僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
825 / 934
二十二章

6

しおりを挟む
 ならば僕がすべきは、
 ―― 努力する親友を助けることのみ!
 僕は努めてさりげなく、門外不出の翔家の教えを言葉にした。
「天秤座が誕生日の北斗は、脳内十二神経のうち、顔面神経と関りが深い。北斗は僕の気配を、顔にピリリと走る電気信号で感じることが、多かったんじゃない?」
「オラアァァ眠留! なぜそれが解るんだ白状しろッッ!!」
 北斗は目を閉じたまま座布団から飛び上がり、僕の胸倉を掴もうとするもその寸前、両手をピタリと止めた。大切な事なので繰り返すが北斗は瞑目中だったにもかかわらず、僕の胸倉の位置を正確に知覚したのである。僕の座布団を床に置いたのは北斗なのでコイツならそれくらい朝飯前の気もするが、「なぜそれが解る」と踊り上がった時の北斗に計算はなかったことは断言できる。激高に近い状態になった北斗はあの時、なりふり構わず僕に掴みかかろうとしたのだ。それであの精度なのだから、すぐそばの座布団に僕が座っている感覚は、肉眼で見ているのと何ら変わらなくなっているに違いない。北斗は翔化視力を順調に開花させつつあるなあと、僕はニコニコしていた。
 対して北斗は、バツの悪い表情をしていた。これ以上待たせるとイジリがイジメになりかねないので、こちらから話を振ってみる。
「遠慮のない男友達なんだから、胸倉を掴むくらい平気だよ。現に僕は北斗の手の動きに合わせて、体を揺さぶるつもりだったしさ」
 片膝立ちで固まっていた北斗は硬さを取らぬままその場に正座し、真面目一徹の表情になった。
「今の眠留を俺が掴んでも、その体に害はないのか?」
「害なんてないよ。専門の訓練を相当積まないと、影響をまったく及ぼせないんだ」
 ガチガチになっていた北斗の体が、柔軟さをみるみる取り戻してゆく。そこまで心配されていたのがくすぐったくて、僕は予定になかった脳内十二神経の追加説明をペラペラしてしまった。まあ北斗が髪を逆立てる勢いで聴いてくれたから、全然いいんだけどね。
「なあ眠留。その十二神経の知識を、専門訓練を受けていない一般人がたまたま知り、間違った解釈をされ、そして間違ったまま今の世に伝わったのが、西洋占星術なのか?」
「まだ正式には教えられていないけど、個人的にはそうなんだろうなって考えているよ」
 北斗は腕を組み熟考に入る。丁度良い機会なので、僕も別件の考察を始めた。
 翔家は鎌倉時代に創設されたと言われているけど、それでは説明しきれないことも多い。紫柳子さんのシリウスという読み方も、その一つだろう。シリウス星の名の発祥地は、たしか古代ギリシャだったはず。日本では青星と呼ばれていたのに、なぜ古代ギリシャの呼び名を用いたのか? 普通に考えれば伊勢総本家の意向なのだろうが、輝夜さんが教えてくれた天海の話から察するに、伊勢総本家はギリシャと言うより、アトランティスと関りが深いように感じる。脳内十二神経の知識も、伊勢総本家を経由した、アトランティスの知識と考えるのが無難なのだろう。にもかかわらず伊勢総本家の重鎮の水晶がシリウス星を青星と呼ぶのは、翔子姉さん同様、水晶も他の星から日本の猫に転生して来た・・・
「おい眠留。考え事をしているようだが、お前の修業もあるし、話を先に進めないか?」
 意識を分割できる北斗と違い、僕は熟考すると周囲をまったく知覚できなくなる。僕は北斗に詫び、話を先へ進めることに同意して、聴く姿勢を整えた。が、
「あ~すまん、進めると言っても、俺からはもう無い。残っているのは昴と俺の実力差に悩んだ事くらいだから、できれば勘弁してくれ」
 などと、幸せそうに照れ笑いしながら北斗は宣いやがったのである。おおかたさっきの「ノロケ話」を北斗は思い出していて、普段なら好きなだけそうさせてあげるのだけど、翔化に関わっている時はあまりよろしくない。翔化関連の修業中とそれ以外を思春期の男子は特に区別せねばならず、それは翔人であろうとなかろうと変わらないから、僕は正座したまま右へゆっくり水平移動した。ノロケ話は僕が持ち出した話題なので、責任もあるしね。
 試みは成功し、北斗はふにゃふにゃ顔を鋭い表情に一瞬で変え、顔を左へ若干回転させた。閉じられた瞼の奥から放たれた眼光が、僕の眉間を正確に射抜く。何も告げず音もたてず右へ水平移動したのに、北斗はそれを正確に知覚してみせたのだ。「うん、いいね」 それだけ告げ、僕は再び水平移動を行う。僕を正確に三度みたび追跡してみせた北斗に満足し、座布団に戻る。そして「怖がらないで」と告げ、僕は北斗の両目の上に僕の両手をかざした。
「今から北斗の両目に、僕の生命力をほんの少し流す。それを感じたら、右手を上げてね」
 さすがと言おうか、北斗は僕の言葉にいかなるりきみも生じさせず、ただ泰然と頷いてみせた。昴と方向性が異なるだけで、北斗も凄まじい才能を有しているなあとほとほと感心しつつ、生命力を両手から送り出してゆく。量を少しずつ増やし、初めてならこれ位かなと当たりを付けていた量に達したまさにその瞬間、北斗は右手をサクッと上げた。だが今回はさっきの頷きとは異なり、泰然とした演技をしているだけなのがありありと伝わって来て、吹き出すのを堪えるのに苦労せねばならなかった。けどその甲斐あって、僕は大切なことを一つ学んだ。それは、翔化関連の師に友人は不向き、という事だった。武道や武術の世界でしばしば語られる、親子は師弟に向かないという言葉と、今僕が得た学びはさほど変わらないのだろう。北斗とこうして過ごすのはこれが最初で最後と思うと哀しくてならなかったが、
 ―― 最初で最後なればこそ全力を尽くすぞ!
 そう決意し、僕はそれを実行した。
「僕の生命力に、松果体から吹く風を当ててみて」
 北斗は大きく息を吸い、続いて空気をゆっくり吐きつつ、松果体から風を吹かせた。意外な物でも見たかのように、北斗の眉毛がピクンと跳ねる。うんうん分かるよ、いつもよりメチャクチャ簡単に風が吹いたんだよね、と胸中語り掛けた僕の生命力が、北斗の生命力を感じ取った。よって僕は、北斗の眼球から僕の生命力を少しずつ吸収し、北斗の眼球に北斗自身の生命力が満ちていくのを間接的に促してゆく。北斗は僕をとことん信じているのかそれは驚くほどスムーズになされ、僕が目標にしていた状況にすぐさまなった。僕は両手を膝に戻し、姿勢を正して言った。
「北斗、目を開けてみて」
 北斗の瞼が少しずつ持ち上げられてゆく。だが中間までもう少しという個所に差し掛かるや、北斗は一気に目を開いた。あと半月で六年の付き合いになるコイツが、こうも驚いた眼をしているのを見るのはこれが初めてだなあとの感慨を胸に、僕は挨拶した。
「やあ北斗、お早う!」
 北斗は瞬き一回分ポカンとし、続いてブハッと噴き出してから、
「やあ眠留、お早う!」
 歴代一位の底抜けの笑顔で、僕にそう挨拶してくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奇怪な街にアリアX

結局は俗物( ◠‿◠ )
キャラ文芸
研究者・白兎によって生み出された半人造人間・アレイドと、3人の下僕を連れた鬼一族に嫁いだ女・彼岸が殺伐とした都市オウルシティで依頼人や復讐のためにあれこれする話。 章構成があまり定まってない。 暴力・流血・触法表現。  不定期更新。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

忍チューバー 竹島奪還!!……する気はなかったんです~

ma-no
キャラ文芸
 某有名動画サイトで100億ビューを達成した忍チューバーこと田中半荘が漂流生活の末、行き着いた島は日本の島ではあるが、韓国が実効支配している「竹島」。  日本人がそんな島に漂着したからには騒動勃発。両国の軍隊、政治家を……いや、世界中のファンを巻き込んだ騒動となるのだ。  どうする忍チューバ―? 生きて日本に帰れるのか!? 注 この物語は、コメディーでフィクションでファンタジーです。登場する人物、団体、名称、歴史等は架空であり、実在のものとは関係ありません。  ですので、歴史認識に関する質問、意見等には一切お答えしませんのであしからず。 ❓第3回キャラ文芸大賞にエントリーしました❓ よろしければ一票を入れてください! よろしくお願いします。

婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹
恋愛
【第十四回恋愛小説大賞】で激励賞を頂き、書籍化しました!!   一、二巻、絶賛発売中です。電子書籍も。10月8日に一巻の文庫も発売されました。  皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。  正直、こんな形ばかりの祝賀会、参加したくはありませんでしたの。  だけど、大隊長が参加出来ないのなら仕方ありませんよね。一応、これでも関係者ですし。それにここ、実は私の実家なのです。  というわけで、まだ未成年ですが、祝賀会に参加致しましょう。渋々ですが。  慣れないコルセットでお腹をギュッと締め付けられ、着慣れないドレスを着せられて、無理矢理参加させられたのに、待っていたは婚約破棄ですか。  それも公衆の面前で。  ましてや破棄理由が冤罪って。ありえませんわ。何のパーティーかご存知なのかしら。  それに、私のことを田舎者とおっしゃいましたよね。二回目ですが、ここ私の実家なんですけど。まぁ、それは構いませんわ。皇女らしくありませんもの。  でもね。  大隊長がいる伯爵家を田舎者と馬鹿にしたことだけは絶対許しませんわ。  そもそも、貴方と婚約なんてしたくはなかったんです。願ったり叶ったりですわ。  本当にいいんですね。分かりました。私は別に構いませんよ。  但し、こちらから破棄させて頂きますわ。宜しいですね。 ★短編から長編に変更します★  書籍に入り切らなかった、ざまぁされた方々のその後は、こちらに載せています。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

V3

奇楽 ( kill-luck )
ファンタジー
 あなたは真弓? ラン? それとも……?        ***  佐藤真弓、名門進学高校の二年生。友情や恋愛といった若者特有のイベントとは皆無の生活を送る。学校には友達らしい友達もなく、日々偏差値を上げることだけに懸命になっている。そんな受験勉強一辺倒でストレスのたまる毎日を送っている。  如月ラン、大手マンモス女子高の二年生。友達も多く、毎日が楽しくてしょうがないごく普通の女子高生。ところが、ある日、一本の電話が掛ってきたことで日常が崩れ始める。その電話の主は「もうすぐすべてが消える」と言った。  現実世界で受験勉強にもがく真弓と、不思議な世界を巡るランの物語。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

処理中です...