僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 男子部員十二名に颯太君を加えた十三名が大離れの床に座り、寛いだ時間を過ごしたのは五分と続かなかった。ついさっきまで宮司姿だった祖父が普段着に着替え、瞳を爛々と輝かせて大離れに現れたからだ。その祖父の、
「さあ始めよう!」
 との言葉に、
「「「「もちろんです!」」」」
 部員十二名が一斉に答えた事をもって、サタン論議は開幕した。颯太君だけは何がなにやら分からず、目を白黒させていたけどね。
 そんな颯太君が可哀そうという一見もっともな理由を掲げて、論議はサタン戦の冒頭から再度始める事となった。いやはやホント、揃いも揃ってバカばかりである。
 そんなバカ達が、約十日かけて練り直した持論をそれぞれ競い合って発表したとくれば、時間は矢のように過ぎていくもの。ようやくひと段落し時計に目をやると、時刻は午後五時になっていた。丸々三時間を、論議に費やしていたのだ。さすがに疲れて休憩する事になり、しかしこの家で生まれ育った者としてはとある重大事項が気になってならず、僕はトイレに行く振りをして母屋へ向かった。思ったとおり母屋では女性陣八人が、大離れの役立たず共の分も含めた二十二人分の夕飯を作っていた。部活から帰って来た輝夜さんと昴、そして貴子さんと翔子姉さんまでもが加わり、夕飯の準備をせっせとしてくれていたのである。僕は恐縮し、皆へ深々と頭を下げた。慣れているから平気よと皆が口々に答える中で、三枝木さんだけは僕が来たことに気づかず、一心に料理を作っていた。
 三枝木さんの集中力を途切れさせるのは忍びなく、僕は黙って台所を後にした。忍びないのは、北斗もちょっぴり同じだった。三日前から北斗の訓練は早朝のみとなり、それ以外は自主練になっていたためサタン論議でつぶれたのは自主練だけだったが、部活の前後に嬉々として神社にやって来る北斗をこの三日間見てきた僕としては、やはり少し忍びなかったのである。祖父も多分、同じ想いだったのだろう。自主練がない代わりにせめてもと、サタン戦における三戦士の身体操作を、翔刀術に絡めて説明していた。翔刀術の名は口にしなかったが北斗はその都度僕に目配せし、僕が目で頷くと全身を耳にして祖父の説明を聴いていたから、収支は黒字だったんじゃないかな。
 大離れに戻った僕を、皆は神妙な面持ちで迎えた。こちらも予想どおりだったので黛さんの前に正座し、女性達が総出で全員分の夕飯を作ってくれていることを報告した。黛さんは歴代屈指の鋭さを双眸に宿し、後輩達に命じた。
「ミッションを告げる。まずは、眠留のおじいさんへ感謝を伝える」
 黛さんは正座に座り直し祖父へ体を向け、十二人の後輩もそれに続いた。夕食のお礼を黛さんが代表して述べ、後輩達がそれを復唱する。祖父は威厳をもって返礼したのち、孫を見つめるおじいちゃんの顔になって頷いていた。
 黛さんは次に、台所での行動を説明した。本来これは必要ないのだけど、颯太君のために設けたのだ。もちろん当人には、ナイショだけどね。
 ナイショのまま颯太君を加えて、新忍道部ならではのビシッと揃った挨拶の練習に移った。さすがと言おうか、たった二回の練習で颯太君は僕らと息がピッタリ合うようになった。ならば次は、挨拶後の各自の立ち回りだ。お礼を述べたらそれで終わりって訳にはいかないからね。各々が自分の役目を把握した後、身繕いして各自チェックし合い、万全を期してから皆で台所へ向かった。その道中、僕は颯太君について考えていた。颯太君が所沢で初めて経験する全体行動が、祖父と女性達への感謝だった事は、これからの湖校生活を暗示している気がしたのだ。この豆柴は六年間で大勢の人達から無数の恩を賜り、そしてその人達へ無数の感謝を捧げてゆくのだと、僕には思えてならなかったのである。でも、
「きゃ~、この子かわいい!」「ね、言ったとおりでしょ昴お姉ちゃん!」「私の知らない、小学生の眠留君を見ている気がしてくる。翔子さん、どうでしょう?」「そうね、ちょっぴり気弱な雰囲気をこの子に加えたら、小学生の頃の眠留と瓜二つになるわね」「そう、お姉さま方がご所望ですよ」「はい姉ちゃん、こんな感じでしょうか?」「「「きゃ~~~!!!」」」
 てな具合に年上女性にモテまくる颯太君は、波乱に満ちた湖校生活を送る気がしきりとしたのも、また事実なのだった。

 それはさて置き、男子組は女性陣に挨拶したのち、各自の役目に移った。食器や座布団等の準備を、グループごとに始めたのである。勝手知ったる何とやらになって久しい北斗と京馬がグループリーダーとして的確に指示を出し、準備はテキパキ進んで行った。ただテキパキ過ぎてあっという間に終わってしまい、さてどうしようという話になって出た案が、颯太君の実家への連絡だった。とはいえこの台所が今そうなように、あちらも夕食の準備に大忙しなのは容易く想像できたため、沢山の写真を添付したメールを送ることにした。エイミィに後で見てもらうべく、サプライズ出迎えから今までの映像を三枝木さんが録画していたのだ。そのことは小笠原姉弟へ既に伝えていたので僕らは写真の選別に早速取り掛かり、ふと気づくと五時五十五分になっていた。写真を見ているだけで楽しくてならず、選別しているのかはっちゃけているのか定かでない時間を過ごしてしまったのである。ただそれは、颯太君と渚さんのご家族に少しでも安心してもらおうとする気持ちの表れだった事もあり、お叱りはなかった。いやお叱りがないどころか、女性陣は自分達の自己紹介用の写真を、渚さんを中心にしてキャイキャイ撮っていた。その様子に涙ぐむ颯太君の盗み撮り写真と、キャイキャイ写真を添付してメールは完成し、めでたく送信の運びとなった。そしてそれを合図に、
「「「「いただきます!!」」」」
 小笠原姉弟が所沢市で食べる初めての食事が、始まったのだった。

 今さら言及するまでもなく料理は美味極まり、男子達はもれなく食欲魔人と化した。一方渚さんは、昴主導のもとに作られた料理の質の高さに瞠目し、言葉を失っていた。そんな渚さんに輝夜さんと美鈴が毎週土曜の料理教室について話すと、
「私も出たい~~!」
 渚さんは地団駄レベルで悔しがっていた。体育会系部員の合宿所として利用されることの多い旅館の跡取り娘として、渚さんは料理に並々ならぬ情熱を注いでいたのである。それが昴に心地よく感じられたのだろう、昴は渚さんと馬が合うらしく、また旅館の娘として長年培ってきた礼儀作法は輝夜さんとも通じるものがあったので、三人は新三人娘を結成したかの如く仲良くしていた。その様子にまたもや颯太君が涙ぐんだのを目にした京馬が、
「オラア颯太、どんどん食え!」
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