僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 颯太は僕に問いかける個所で、急に口ごもり俯いてしまった。その理由が、僕にはだいたい想像できた。二年前の、湖校に入学したての頃。自分で考える大切さに気付いた僕は、だがそれについて自分で考えず、北斗に相談することで正解を得ようとした。そんな自分に僕が落ち込まない訳がなく、然るに颯太も僕と似た理由により、口ごもり俯いてしまった。それが僕には、だいたい想像できたのである。
 同時にそれは、僕を大層喜ばせもした。二年前の僕は自分のダメっぷりに落ち込みつつも、何でも相談できる北斗を友人に持てたことが嬉しくて堪らなかった。だから颯太も、一般的にはぶっ飛びまくっている話を打ち明けられ、かつ相談できる人達に巡り合えたことが、
 ―― きっと嬉しいんだろうな
 と感じられたのである。よって、
「颯太に研究学校の入学案内が届いた理由の一つは、前世の終盤に閃いたその仮説にあったんだなって、僕は思ったよ」
 北斗が僕にしてくれたように、僕も颯太に新しい視点を紹介してみせるぞ。という闘志を秘かに燃やしつつ、僕は説明した。
「研究者にまったく向かない人に、研究学校の入学案内が届くことは無い。例えば実験結果を客観的に捉えられず、自分に都合よく解釈するような人は、研究者を目指すべきではない。実験結果が予想に沿う沿わないだとか、好みに合う合わないだとかは、研究者にとって害悪でしかないからね。そして前世の颯太は、その害悪を遠ざけた。颯太は仮説を、自分に都合よく解釈しなかった。仮に颯太が、両親と絶縁したことに罪悪感を覚えているなら、絶縁も含めて全ては誕生前に計画されていたという仮説は、凄まじく都合が良いと言える。親と自分は合意のもとにそれを計画していたのだから、自分はむしろ親孝行をしたのだ。そんなふうに考えて罪悪感から逃れることも、颯太はできたんだよ。けど颯太は、それをしなかった。仮説を客観的に検証し、亡くなるまで検証し続け、それでもどうしても判らなかった颯太は客観の極みたる『今の自分には判断できない』という判断をくだして、この世を去って行ったんだ。研究者にとって、それはこの上なく素晴らしい資質だと僕は思う。その資質が、今生の颯太の『素質』となって現れたから、研究学校の入学案内が届いて、今ここにこうして颯太はいる。僕は颯太の仮説に、そんな感想を抱いたよ」
 僕が説明を終えるや、「そうだそうだ」「俺もそう思うぞ」「颯太は生まれながらの研究者だ」等々の声が台所に溢れた。颯太は目をギュッと閉じて涙をこらえる。そんな颯太へ、「ここからが本命なのに聞き漏らしちゃうぞ」と僕は発破をかけた。顔を両手でゴシゴシこすり、それでも足らず目元をしきりと拭ったのち、お待たせしましたと颯太は晴れやかな笑顔になった。僕は頷き、本命を放つ。
「人は成長するにつれ、自由意志を尊重するようになる。これは逆に言うと、成長している人ほど他者の自由意志を尊重するということだから、宇宙の創造主以上に、僕らの自由意志を尊重してくれる存在はいない。したがって『未来は決まっていない』と、僕は考えている」
 颯太は僕に、過去世の話を始めとするぶっ飛び話を多数した。ならば僕もぶっ飛び話をしないと男が廃ると思い、宇宙の創造主をからめた未来について持論を述べたのだけど、どうやらそれは颯太の想像を良い意味で超えていたらしい。瞳を爛々と輝かせる颯太へ、僕は持論の続きを説いた。
「人は自分の進む道を、自由意志で決めて人生を歩んでいる。人にはそれぞれ個性があるから、選ぶ確率が高い道と低い道の違いはあっても、どの道を選ぶかの最終判断は、その人自身に任されている。だからこそ人は、宇宙に一つしかない自分だけの人生を歩んで行けるんだね。それを可能にするよう、創造主は僕ら一人一人に自由意志を与えてくれているのだから、変更不可能な一本道しか眼前にないなんてことは絶対ない。そしてそれは、亡くなってから誕生までも同じ。社会常識や物質肉体の制約を受けないので、生前とは比較にならないほど沢山の道を見ることができて、またその一つ一つの確率も分かるという事はあるけど、『この両親の産むこの子に転生すれば自分の望む一本道を自動で歩ける』なんてことは決してない。創造主は人も、そしてこの宇宙も、そんなふうには創造していないんだよ」
 颯太は僕の説明が進むにつれ、瞳を益々輝かせ体も前にグイグイ乗り出して来たが、最後の「そんなふうには創造していない」を耳にするや、瞼を半ば伏せて熟考を始めた。それは研究者にとってまこと有益な、凄まじい集中力に基づく熟考だったから、台所にいた皆はそんな颯太に頬を綻ばせていたけど、そうでないヤツが一人だけいた。そいつの超絶頭脳にとって創造主に関する話は火薬に火をつけるようなものだったらしく、颯太以上に輝く瞳を僕に向け、上体も極限まで前のめりになっていたのである。が、そこはさすが北斗なのだろう。颯太の熟考の様子を観察していた北斗は、颯太に目をやったまま静かに挙手し、
「眠留、少しいいか?」
 僕に問いかけた。おそらく北斗は、颯太が複数個所に同時集中できるタイプなのか、それとも他のすべてが気にならなくなる一点集中タイプなのかを、見極めようとしているのだろう。と当たりを付けた僕も、
「もちろんいいよ」
 颯太を翔化視力で見つめながら答えた。颯太は瞼を半ば伏せ熟考を継続しつつも、耳に生命力を集め聴覚を鋭くするという器用なことをしていた。十中八九、いやほぼ100%、これは颯太が旅館の手伝いを介して体得した能力のはず。例えば庭の掃除を熱心にしつつも常に周囲へ気を配り、お客様に呼び止められたら笑顔で即対応できるような、そんな日々を過ごしてきた報酬として颯太が獲得した能力に違いないのだ。それを北斗に伝えるべく、左の人差し指で自分を指さしたのち、右手の人差し指で北斗を指さすというハンドサインを僕は出した。左手は否定で右手は肯定という新忍道の基本サインだけでは理解不可能でも、そこは僕と北斗の仲。単純極まるハンドサインに僕が込めた、「僕の一点集中タイプじゃなく、北斗の複数集中タイプだね」との気持ちを十全に読み取った北斗は、活舌よくゆっくり話し始めた。
「魔法が存在する異世界に転生する小説では、主人公がスキルポイントを使い望む能力を獲得する場面がしばしば登場する。魔法が当たり前の世界なため、地球人の転生者でも努力すれば魔法を使えるようになる。だが魔法適正のようなスキル、つまりを生前に獲得しておけば、習得時間の大幅な短縮が可能になる。異世界転生小説には、そんな場面がお約束として定着しているのだ。主人公がスキルを選ぶシーンを詳細に描写する小説家は大勢いて、その中から俺が感心している設定を一つ挙げるなら、『保有スキルポイントと必要スキルポイントは人によって異なる』になるだろう。スキルポイントを100持っている人もいれば、10しか持たない人もいる。燃え盛る炎のような性格の人は火魔法スキルをたった1ポイントで得られても、イジイジおどおどの人が火魔法スキルを得るには10ポイント必要になる。こんな違いを設ける小説家が多数いるのだ。俺にはそれが、颯太の転生の話とひどく似ていると感じたが、どうだろうか?」
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