僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 それを三人は、本能的に理解していた。小回りが効かないという短所を、間合いが長いという長所で補うにはどうすればよいかを、三人は論じ合っていた。だがいかに三人娘であろうと、サタンの身体能力を実際に見ないうちは机上の空論でしかない。持ち前の天才性で空論を補うことはできても、敗ければ死ぬ戦いを日々行っている経験が、三人に訴えるのである。そんな思い込みで命懸けの戦いに挑むのは無謀だ、と。
 よって三人は自分達の戦闘シミュレーションを信頼しきることができず、そのせいでシミュレーションを土台とする攻略方も考案できずにいた。幸い三人は攻略法を見つけられずとも高度な議論が出来ただけで満足しているようだが、僕には満足など到底不可能だった。なぜなら僕ら翔人には、
 ―― サタン級の身体能力を有する魔物と戦う未来
 が現実としてやって来るかもしれないからだ。ひょっとするとそれは今夜かもしれず、そして三人娘が今行っている戦闘シミュレーションが勝敗を決する最大要素に、いや生きるか死ぬかを別つ要素になるかもしれないのである。そうと来れば、僕が選ぶ未来は一つしかない。僕は背筋を伸ばし、三人に正対した。三人も僕の意を察し、居住まいを正して座り直した。僕は娘達へ、朗らかに告げる。
「輝夜さん、昴、美鈴。今からエイミィに今日のサタン戦を映してもらうから、正確なシミュレーションをどうか完成させて欲しい」
 ホントは「完成させて生き残って欲しい」と言いたかったけど、ここは大勢の人達がいる台所だし、それにこの三人なら僕の気持ちを正確に酌んでくれると思えたので短縮形に留めた。もちろん三人は僕の意を正確に酌み、「完成させるね!」「私に任せなさい!」「ありがとうお兄ちゃん!」と、三者三様の大輪の笑みを浮かべてくれた。それだけでも、決断した甲斐があるというもの。僕は美夜さん経由でエイミィに映像の件を話し、その間に北斗と京馬が皆に事情を説明して、サタン戦を放映する運びとなった。加藤さんと緑川さんと森口さんが、
「待ってました!」「いよっ、千両役者!」「合宿の大トリの登場だ!」
 などと囃し立て、その程度なら許容範囲内だったから、僕は頭をポリポリ掻いてそれに応えていた。
 けど僕は甘かった。
 今更過ぎるほど今更だが、僕は考え無しの大バカ者だった。
 三人チームによる戦闘なら最も称賛されるのは「三人による連携」であり、それなら称賛も三人で分担して受け持つことができるが、ソロ戦闘は違った。観戦中に上がる「おおっ」や「凄い」や「カッケ――ッ!」の全てに、僕は一人で耐えねばならなかったのである。底抜けの恥ずかしさに胸中身悶えしつつ、
「金輪際ソロ戦闘は行わない!」
 と、僕は固く誓ったのだった。

 サタン戦放映後、ちょっとした勘違いを正す時間と、思いがけぬ時間がそれぞれ訪れた。ちょっとした勘違いは、北斗達四人の演技についてだった。あれは僕を騙す演技ではなく、美鈴を僕らの下に無理なく呼び寄せるための演技だったのである。
 重度の恥ずかしがり屋の僕が、それを完全に度外視してサタン戦の映像を皆に披露するのは、三人娘が深く関わっている時しかない。通常の夕食会なら計画いらずでその状況を作り出せても、合宿中は難しかった。それは美鈴が、京馬の母親のそばにいたがったからだ。小学二年生で母親を亡くした美鈴は、母性の塊のようなおばさんをとても慕っていた。それはおばさんも同じで美鈴を実の娘のように可愛がっていたが、二人がこうしてまとまった時間を過ごせるのは、新忍道部の合宿中のみだった。しかも今は合宿最終日の夕ご飯中と来れば、美鈴を無理なく呼び寄せるのは至難と言えた。それを可能にするための一芝居が、「言質を取りました~」までの演技だったのである。
 おばさんが美鈴をどんなに可愛がっていても、寮暮らしをしている末っ子の京馬を気にかけないなどあり得ない。美鈴もそれを重々承知しているから京馬の話題を率先して取り上げ、二人は僕らのいる方角へ視線をしばしば向けていた。よって僕が肩を落としているのを目にした二人の間に、「お兄さんの所へ行ってあげなさい」「ありがとうおばさん」との会話が自然に生じた。本当はおばさんも美鈴と一緒に行きたかったのだが、思春期男子の京馬は母親とあまり接触したがらない。上の二人の兄もそうだったため仕方ないと思いつつもやはり寂しかったおばさんは、せめて京馬が楽しげにしている様子を心に留めたいと願い、そしてそれなら十全に叶った。美鈴に聴いていたとおり、京馬は心から信頼できる仲間達と、いつも心底楽しそうにしていたからだ。今はちょっとしたトラブルが起きているようだが美鈴が赴きさえすればそれはたちどころに解消し、そしてその兄妹仲の良さは、三人の息子を持つおばさんの目にも心地よく映った。それら諸事情が重なった事により、美鈴はまこと無理なく僕らの下にやって来たのである。
 という状況を作り上げるべく北斗は台本を書き、そして輝夜さんが昴の制止を振り切り暴露したところによると、昴は台本にすこぶる感心していたとの事だった。
「言質を取りました、の箇所で私達のセリフは終わっていても、肩を落とした眠留くんを気遣い美鈴ちゃんがやって来る場面と、美鈴ちゃんとおばさんのやりとりの場面が、予測として台本に書かれていてね。他者の胸中を大切にし、それでいて四方丸く収まるよう工夫された北斗君の台本に、昴はほとほと感心していたの。『さすが北斗ねえ』ってノロケたっぷりの溜息を、私は何度聞かされたかしれないわ」
 昴が輝夜さんに取りすがり「もう勘弁して~」と懇願したことと、北斗が前後不覚級に照れていたことの相乗効果により、この話題はこれでお開きとなった。といってもその後も僕らはもちろん盛り上がりまくり、そしてその欠くべからざる一員となっていた末っ子の姿を、おばさんは少し離れた場所から、幸せそうに見つめていたのだった。
 
 と、ここまでが台本に関する話であり、これ以降は「思いがけぬ時間」へ話は移る。それは僕らの下を、颯太が訪ねたことから始まった。
「眠留さん、少し時間よろしいでしょうか」
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