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二十二章
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後に颯太が明かしたところによると、僕の部屋に泊まった日の晩は数多の閃きが脳に飛来し、どうにもこうにも寝られなかったらしい。僕がそれを聞いてあげられれば、ガス抜きのような状況を颯太にもたらし就寝できたかもしれないが、張本人たる僕が隣でスヤスヤ眠っていたのだから始末が悪い。脳内を駆け巡る複数の閃きをハイ子に書き留めようにもそれをしたら僕を起こしてしまうかもしれず、仕方なくトイレに向かい、2Dキーボードに指を走らせていたと言う。しかしそれも、長くは続けられなかった。なぜなら、
―― 超人の眠留さんは僕がいないことに気づき目覚めるかもしれない
などという、事実無根も甚だしい閃きが天から降ろされたからだ。僕の名誉を守るため繰り返すが、超人云々を閃いたのは颯太であり、断じて僕ではない。だがそれを輝夜さんたちの前で披露したため、それはあろうことか娘達の定番ネタになってしまったのである。なあ颯太、お前ホントは、僕に差し向けられた刺客とかじゃないよな、違うよな!
脱線したので話を元に戻そう。
目の前のことを一生懸命する以外に姉に恩返しする方法はない、と颯太は悟ったが、それを誰かに話しても共感はほぼ得られなかったらしい。理解を示してくれた人は極僅かしかおらず、特に学校は先生を含み皆無で、それもあり「眠留さんに明かすとき少し緊張してしまったのです」と颯太は照れていた。ならもっともっと照れるがよい、とばかりに僕はまくし立てた。
「去年の夏に颯太を初めて見たとたん、この子は呼吸をするように自分を鍛えて来たんだって、確信したんだよね」
特別な人間になるためには特別なことをしなければならないと考えるのは、誤り。三日間飲まず食わずでも人は死なないがたった五分呼吸しなかっただけで命の危機に晒されるように、当たり前すぎて意識していない事にこそ、成長の道は続いている。その好例をあの夏に見て、そしてそれが更に進んだ状態をこの目で今見ていることを、僕は率直に伝えたのだ。すると、
「眠留さん、もう許して下さい~~」
颯太は布団から降りて土下座した。所沢で初土下座をさせた当人として、この子の面倒をしっかり見よう。胸中そう決意し、僕は本命の太刀を振るった。
「命より大切なお姉さんについて、おいそれとは口にできないことを言おうとしている後輩を、助けたいと思うのは当然じゃないか。ほら颯太、土下座なんてしてないで、一歩を踏み出してごらん」
だがしかしこの豆柴は、一筋縄ではいかなかったのである。
「やっぱり眠留さんは超人です」「それは今はいいから、というか僕はそれとは真逆の人間だから!」「眠留さん嘘はいけません。僕は新忍道部の先輩方から、眠留さんの武勇伝を無数に教えてもらっているんですからね」「なっ、えっ、ええっ」「秋葉原で鬼王を倒した謎の剣士の話、巨大ボスモンスターの武器をカッターでぶった斬る話、神がかり的な軽業を披露する牛若丸の話、オリンピック並みの反応速度を連続更新し理論値を超える速度で走る話に、第三のモテ男として俄然注目され始めている話等々、まだまだありますよ!」「ひええ、もう勘弁して下さい~~!!」
本命の太刀はどこへやら、僕はわき目もふらず土下座した。豆柴の慌てまくった声が、後頭部に降り注いでくる。そこに勝機を見いだした僕は、土下座したまま後方へジャンプし再度土下座するという高等技術を見せつけてやった。颯太は技術習得へのどん欲さを発揮しそれを教えてくださいと懇願するも、「空中加速ジャンプもできていないのに、後方跳躍土下座にも手を出すの?」「失礼しました!」てな具合に、僕は目出度く一矢報いることができたのである。というやり取りを経て、心に活力を行き渡らせた颯太は、渚さんについて吐露した。
「姉ちゃんには、浅く付き合う友人しかいません。旅館が忙しくて遊びに行けないからと姉ちゃんは言っていますが、それは僕に負担をかけないための嘘です。だから遠く離れていても三枝木さんと友人になったことは、自分のことのように嬉しかった半面、研究学校生となら姉ちゃんは本物の友情を結べるのだと、改めて思い知らされたのが本音でした。でもそんな気持ちは、今日すべて吹き飛びました。姉ちゃんが素の自分で複数の友人と楽しく過ごしているのを、今日僕は初めて見たからです。眠留さんが姉ちゃんを合宿に誘ってくれた恩を、僕は生涯忘れません。そしてその恩返しを、生涯に渡って周囲へ返してゆくことを、僕は眠留さんに誓います」
序盤と中盤は予想どおりでも、終盤は完全に想定外の事柄だった。だが、
―― 周囲へ返してゆく
という、湖校の伝統に通じる誓いを立てた前途有望な後輩を、後押しするのが先輩の務め。それを僕に最もしてくださった真田さんと荒海さんの記憶を呼び起こし、お二人の力を心の中で借り、
「うむ、楽しみにしているぞ」
僕はそう応えた。眼前の豆柴が、耳をピンと立て尻尾をブンブン振りまくっている。それと同じ状態に、つまり感動し過ぎて何も言えない状態に、真田さんと荒海さんの前で僕も頻繁になっていた事が、脳裏に次々飛来してきた。新婚旅行を終えたお二人は予習と訓練漬けの日々を送っているそうだから控えていたけど、今この胸に溢れているお二人への感謝だけは、メールに綴って読んでいただこう。
かつての僕と瓜二つの豆柴を視界に収めながら、僕はそう思ったのだった。
さかのぼること、三日前。
四月一日の部活後。
竹中さんと菊池さんの提案により、今年の合宿では各自が目標を設けることとなった。もちろん否など無く、さてどれにしようかとワクワク考えていると、提案者の当のお二人が僕のところへやって来た。食べかけのお弁当を床に置き正座しようとする僕を制し、お二人は神妙な面持ちで言った。
「俺達はサタン戦の訓練を合宿の目標にするつもりだ。可能なら、眠留にも加わって欲しい」
「はい、加わります。楽しみですね!」
―― 超人の眠留さんは僕がいないことに気づき目覚めるかもしれない
などという、事実無根も甚だしい閃きが天から降ろされたからだ。僕の名誉を守るため繰り返すが、超人云々を閃いたのは颯太であり、断じて僕ではない。だがそれを輝夜さんたちの前で披露したため、それはあろうことか娘達の定番ネタになってしまったのである。なあ颯太、お前ホントは、僕に差し向けられた刺客とかじゃないよな、違うよな!
脱線したので話を元に戻そう。
目の前のことを一生懸命する以外に姉に恩返しする方法はない、と颯太は悟ったが、それを誰かに話しても共感はほぼ得られなかったらしい。理解を示してくれた人は極僅かしかおらず、特に学校は先生を含み皆無で、それもあり「眠留さんに明かすとき少し緊張してしまったのです」と颯太は照れていた。ならもっともっと照れるがよい、とばかりに僕はまくし立てた。
「去年の夏に颯太を初めて見たとたん、この子は呼吸をするように自分を鍛えて来たんだって、確信したんだよね」
特別な人間になるためには特別なことをしなければならないと考えるのは、誤り。三日間飲まず食わずでも人は死なないがたった五分呼吸しなかっただけで命の危機に晒されるように、当たり前すぎて意識していない事にこそ、成長の道は続いている。その好例をあの夏に見て、そしてそれが更に進んだ状態をこの目で今見ていることを、僕は率直に伝えたのだ。すると、
「眠留さん、もう許して下さい~~」
颯太は布団から降りて土下座した。所沢で初土下座をさせた当人として、この子の面倒をしっかり見よう。胸中そう決意し、僕は本命の太刀を振るった。
「命より大切なお姉さんについて、おいそれとは口にできないことを言おうとしている後輩を、助けたいと思うのは当然じゃないか。ほら颯太、土下座なんてしてないで、一歩を踏み出してごらん」
だがしかしこの豆柴は、一筋縄ではいかなかったのである。
「やっぱり眠留さんは超人です」「それは今はいいから、というか僕はそれとは真逆の人間だから!」「眠留さん嘘はいけません。僕は新忍道部の先輩方から、眠留さんの武勇伝を無数に教えてもらっているんですからね」「なっ、えっ、ええっ」「秋葉原で鬼王を倒した謎の剣士の話、巨大ボスモンスターの武器をカッターでぶった斬る話、神がかり的な軽業を披露する牛若丸の話、オリンピック並みの反応速度を連続更新し理論値を超える速度で走る話に、第三のモテ男として俄然注目され始めている話等々、まだまだありますよ!」「ひええ、もう勘弁して下さい~~!!」
本命の太刀はどこへやら、僕はわき目もふらず土下座した。豆柴の慌てまくった声が、後頭部に降り注いでくる。そこに勝機を見いだした僕は、土下座したまま後方へジャンプし再度土下座するという高等技術を見せつけてやった。颯太は技術習得へのどん欲さを発揮しそれを教えてくださいと懇願するも、「空中加速ジャンプもできていないのに、後方跳躍土下座にも手を出すの?」「失礼しました!」てな具合に、僕は目出度く一矢報いることができたのである。というやり取りを経て、心に活力を行き渡らせた颯太は、渚さんについて吐露した。
「姉ちゃんには、浅く付き合う友人しかいません。旅館が忙しくて遊びに行けないからと姉ちゃんは言っていますが、それは僕に負担をかけないための嘘です。だから遠く離れていても三枝木さんと友人になったことは、自分のことのように嬉しかった半面、研究学校生となら姉ちゃんは本物の友情を結べるのだと、改めて思い知らされたのが本音でした。でもそんな気持ちは、今日すべて吹き飛びました。姉ちゃんが素の自分で複数の友人と楽しく過ごしているのを、今日僕は初めて見たからです。眠留さんが姉ちゃんを合宿に誘ってくれた恩を、僕は生涯忘れません。そしてその恩返しを、生涯に渡って周囲へ返してゆくことを、僕は眠留さんに誓います」
序盤と中盤は予想どおりでも、終盤は完全に想定外の事柄だった。だが、
―― 周囲へ返してゆく
という、湖校の伝統に通じる誓いを立てた前途有望な後輩を、後押しするのが先輩の務め。それを僕に最もしてくださった真田さんと荒海さんの記憶を呼び起こし、お二人の力を心の中で借り、
「うむ、楽しみにしているぞ」
僕はそう応えた。眼前の豆柴が、耳をピンと立て尻尾をブンブン振りまくっている。それと同じ状態に、つまり感動し過ぎて何も言えない状態に、真田さんと荒海さんの前で僕も頻繁になっていた事が、脳裏に次々飛来してきた。新婚旅行を終えたお二人は予習と訓練漬けの日々を送っているそうだから控えていたけど、今この胸に溢れているお二人への感謝だけは、メールに綴って読んでいただこう。
かつての僕と瓜二つの豆柴を視界に収めながら、僕はそう思ったのだった。
さかのぼること、三日前。
四月一日の部活後。
竹中さんと菊池さんの提案により、今年の合宿では各自が目標を設けることとなった。もちろん否など無く、さてどれにしようかとワクワク考えていると、提案者の当のお二人が僕のところへやって来た。食べかけのお弁当を床に置き正座しようとする僕を制し、お二人は神妙な面持ちで言った。
「俺達はサタン戦の訓練を合宿の目標にするつもりだ。可能なら、眠留にも加わって欲しい」
「はい、加わります。楽しみですね!」
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