会員番号一番になる!」「どういうこと?」「男子会員なら、一番を狙えると思うんだ」「小笠原くん鋭い! 天川先輩、どう思われますか?」「たぶん最初の男子会員だと思う。ファンクラブ会長に、メールを出してみるね」「「ありがとうございます天川先輩!!」」
 颯太と桃井さんが四回目の、仲良くハモった声を階段に響かせた。それを合図に、
「眠留さん、待ってください!」
「猫将軍先輩、どうされたんですか!」
 僕は階段を駆け上がり、そのままわき目もふらず騎士会本部を後にしたのだった。
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