僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 そうこうするうち三十分が過ぎ、会合は終了した。そしてその後の入浴中、おちゃらけキャラの竹中さんと断言口調の菊池さんを披露したのはなんと僕が初めてだった事を、お二人は湯船に浸かりつつさらっと口にした。僕は嬉しくてならず、しかし当のお二人はどこか恥ずかしげにしていたのが何故かカチンときて、
「お二人はこれを浴びてください!」
 僕は両先輩の顔に大量のお湯をぶちまけてやった。その途端、
「やりやがったな眠留!」「おい雅也、連携するぞ!」「了解だ裕也!」「「眠留、思い知れ!」」
 てな具合になったのは言うまでもない。僕は二人にお湯を掛けられまくり、しかし僕も勝手知ったる浴槽の形状を利用して、無視できない反撃を繰り返していった。攻防は熾烈を極め、それが戦士の魂に火をつけ、ふざけ合いを超えたお湯の掛け合いになった結果、
「いい加減にしなさいこの三猿!」
 僕らは三人揃って、美夜さんにたっぷり叱られてしまったのだった。
 
 新忍道部の春合宿は翌日以降も順調に進み、怪我人や体調不良者が出ることは無かった。ただ、怪我等と比べたら些事なのだけど、順調とは言いがたい事が一つだけ起こった。繰り返すが、それは些事として差し支えないと思う。しかし、教育AIを始めとする多数の人々が事態を終息すべく尽力したため、
 ―― 渚さん事件 
 として新忍道部の歴史に綴られる出来事が起こったのも、紛れもない事実だったのである。
 きっかけは渚さんに、マネージャーの天賦の才があった事だった。
 渚さんは、旅館の跡取り娘だ。それは颯太を旅館に縛り付けないために選んだ未来ではあったが、後継ぎに嫌々なった系の悲痛さが皆無なのも確かだった。渚さんは物心ついた時から旅館が大好きで、小さい頃から喜んで家業の手伝いをしていたのである。その姿は大層な評判を呼び、長野の旅館組合はもちろん長野県の役所までもが「未来のベスト若女将」として渚さんを遇していたほどだったがそれはさて置き、渚さんは他者のための苦労を苦労と感じない人だった。いやそれどころか他者のために尽くす事を、
 ―― 楽しい
 と感じられる人だった。よってお客様をもてなす所作に作為は一切なく、健康にも恵まれていたため小気味よくクルクル働き、しかも好きな事をしているから笑顔が絶えないという、渚さんは接客業の神様に祝福されているとしか思えない美少女だった。そう渚さんは、美少女が多いことで有名な湖校にあってさえ学年トップを張れるほどの、極めつけの美少女だったのである。そんな女子生徒が湖校のジャージを着て新忍道部のマネージャーをしていたら、どうなるのだろうか? 仮にその子が小学校を卒業したての容姿だったら、入部の決まっている新一年生が合宿に前倒しで参加していると認識されただろう。湖校を代表する部の一つである撫子部にはそのような新一年生がだいたい毎年いる事もあり、不用意に騒ぎ立て後輩を不安がらせるようなことを、二年生以上の生徒は避けたはずだ。しかし渚さんは、どう見ても新一年生ではなかった。それはマネージャーの三枝木さんとの会話からも窺われ、二人は仲の良い同級生にしか思えず、かといって入学四年目を迎える三枝木さんの学年にこれほどの美少女がいたことを見過ごすとは考え難い。となれば、
 ―― 転校生
 という心をときめかせる言葉が年頃の少年少女の頭に浮かんだとしても、無理からぬ事だったのである。
 いわゆる転校生が研究学校にほぼいないのは事実でも、「過去に一人もいないの?」と問われたら、否と答えるしかない。研究学校入学を決めていた生徒が、病気療養等の理由により入学を断念するも、その解消時に定員割れしている学校へ編入を認められる例がおおむね毎年あるからだ。ただそれは全国的に見ても年に一人がせいぜいであり、創立二十年の湖校でも転校生、正確には編入生を受け入れた事はかつて一度もなかった。加えて四年生に定員割れは生じておらず、冷静になりさえすれば少なくとも懐疑的になったはずだが、それでも千人単位の湖校生が渚さんを転校生とと伝えられている。その最大の理由は、渚さんの人柄にあった。言葉を直接交わさずとも働きぶりをつぶさに見れば、いや一瞥するだけで、渚さんの優れた人間性をひしひしと感じる事ができたのである。新忍道部唯一のマネージャーが四年生なのは広く知られており、研究学校の四年生は高校一年生という節目に当たる学年なのも、転校生説を後押ししたと推測されている。また何とも遺憾ではあるが夕食会の仲間達によると、
 ―― あの新忍道部だから
 というのも大きかったらしい。その話題が出るなり京馬は「あのってなんじゃい!」と声を荒げたが、それは気の合う男同士でじゃれ合いたかったにすぎず、新忍道部にを付けてしまう感覚自体は京馬も否定していなかった。もちろん僕もその一人だけど僕が遺憾だったのは、京馬にじゃれつかれた猛と智樹がみんなもそうだよなと同意を求めるや、
「「「「それはまあ・・・」」」」
 と、夕食会メンバー全員が僕へ一斉に顔を向けた事だった。まじホント、あの時は辛かった・・・
 なんてことを思い出すと落ち込んでしまうので、それは脇に置くとする。ともかく、
 ―― 小笠原渚という名の超絶美少女転校生
 の噂は、合宿一日目の午後の部活が始まった一時間後には、数千人の湖校生の耳に届いていたと言う。長野県の役所と旅館組合が観光促進の一環として進めていた「未来のベスト若女将」を知っていた長野出身の湖校生は多数いて、その生徒達から情報が漏れたらしいのだ。役所や組合のHPに顔写真付きで掲載されているのだからその程度ではプライバシー侵害にならず、というか湖校のジャージを着て部活の手伝いをしている見知らぬ女の子について知りたいと湖校生が願うのは極めて自然であるため、生徒達のハイ子やHAIもその行為を注意しなかったのである。
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