僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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「コラ眠留、先輩を頼れ」
 温かな春の日差しのような声で僕を叱った。そのうららかな光を浴びて咲いた大輪の花の笑みを浮かべ、美ヶ原先輩が藤堂さんに続く。
「伊織と私は二度目で慣れているから、二年生の面接は私達がします。その代わり、今の猫将軍君と同じ想いに苦しんでいる後輩が来年いたら、私達がしたことをその後輩にしてあげて欲しい。できるかな?」
「はい、全身全霊でそれを行うことを誓います!」
 僕は垂直ジャンプの勢いで立ち上がり、お二人に最敬礼した。すると藤堂さんは頼もしいことこの上なく、美ヶ原先輩は麗しいことこの上なく、敬礼を返してくれた。胸中に、さっきとは真逆の大風が吹いた。それは、いかなる難事にも屈せず立ち向かう、闘志の大風だった。お二人が僕を助けてくれたように、僕は来年、後輩を助けよう。お二人から頂いた恩を、僕と同じ想いに苦しむ後輩を助けることでお返ししよう。よし、来年の春までに、それを成せる自分に成長するぞ!
 と闘志を爆発させた僕の、何もかもを理解した上で、昴が確認を取る。
「二年生の面接はお二人に任せて、私達は一年生を面接する。そしてお二人から頂いた恩を返す機会が来年あったら、全身全霊でそれを行う。眠留、それでいいわね?」
「もちろんだ。この決意が覆ることは無い」
 僕は背筋を伸ばし、胸をドンと叩いた。それに合わせて周囲からやんやの歓声が上がっても羞恥の類を一切生じさせない僕に、地母神の笑みを浮かべたのち、昴は凛と言った。
「現在時刻、十五時四十五分。例年の平均より十五分以上早く話し合いを終えられたことを、准士長として誇りに思います。それを成した仲間達と、その手助けをしてくださった藤堂先輩と美ヶ原さんへの敬礼をもって、この時間の幕引きとする提案をします。異議ありますか」
「「「「異議なし!!」」」」
 僕と昴を除く二年生五十八人の声が大会議室に響いた。頷いた昴がこちらに顔を向ける。その瞳に、
『眠留は本番が始まった途端、ふてぶてしいほど肝を据えるから大丈夫よね』
 ありありとそう書いているのを、僕が見過ごすワケがない。僕は全力でそれに応えた。
「全員、起立!」
 ザッ
 体育座りをしていた者、胡坐をかいていた者、脚を崩して座っていた者の区別なく、全員が一斉に立ち上がった。僕は誇りを胸に号令をかける。
「新任准士と、偉大な先任准士へ、敬礼!」
 カッッ
 対面する三年生二人と二年生六十人が、一糸乱れず敬礼した。昴が閉会を宣言する。
「以上、解散」
「「「「お疲れ様でした~~~」」」」
 最後にもう一度、みんなで声を揃えた。そして野郎どもは僕の背中を勢いよく叩き、女の子たちは僕に手を振って、出口へ足早に歩いてゆく。二年生六十人の中で準部員は僕だけだったのと、広々とした床をモップ掛けするのがもともと大好きだったので、大会議室の掃除を僕は事前に名乗り出ていたのだ。とはいえ、湖校の部活には週三日の自由日があるから、僕を含めて六人が残っていたけどね。
 二年生に数分遅れて、四年生の先輩方も話し合いを終えたようだ。四年生は二年生より十分以上早く終わるのが恒例らしいけど、今年は僕らが早すぎたため順序が逆になったのである。先輩方は掃除担当の二年生達に「待たせてすまなかったな」と口々に言い、大会議室を去って行った。
 僕ら六人以外誰もいなくなった大会議室を、皆で手分けして掃除してゆく。靴置き場が二人、モップ掛けが四人、もちろん僕は大好きな後者だ。百数十人が使ったとはいえ運動したのではないから殆ど汚れていずとも、綺麗な床を更に綺麗にする心積もりで床をせっせと磨いた。こんなものかなと思い、上体を起こして大会議室を見渡してみる。清められた床に、天井から届けられる光が余すところなく反射し、照明が二倍になったような錯覚を覚えた。大いなる達成感を胸に皆と一緒に大会議室を出て、廊下の掃除用具入れにモップを仕舞う。そして六人で昇進式について想い出話をしながら階段を下りている最中、
「・・・あれ?」
 僕は脚を止め、首を捻った。凄まじく大切な何かを、見過ごしている気がしたのだ。そんな僕へ、階段で立ち止まると危ないから下まで降りようと、皆やたら親身に声を掛けてくれた。仲間は良いものだなあとしみじみ思い、脚を再び動かし始める。だがそれは長く続かず、階段を降り切った場所で、僕は頭を抱えて床にしゃがみ込んでしまった。投票に関する一切が無いままいつの間にか副長になっていた事に、今更ながら気づいたのである。そんな僕の、床にしゃがみ込み低くなっているはずの耳朶に、
「猫将軍君ごめんね」
 北里さんの声が同じ高さから届いた。そう言えば北里さんは、モップを掃除用具入れに仕舞うあたりから僕の隣にいて、憂いにほんのり染まった瞳をこちらに向けていた。あの時は、副長になった僕を気遣ってくれていると考え、大丈夫がんばるよと返したが、今の「猫将軍君ごめんね」から察するに、北里さんは今回の計画に加わりつつもきっと後ろめたさを感じていたのだろう。ならこの瞬間、僕がすべき事はただ一つ。それは、後ろめたさなんて感じる必要ないと、北里さんにしっかり伝えることだ。僕は頭を抱えていた手を顔に移動させ、顔を小気味よくゴシゴシこすって笑顔になってから、
「大丈夫、この決意が覆ることはない」
 胸をドンと叩いて立ち上がった。幸い、北里さんも釣られて立ち上がってくれたし、また掃除担当の男子二人が「いよっ、第三のモテ男!」系のヤジを入れやがったのでその報復のくすぐりとヘッドロックに忙しかった事もあり、僕を騙して副長にした計画云々が話題に上ることはなかった。
 と言っても駅に向かう道すがら、全部教えてもらえたんだけどね。
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