僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 心と体が、人にはある。
 こんな当たり前のことを、この星の住人になった四千年の中で、今僕は最も明瞭に感じているのかもしれない。そのきっかけとなったのは「眠留、約束して」から始まった、昴の言葉だった。
 あの言葉は僕の心を極限まで加速させ、生命力の大量消費を招いた。そのせいで脳以外への生命力供給が困難になり、歩くことさえ覚束なくなったが、それでも歩行を止めなければ、必要な生命力を脚部に割くことができた。この現象を、松果体を介して流入する生命力の立場になって説明すると、こんな感じになるのではないか。
『通路をくぐって人の領域に入った生命力は、心と体のどちらかに振り分けられる』
 トンネルを抜けた先で道は二手に分かれ、一方は心に、もう一方は体に繋がっている。生命力に道の選択権はなく、分岐点を通過するまで自分がどちらに向かうかを知らない。という状況に置かれた生命力にとっての、
 ――心と体が人にはある
 という感覚を、今僕は明瞭に抱いているのだ。これは瞑想の目的である、
 ――心を離れて心を穏やかに見つめる
 とほぼ同じなんじゃないかな? むむう、どうなのかなあ・・・ 
 みたいなことを考えられる余裕が、昴に励まされながら歩くにつれ少しずつ芽生えてきた。いやホント、昴様様である。
 ならばせめて、騎士会本部の大扉は僕が先頭になって開けよう。大扉は各々が自分の力で開けるよう決められていても、先頭の労力を100とするなら、二番目以降は80前後になることが知られている。男子会員に女子会員が続く場合、扉を固定することは禁じられていても、女子会員の労力が少なくなるよう工夫することは認められているから、上手くやれば昴の労力を70くらいに抑えられるはず。と来れば、それをしない未来など存在しないのが、僕なのである。騎士会本部の敷地に足を踏み入れた僕は昴に謝意を述べ、歩調を早めて昴の前を歩いてゆく。そしてガラスと金属で出来た高さ三メートルの大扉を、先頭になって開けたのだった。

 大扉を開けた大仰な音が、静まり返った騎士会本部の隅々に染みていく。予想どおり、建物の中に人はいないみたいだった。
 警備当番の騎士は帰りのHRを免除され、五限終了と同時に担当する場所へ向かう。騎士は昇降口横のロッカーを使うことができ、そこにカバン等を置いて騎士装に着替える。騎士装はAIカートがロッカーに運んでくれるため本部へ取りに行く必要はなく、それは警備終了時も変わらず、埃を払い畳んでカートに収納すればそれで任務完了だった。そう、騎士がこの本部を訪れることは、滅多にないのである。もちろん人はそれぞれだから、週三日の自由日をまるまる使って本部に入り浸る人も、複数いるみたいだけどね。
 けどその場合はHRに出席しなければならず、そのぶん到着も遅れる。今日が当番の六名の四年生准士はAICAに乗って第一通学路へ向かうこともあり、本部内に誰もないのは予想どおりと言えた。
 廊下を進み、六つある部屋の一番奥を目指す。ただ、左右どちらの部屋を待機場所にするかを僕は決めかねていた。というか当初の予定では、本部に到着するまでの話題としてそれを取り上げるつもりだったのだけど、照れくさいやらガチャコンするやらに大忙しだったため、すっかり忘れていたのである。まあでも、それら一切合切含めてこの幼馴染は理解しているはずだから、一言訊けばそれで解決なのだろう。という訳で、
「昴、どっちの部屋を待機場所にする?」
 一番奥の部屋の出入り口まであと三歩に差し掛かった時、そう尋ねてみた。案の定、
「私はどちらも気にしないから眠留が落ち着く方でいいよ」
 との返事が即座に帰って来た。これが他の女の子だったら、「どちらも気にしない」が建前の可能性を考慮せねばならないが、昴にそれをするのはかえって失礼。了解と応え、僕は東側の部屋へ足を向けた。
 本部一階の六部屋は、入り口側のふた部屋が六年生用、続く二部屋が五年生と四年生用、その奥の二部屋が三年生と二年生と一年生用に割り充てられていた。男子寮と女子寮のように東と西による性別の区別はないが、男子トイレが建物の東側に、女子トイレが建物の西側にある関係で、六部屋もそれに準じる空気があるのも事実だった。例えば男女混合集団が昴を先頭に騎士会本部の扉をくぐり、東西の部屋の混み具合に差がなかった場合、先頭の昴が選ぶのはやはり西側といった程度の空気が存在するのである。ただそれはトイレのある建物北側から離れるほど弱まり、よって南端に位置する最上級生用の二部屋はその影響をほぼ受けず、六年生の先輩方は好きな方を自由に使っているようだった。
 また当たり前だけど、各部屋の調度品も学年が上がるにつれ豪華になっていった。六年生のみが使う南端の二部屋は広々としたサロンの如くであり、対して三年生から一年生が使う北端の二部屋は、パイプ椅子と長テーブルが雑多に置かれているだけだったのである。緑茶と紅茶とハーブティーが飲み放題なのは、全部屋に差は無いけどさ。
 という訳でこの部屋を利用する際は、何はともあれお茶スペースに足を運び、好みのお茶を入れるのが僕のお約束だった。受け身の苦手な一年生騎士見習いを指導していた去年の五月と六月、僕はこの部屋をしばしば利用していたんだね。まあまあ良い茶葉が豊富に用意されていて、毎回違うお茶を楽しめるのもここを気に入っている理由の一つだ。が、
「昴、誰かが来る前に話しておきたいことがある。お茶は、その後でいいかな」
 部屋に足を踏み入れるや、僕は顔を後ろに向けてそう頼んだ。ニッコリ頷く昴にこちらも微笑み、窓辺に歩いてゆき見目の良い椅子を選んでそれを引く。「ありがとう」 会釈する昴に、「お茶を我慢してもらうんだからこれ位はね」と肩を竦め、対面する椅子に腰を下ろす。そして、想いの丈を昴に伝えた。
「僕がこの世で一番好きなのは、輝夜さんだ。昴に恋心を抱いていても、それが覆ることは決してないって断言するよ」
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