僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

二度目の春合宿、1

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 そうこうするうち日々は流れ、渚さんと颯太君がやって来る四月三日になった。白状すると僕は当初、颯太君が所沢に来る日を四月四日と考えて、「合宿場所を神社に変更しましょう!」と熱弁していた。だが、合宿は四日の午前九時に始まるのだから、そんなのあり得ない。前日の三日に来て当然なのに、僕はそれを思い付けなかったのである。言うまでもなく咲耶さんは僕の間違いにすぐ気づき、四日云々を伏せて話を進めてくれたため、小笠原家の方々に僕の残念ぶりがバレることは無かった。咲夜さん、ありがとうございます。
 それはさて置き、三日の午後一時半。
 小笠原姉弟の乗った電車が、湖校前駅に到着した。長野への帰省に電車を利用する颯太君の予行練習を兼ね、二人はAICAを使わなかったのである。そのお陰で、
「えっ、皆さんどうしたんですか?」
「「「「渚さん、颯太君、迎えに来たよ!」」」」
「そんな、僕と姉ちゃんのために皆さん・・・ウルウル」
 てな具合にサプライズお迎えが成功したのだから、電車帰省バンザイなのだ。

 サプライズお迎えは、意外と早くから計画されていた。合宿の宿泊場所を神社に変更した日の翌日の部活前、部員総出で祖父母にお礼を言いに行くことを黛さんが提案した。3D電話で部員揃って挨拶していますからその必要はないですよと僕は発言したのだけど、黛さんはどこか呑み込めない表情をしていた。それを気遣ったのか加藤さんが挙手し、三枝木さんが神社の訪問を強く望んでいることを明かした。食事や入浴や掃除等々で部員が多大な迷惑をかけるのに、マネージャーの自分が事前挨拶をしないなど有り得ないと、加藤さんに熱く語ったそうなのである。それだけでも僕は自分の浅慮を恥じたのに、
「三枝木によると渚さんも同じ意見だそうです。旅館の娘としてそれらの苦労を知っている渚さんの分も自分は絶対伺わねばならないと、三枝木は言っていました」
 加藤さんがそう付け加えたものだから、穴があったら入りたい状態になってしまった。黛さんは優しいから、丸まりまくった僕の背中を笑って叩いてくれたけどね。
 かくして部活後、部員揃って神社を訪れた。祖父母はとても喜び、特に祖母は三枝木さんの心構えに感動したらしく、キッチンや浴室や布団置き場を案内して回っていた。一方祖父は、サタン戦について聴きたがった。改めて振り返ると祖父は去年の夏以降、サタンと戦った三戦士に二度会っていても、一度目は元日で二度目は結婚式だった。それでは話を聴く時間などなく、その機会が今日やっと訪れたのだから是非お願いしますと、祖父は少年の瞳で黛さんに頼んだのである。もちろん黛さんは快諾し、と同時にエイミィが現れ、
「新忍道本部が所有するインハイの高画質サタン戦映像の使用許可を、本部AIに頂きました」
 と告げたと来ればもう大変。社務所奥の床に座った僕らは、一般公開されていない高画質映像と詳細なデータを基に、サタン戦を夢中で論じ合った。夢中になる余りふと気づくと一時間近く経っていて、三枝木さんに叱られてしまったのだけど、言い出しっぺは祖父と知った三枝木さんは慌てて祖父に謝ろうとした。が、
「これほど優れたお嬢さんに、不要な謝罪を強いるのですか、あなた」
 祖母が氷の女王と化し、祖父を睨みつけたのである。祖父は目にも止まらぬ土下座を披露し、男子部員全員がそれに続いたのは言うまでもない。その光景に三枝木さんは一層慌てるも、それは瞬き一回の時間で過ぎ去り、諦念と慈愛を融合させた溜息を一つ付いて、三枝木さんは祖母に顔を向けた。
「男子に一本抜けた面があるのは事実でも、そのお陰で私は皆の役に立つことができます。それに、いつもは頼もしいのに仲間達とついはしゃいでしまう男子達が、私は心の芯の部分で大好きなんです」
 大輪の花のような笑顔で大好きと言い切った三枝木さんの両手を握り、あなたは素晴らしいお嬢さんです私が保証しますと、祖母は幾度も繰り返した。そして三枝木さんの手を引き加藤さんの前にやって来て、祖母は加藤さんの正面に座り、「この子をどうぞよろしくお願いします」と三つ指ついた。最近とみに将来の大器を窺わせるようになった加藤さんは、大器に見合う返答をし、万雷の拍手を浴びていた。それが鳴り止むと同時に、黛さんが祖父母に暇乞いをする。合宿での再会を誓い合い、新忍道部の仲間達が社務所を出てゆく。寂しさの募った僕は石段の下まで皆を送り、そしてその道中で、小笠原姉弟のサプライズお迎えが決定した。三枝木さんを気遣い男子達は口に出さなかったが、武術の達人の祖父を加えたサタン論議は楽し過ぎ、かつサタン戦がそろそろ佳境を迎える場面で強制中断を喰らってしまったため、出迎え後にあわよくば続きをしたかったのである。三枝木さんは何も言わなかったけど加藤さんの顔が若干引き攣っていたことから察するに、彼氏としてたっぷり絞られる未来が、待っていたんだろうなあ。

 というのが、約十日前の話。
 そして今日、四月三日の午後一時半。
 小笠原姉弟を駅の改札前で出迎えた僕らは、ワイワイやりながら神社へ歩を進めた。八か月ぶりにお会いした渚さんは益々綺麗になっていたし、成長期のはずの颯太君はなぜか豆柴化が益々進行していたので、再会の喜びも相まって楽しくて仕方なかったのである。中でも最高の盛り上がりを見せたのは、空中加速ジャンプだった。僕が長野で教えたそれを颯太君は身に着けつつあり、しかし習得の一歩手前で足踏みを繰り返していたらしく、
「猫将軍さん、どうか手本を見せてください!」
 豆柴はそう言って、前転する勢いで頭を下げた。京馬がそれを指摘すると豆柴はそのまま連続前転を始め、「先輩を差し置いて!」と叫ぶや京馬も前転を開始し、阿吽の呼吸で松竹梅も二人に続いてゆく。公道に突如出現した謎の前転集団に男子は腹を抱えて笑い、叱り役の三枝木さんも笑いがこみ上げて役目を果たせず、そしてその、
 ―― 弟が皆の一員になって遊ぶ光景
 に渚さんはハンカチを目に当てていた。そんな姉に気付いた颯太君の瞳に、大きな雫が形成されてゆく。このままでは颯太君の成した「所沢初お笑い」が湿っぽい記憶になると思った僕は、
「颯太君、手本いくよ!」
 そう声を張り上げた。雫を慌てて拭い、颯太君がこちらに全力で駆けて来る。足腰のまだ弱い十二歳の男の子が懸命に走る様子に皆ほっこりし、渚さんの目元の湿度も消えたことを確認した僕は、
 ビッヨ~~ン
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